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けじめ

その四

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 角松という精神的支柱を得たまどかの表情はすっかり明るくなった。その前から弱音を吐く性格ではないものの、身内である村木や赤岩夫妻はこのところの態度で無理をしていたのではないかと薄々は勘付いていた。
 「最初っからそうすりゃ良かったんだ」
 なかなか素直になれなかった妹に毒付く村木だが、彼もまたホッと安堵の表情を浮かべていた。

 この事がきっかけで小樽にいる角松の両親との交流が始まった。彼の両親は元々まどかの事を気に入っており、妊娠が分かった時も歓迎モードで結婚に向けた準備も積極的に関わっている。
 ところが腎疾患が見つかった事で今回は治療を優先した方がいいと中絶を薦め、彼ら自身の経験で四十代までなら出産も可能だからと説得もした。それはあくまでもまどかの体を気遣った上での助言であり、息子との破局があっても陰ながら彼女の身を案じていた。
 『そうと決まれば早速そちらに移住します』
 角松の両親はそう言うやいなや、ものの数日で箱館にやって来た。当面は息子のいるハイツに厄介になる、以前の自宅も借家だったので何の問題もなく、夫婦揃ってとおに年金生活だからとあっけらかんとしていた。
 この配慮に赤岩夫妻は大助かりだった。彼らの間に子は無く、香世子も妊娠の経験こそあれど週の浅いうちに流産していて妊活の経験がほとんど無い。
 未婚なので当然なのだが村木にとっても未経験の事で、実家の両親は現状よりも体裁を気にして当てにならず、兄たちもそれぞれの事情で手一杯の状態だ。まして病も抱えている妹にどう接すればよいのか少なからず悩みもあったので、角松の両親が二人の味方になってくれる事はかなり心強く感じていた。
 角松の両親のアドバイスで二人は婚姻届を提出した。じきに生まれる子供の戸籍を路頭に迷わせない、復縁を決めたのであれば、この手の手続きはさっさと済ませた方が心の余裕が出来ると考えての提案だ。とは言ってもまどかはこれまでと変わらず『赤岩青果店』で過ごし、角松一家がそこに通うという“通い婚”状態が続いている。

 全国に先駆けて雪がちらつくようになったある日、雪路の提案でまどかと角松の入籍パーティーが執り行われることになった。場所は『DAIGO』、このところ彼女の容態も安定してきたので、雪が積もらないうちに開催しようと考えからだ。
 服飾専門学校を卒業し、アパレルメーカーに勤務していた雪路は裁縫が得意である。角松の存在を知った事で密かにウェディングドレスを製作し、この日が来るのを心待ちにしていた。この事実を知っているのは兄の嶺山のみ、復縁を知った彼女は喜々として周囲を巻き込み、サプライズで若い二人の門出を祝う手筈を整えた。
 「どない?きつうない?」
 雪路は『DAIGO』のスタッフルームでまどかにドレスを着せ、パーティー開始までに最終的な補正を行っている。まどかは着れると思っていなかったウェディングドレスをつまんで嬉しそうに顔をほころばせている。
 「なんもなんも、これが手作りだなんて信じらんねえ」
 「ちゃんとキットがあるからそうでもないよ、ちょっと根を詰めたら十日ほどで出来るんよ。今度はメイクな、小森コモリさーん、お願いしまぁす!」
 雪路は小森という名の男性を呼び、彼女自身は店内でホールの準備の仕上げに忙しく動き回る。彼は旦子が贔屓にしているアラ還のダンディな男性美容師で、雪路情報によると彼の経営している美容室は二十代から四十代までの美容師を揃えているため年齢を気にせず利用出来ると言っていた。
 「初めまして、小森と申します」
 「村……じゃない、角松と申します」
 まだ少し新しい姓に馴染めていないまどかに、小森は初々しいですねと言ってクスリと笑う。
 「ははは、まだ慣れねくて」
 「それもそうですよね」
 小森はまどかに椅子を勧めると手際良く支度を始める。
 「まどかさん、お好みのメイク、ヘアスタイルはございますか?」
 「いえ特に」
 まどかは二十五歳と若いながらもファッション関係には無頓着な方だ。
 「ではドレスに合うスタイルにさせて頂きますね」
 「宜しくお願いします」
 まどかは鏡の前で着々と変身していく自分自身を眺めていた。

 ホールの方では雪路や『DAIGO』のスタッフが準備を終え、招待していた友人知人を招き入れていた。最初の入店したのは角松の両親、次いで赤岩夫妻、村木と続く。事前に連絡はしていた村木の両親は姿を見せず、二人の兄からは断りの連絡があった。
 上の兄和明は仕事に穴を空けられず、下の兄英次の妻は間もなく出産を控えているというのがその理由で、代わりにお祝いと電報が赤岩宅に届いていた。
 「この度はこちらの都合で勝手して申し訳ありません」
 雪路は角松の両親と赤岩夫妻に謝意を述べて頭を下げる。
 「お招きありがとうございます、こんな素敵な事をして頂いちまって感謝しかないべよ」
 「私らは気楽な年金生活、この機会に街にも馴染みたかったですし、二人とも皆様に良くして頂いてるようで安心しました」
 角松の両親の好意的な反応に雪路はホッと胸を撫で下ろす。
 「にしても張り切ったさなぁユキちゃん」
 香世子は店内を見回しながら嬉しそうにしている。
 「張り切ったんはむしろ旦子さんよ、『DAIGO』のスタッフ総動員で想定以上の仕上がりなんよ」
 雪路もパーティーのセッティングに満足そうにしている。ここ『DAIGO』の従業員は全国からお祭り好きの連中が集まり、沖縄出身のホールスタッフもいる。
 親族である五人を招き入れた後は尼崎夫妻、鵜飼一家、塚原父子、嶺山と『アウローラ』の従業員、里見と根田も店内に入ってきた。里見は旦子と言葉を交わしてから店内脇にあるキーボードに向かい、ポロポロと音を奏でる。
 その後小森の店の美容師もやって来て段々とパーティーらしくなる。食事はビュッフェ式にしているので『DAIGO』の従業員たちも仕事を終えると招待客となり店内は徐々に賑やかになった。
 「お待たせ致しましたぁ!新郎新婦のご入場でーす!」
 雪路の進行と里見による『結婚行進曲』のキーボード演奏の元、光沢の入ったライトグレーのタキシード姿の角松ときっちりとメイクを施したウェディングドレス姿のまどかが上座中央に立ち、招待客に向けて一礼する。
 これから夫婦になる若い二人に温かい拍手を贈る招待客たちにまどかは笑顔を見せ、角松は若干緊張した面持ちでいる。雪路は新婦の体調を気遣い略式パーティーという形を取ったので、新郎新婦の挨拶や儀式めいた事は一切省き指輪の交換とケーキカットのみであとは各々が好き勝手に楽しんでいた。
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