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乱入
その三
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その後、義藤は塚原の付き添いにより岡山の自宅に連れ帰された。堀江は夜になってから根田、小野坂、嶺山兄妹に今朝の顛末を説明した。
「やっぱアイツ未成年やったか」
初見時に中学生扱いしていた嶺山はさほどの意外性を感じていなかった。しかし空腹状態だった義藤を通報するのは忍びないという気持ちが先に立ち、食事と寝床を与えることを優先させた。
「えぇ。俺は履歴書を信じてたんで気付きませんでした」
「それはしょうがねぇだろ。面接希望で来たのは事実なんだし、あのくらいの年齢になりゃ二~三歳の差なんか分かんねぇって」
「そうですよぉ、二十歳だって仰ってたんですから」
根田と小野坂は気にしなくてもいいという態度を見せる。
「せやけど誰が通報したんやろか? 完全に旅行客って感じやったし、この辺一般住宅少ないやん」
雪路は不思議そうに言った。
「匿名やったって聞いてる」
「考えたところで分からんぞユキ、過敏な人いうんは一定数おるからなぁ」
「まぁそうなんやけど……せや智さん、この後夜勤でしょ?」
彼女は柱時計を見やってから立ち上がった。
「お米炊けてるからおにぎり作るね」
「手伝うよ」
小野坂も立ち上がって雪路に付いて行く。雪路は適当な具材が無いかと冷蔵庫を開け、小野坂は炊き上がったご飯を混ぜた。
「梅でしょ、鮭でしょ、昆布でしょ。ツナマヨは外せんよね」
独り言を呟きながら梅干し、鮭フレーク、昆布の佃煮、マヨネーズを取り出していく。
「あとたらこもあったんじゃねぇかな」
「ホンマやね。生と焼くんどっちが良い?」
「俺は生で。ユキちゃんは焼く派?」
「うん、実家がそうやったんよ」
雪路はたらこも出してから冷蔵庫を閉め、保存食品の収納棚からツナ缶を出した。
「アレ? 今日の台所掃除って義さんよね?」
彼女は普段とは違う何かに気付いてキッチンを凝視する。
「あぁ、確か……無いな」
日中カフェ営業が案外忙しくなったので昼食は事務所で済ませていた。『アウローラ』メンバーも同様で、面接のてんやわんや以降この時間まで誰も『離れ』に入っていない。
川瀬は洗い物を済ませてすぐペンションに移動しているのを見ている二人は、ラックに食器が残されたままであることも確認済みだ。
「誰が片付けたんかな?」
「仁じゃねぇ……か、警察来てバタバタしてたからそんな余裕無いよな」
「ほな誰? お兄ちゃんでもないよこの感じやと」
「悌でもなさそうだしってことは……」
「「あっ」」
二人は顔を見合わせて頷き合った。
『お~い、誰かトイレ掃除してくれたんかぁ?』
この日は嶺山が掃除当番なのだが、朝が早いため普段から夜に掃除をしている。
『いえ俺やないです』
『ボクも違います。ユキちゃんじゃないんですか?』
『ユキやったらすぐ分かる、トイレットペーパー誰も三角に折らんやろ』
嶺山はリビングに戻り、風呂と洗面所も掃除がされていると言った。
『それなさるの礼さんくらいしか記憶に無いですね』
リニューアルオープンの準備期間中、村木と鵜飼は度々ここで寝泊まりしており、その際村木は掃除をした時のみトイレットペーパーを三角折りしていたなと今更ながら思い出す。
『せやけど今日来てへんやろ?』
『朝以外見ませんでしたね』
『せやったら誰やぁ?』
「あの子やわ多分」
雪路はたらこを焼きながらリビングに届く声で返答した。
『あの子て誰や?』
『義藤君でしょうか?』
『あ~、待っとる間にしてくれたんかぁ』
『【鶴の恩返し】みたいですねぇ』
根田と嶺山は家出少年のことを昔話に例えて早くも懐かしんでいる。
『そう言えば慣れてるとか言うてました』
リビングにいる三人は義藤を肴に会話に花を咲かせ始めたので、雪路はたらこの方に集中する。小野坂はせっせとおにぎりを作り、ペンションに残っている川瀬の分を別の皿に取り分けてラップを掛けておいた。
『離れ』でおにぎりを食べ終えた根田は鵜飼家へ帰宅、小野坂はおにぎりを持ってペンションへ移動する。室内はしんと静まり返り、事務所で支度を済ませてからフロントに入った。
「お待たせ、代わるよ」
「うん、こっちは異常無しだよ」
「そうか。おにぎり作ったから食ってこいよ、事務所に置いてあるから」
「ありがとう、ついでに仮眠も取っておくね」
川瀬はエプロンを外しながら事務所に入る。二晩続けて『離れ』に戻っていない彼の背中を見送った小野坂は、口には出さないが今日は戻ればいいのにと思う。
四月に入っても北海道の夜は寒く、空室状態でも暖房の電源は入れてある。時々仮眠で使用している毛布を長ソファーの上に置き、水が入っている状態のポットのプラグをコンセントに差し込んだ。
それにしても慌ただしかったな……洗い置きしている湯呑茶碗に緑茶ティーバッグを放り込みながら、昨日から今朝にかけての出来事を振り返る。
結婚式はアットホームで良いものだった。所帯を持つことで気持ちを新たにした小野坂は凛々しく見え、愛する人の妻となり、幸せいっぱいの表情を浮かべていた夢子は惚れ惚れするほどの美しさだった。
そんな雰囲気をぶち壊すかのように突如現れた見知らぬ若い男……面接希望者で連絡が取れなかったので現地に赴いたと聞いているが、嶺山の計らいとは言え他所の結婚式に乱入して遠慮の欠片も見せない若者の態度に若干の苛立ちを募らせていた。
それのみに留まらず、図々しくも『離れ』にまで上がり込んで一晩明かし、のうのうと朝食まで食べて面接まで受けた義藤の行動が全く理解できなかった。百万歩譲ってペンションを訪ねたまでは良しとしても、【臨時休業】の看板は出していたのでそこで引き返すのが一般常識であろう。自身のワガママを貫いて他人の迷惑を省みない人間は老若男女問わず苦手であった。
あんな子採用しないよね……ポットからこぽこぽと沸騰音が鳴り出して、もうもうと湯気を立たせている。そろそろ沸き上がるかと再びポットに向かい、【保温】に切り替わったのを確認してから湯呑に湯を注いだ。
何だか疲れたな……川瀬は色の付いた湯からティーバッグを取り出しておにぎりの乗った皿の端に置く。温かい緑茶を少量体に流し込み、おにぎりを食べきると毛布を体にくるませて横になった。
「やっぱアイツ未成年やったか」
初見時に中学生扱いしていた嶺山はさほどの意外性を感じていなかった。しかし空腹状態だった義藤を通報するのは忍びないという気持ちが先に立ち、食事と寝床を与えることを優先させた。
「えぇ。俺は履歴書を信じてたんで気付きませんでした」
「それはしょうがねぇだろ。面接希望で来たのは事実なんだし、あのくらいの年齢になりゃ二~三歳の差なんか分かんねぇって」
「そうですよぉ、二十歳だって仰ってたんですから」
根田と小野坂は気にしなくてもいいという態度を見せる。
「せやけど誰が通報したんやろか? 完全に旅行客って感じやったし、この辺一般住宅少ないやん」
雪路は不思議そうに言った。
「匿名やったって聞いてる」
「考えたところで分からんぞユキ、過敏な人いうんは一定数おるからなぁ」
「まぁそうなんやけど……せや智さん、この後夜勤でしょ?」
彼女は柱時計を見やってから立ち上がった。
「お米炊けてるからおにぎり作るね」
「手伝うよ」
小野坂も立ち上がって雪路に付いて行く。雪路は適当な具材が無いかと冷蔵庫を開け、小野坂は炊き上がったご飯を混ぜた。
「梅でしょ、鮭でしょ、昆布でしょ。ツナマヨは外せんよね」
独り言を呟きながら梅干し、鮭フレーク、昆布の佃煮、マヨネーズを取り出していく。
「あとたらこもあったんじゃねぇかな」
「ホンマやね。生と焼くんどっちが良い?」
「俺は生で。ユキちゃんは焼く派?」
「うん、実家がそうやったんよ」
雪路はたらこも出してから冷蔵庫を閉め、保存食品の収納棚からツナ缶を出した。
「アレ? 今日の台所掃除って義さんよね?」
彼女は普段とは違う何かに気付いてキッチンを凝視する。
「あぁ、確か……無いな」
日中カフェ営業が案外忙しくなったので昼食は事務所で済ませていた。『アウローラ』メンバーも同様で、面接のてんやわんや以降この時間まで誰も『離れ』に入っていない。
川瀬は洗い物を済ませてすぐペンションに移動しているのを見ている二人は、ラックに食器が残されたままであることも確認済みだ。
「誰が片付けたんかな?」
「仁じゃねぇ……か、警察来てバタバタしてたからそんな余裕無いよな」
「ほな誰? お兄ちゃんでもないよこの感じやと」
「悌でもなさそうだしってことは……」
「「あっ」」
二人は顔を見合わせて頷き合った。
『お~い、誰かトイレ掃除してくれたんかぁ?』
この日は嶺山が掃除当番なのだが、朝が早いため普段から夜に掃除をしている。
『いえ俺やないです』
『ボクも違います。ユキちゃんじゃないんですか?』
『ユキやったらすぐ分かる、トイレットペーパー誰も三角に折らんやろ』
嶺山はリビングに戻り、風呂と洗面所も掃除がされていると言った。
『それなさるの礼さんくらいしか記憶に無いですね』
リニューアルオープンの準備期間中、村木と鵜飼は度々ここで寝泊まりしており、その際村木は掃除をした時のみトイレットペーパーを三角折りしていたなと今更ながら思い出す。
『せやけど今日来てへんやろ?』
『朝以外見ませんでしたね』
『せやったら誰やぁ?』
「あの子やわ多分」
雪路はたらこを焼きながらリビングに届く声で返答した。
『あの子て誰や?』
『義藤君でしょうか?』
『あ~、待っとる間にしてくれたんかぁ』
『【鶴の恩返し】みたいですねぇ』
根田と嶺山は家出少年のことを昔話に例えて早くも懐かしんでいる。
『そう言えば慣れてるとか言うてました』
リビングにいる三人は義藤を肴に会話に花を咲かせ始めたので、雪路はたらこの方に集中する。小野坂はせっせとおにぎりを作り、ペンションに残っている川瀬の分を別の皿に取り分けてラップを掛けておいた。
『離れ』でおにぎりを食べ終えた根田は鵜飼家へ帰宅、小野坂はおにぎりを持ってペンションへ移動する。室内はしんと静まり返り、事務所で支度を済ませてからフロントに入った。
「お待たせ、代わるよ」
「うん、こっちは異常無しだよ」
「そうか。おにぎり作ったから食ってこいよ、事務所に置いてあるから」
「ありがとう、ついでに仮眠も取っておくね」
川瀬はエプロンを外しながら事務所に入る。二晩続けて『離れ』に戻っていない彼の背中を見送った小野坂は、口には出さないが今日は戻ればいいのにと思う。
四月に入っても北海道の夜は寒く、空室状態でも暖房の電源は入れてある。時々仮眠で使用している毛布を長ソファーの上に置き、水が入っている状態のポットのプラグをコンセントに差し込んだ。
それにしても慌ただしかったな……洗い置きしている湯呑茶碗に緑茶ティーバッグを放り込みながら、昨日から今朝にかけての出来事を振り返る。
結婚式はアットホームで良いものだった。所帯を持つことで気持ちを新たにした小野坂は凛々しく見え、愛する人の妻となり、幸せいっぱいの表情を浮かべていた夢子は惚れ惚れするほどの美しさだった。
そんな雰囲気をぶち壊すかのように突如現れた見知らぬ若い男……面接希望者で連絡が取れなかったので現地に赴いたと聞いているが、嶺山の計らいとは言え他所の結婚式に乱入して遠慮の欠片も見せない若者の態度に若干の苛立ちを募らせていた。
それのみに留まらず、図々しくも『離れ』にまで上がり込んで一晩明かし、のうのうと朝食まで食べて面接まで受けた義藤の行動が全く理解できなかった。百万歩譲ってペンションを訪ねたまでは良しとしても、【臨時休業】の看板は出していたのでそこで引き返すのが一般常識であろう。自身のワガママを貫いて他人の迷惑を省みない人間は老若男女問わず苦手であった。
あんな子採用しないよね……ポットからこぽこぽと沸騰音が鳴り出して、もうもうと湯気を立たせている。そろそろ沸き上がるかと再びポットに向かい、【保温】に切り替わったのを確認してから湯呑に湯を注いだ。
何だか疲れたな……川瀬は色の付いた湯からティーバッグを取り出しておにぎりの乗った皿の端に置く。温かい緑茶を少量体に流し込み、おにぎりを食べきると毛布を体にくるませて横になった。
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