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3 技術だけなら

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 『Ambitious!』の演奏を終えると僕は額の汗を拭った。
 人前でドラムを叩いたのは本当に久しぶりだ。
 バンドメンバーたちは僕の演奏を難しい顔をして聴いていた。(七星くんに関しては、ぼーっと聴いていたように見えたけれど……)
「うん。ありがとう。とても良いと思うよ」
 多賀木さんは僕に視線を向けると笑顔で褒めてくれた。
「ありがとうございます……。他もやりますか?」
「んー……。そーだねぇ」
 多賀木さんが考えていると、横で退屈そうに座っていた高嶺さんが視線を上げた。
「『Moon gate』、『Days』、『夜光虫』」
 高嶺さんは自身のバンドの曲名を羅列するようにそう言った。
「はい?」
 急に言われたせいで、僕は変なところから声が出た。
「できんの? おそらく君、ウチらの曲調べてきたんでしょ?」
 高嶺さんは僕の眼を睨むようにそう言った。今度は口元も笑ってはいない。
「できますよ。じゃあ……」
 僕は指定された曲を演奏しようとスティックを構える。
「竹井くんちょっと待って!! 七星! ジュン! 悪いんだけど一緒にやってもらっていい?」
 どうやら高嶺さんはセッションを見たいらしい。
 何が癇に障ったのか判らないが、彼女の口調には棘が多い。
「いいよー。じゃあ七星くん準備しようか? ちょっとベースとギター持って来るから待っててね」
 そう言うと、多賀木さんと七星くんは楽器を取りに駐車場に行った。
 二人が居なくなるとスタジオ内は僕と高嶺さんの二人きりになってしまった。
 空気が重たく感じ、気持ちに鉛が纏わり着いているような気分になる。
「あの……。高嶺さん?」
「なーに?」
 高嶺さんは相変わらず不機嫌そうだ。
「僕の演奏今のところどうですか?」
「さぁ? うまいんじゃないの?」
 最悪の返答だと思った。正直、腹が立つ。
「そうっすか……」
 理不尽だ。
 思わずふて腐れたような口調で返す。
「ああ、誤解あるといけないから言っとくけど、本当にうまいと思うよ? 実は君が来る前に一〇人くらい西浦さんに紹介されたんだ。その中では群を抜いて一番だね」
 高嶺さんは態度とは裏腹に僕の事を評価しているようだ。
 あくまで技術的に……。
「ありがとうございます……」
「うん。単純に君より上の人間探すのは難しいと思うよ。私もこの業界入って五年くらいになるけど、竹井くんよりうまいのはミツルさんとヒロさんぐらいしか見た事ない」
 ミツル……。おそらく旧『アフロディーテ』のドラマーだ。ヒロは……。
「あの高嶺さん。ヒロさんて?」
「ああ、ヒロさんは『レイズ』のヒロさんね! 名前くらいは知ってるでしょ?」
『レイズ』……。
 国内最大手のロックバンドだ。
「あのー……。高嶺さん……。過大評価し過ぎじゃないですか? いくら何でも僕はそこまでのレベルじゃない」
 比較対象がおかしい。
 確かに僕は幼い頃からドラムをやってきたけれど、あくまでインディーズどまりだ。
「音楽的な事では嘘もお世辞も言わねーよ。西浦さんも君のレベルに関しては身内かどうか抜きにして評価してるみたいだよ。まぁ、一緒にバンドやるかどうかは全く別問題だけどね」
 そこまで言うと高嶺さんは大きなため息を吐いてスマホをいじり始めた。
 正直に言おう。彼女の第一印象は最悪だった。
 自分勝手で尊大で、コミュニケーション能力に問題があるように思う。
「ただいまー」
 僕と高嶺さんが最悪の空気の中にいると、多賀木さんと七星くんが楽器を持って戻ってきた。
「おかえりー。じゃあ早速だけど……」
 高嶺さんは気にする事なく、セッションを促した。
 腑に落ちなかったけれど仕方がない……。
 僕は諦めて二人とセッションをした。
 他の二人はともかく、高嶺さんは完全にノーリアクションに僕の演奏を聴いていた。
 三曲連続で演奏し終わると高嶺さんは立ち上がって軽く一回手を叩いた。
 まるで何かにピリオドを付けるような打ち方。
 そのピリオドが一体何に対する物なのか僕は判断しかねた。
 きっと高嶺さんの中で何か区切りを付けたかっただろう。
「はい! お疲れさま! 今後の予定は決まったら連絡するよ。もし竹井くんが都合悪くなったり、やりたくなかったら遠慮なく言ってね!」
 その言葉には全く感情が隠っていなかった。
 そこには帳簿に数字を書き込むように事務的な響きがあるように聞こえた。
 帰り際。
 高嶺さんは僕を出迎えた時のように口元だけの笑みを浮かべて僕を見送ってくれた。
 相変わらずその瞳にはだけが浮かんでいる――。
 さて……。どうしたものか……。
 僕は途方に暮れながら街路樹を抜けるように駅に向かって歩いた。
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