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第三章 アンダーグラウンド幕張

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 そんな風に話しているとやがて車は幕張駅近くの地下駐車場へ入っていった。『二四時間パーキング』という黄色い看板を横目に地下に潜っていく。
 駐車場は平日の午前中だというのに酷く混んでいた。逢川さんはそんな車だらけの中をスイスイ進んでいった。余程この駐車場を使い慣れているかハンドル捌きに迷いが一切ない。
「あーあ、来ちゃったよ」
 不意に美鈴さんがだるそうにぼやいた。
「香取ちゃんは蔵田さん苦手だもんなぁ」
「まぁね。あのオッサン見るとどうも鳥肌立つんだよね。言いたかないけど生理的に無理なんだよ。……悪い人じゃないんだろうけどさ」
「んー。分からなくはないかな。俺だって業者じゃなかったら正直あんまり近づきたくはないし」
 二人はそう言って仲良くため息を吐いた。蔵田さんというの話の流れ的におそらく衣装屋さんのことだと思う。いったいどんな人なんだろ? そこまで言われると逆に見てみたくなる。
 そんな二人のやりとりに弥生さんが「……二人ともいい加減にしなって。蔵田店長にはいつも迷惑掛けてるでしょ? 特にメイリンは何回衣装直して貰ってんの?」と怪訝な顔で口を挟んだ。どうやら弥生さんは衣装屋さんのことをそこまで悪くは思っていないらしい。
「はいはい。ったく弥生はいつも蔵田さんの肩持つよねぇ」
 美鈴さんはふて腐れたみたいに言うとまたため息を吐いた。そして「ああ、大丈夫だからね聖那ちゃん」と何の意味もない慰めを言った――。
 
 そうこうしていると逢川さんが奥の月極スペースの前で車から降りた。そしてそのスペースの上に置いてある三角コーンをどけるとそこに車を駐車した。駐車場した場所の後ろの壁には『(株)オフィス・トライメライ様』と書かれている。
 それから私たちは地下駐車場を壁沿いに歩いていった。そしてしばらく歩くと銀色の古びたドアにたどり着いた。ドアには『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。
「こっちこっち」
 逢川さんはそう言うとドアの鍵穴に鍵をねじ込んだ。そして開けると私たちに中に入るように促した。どうやら目的地はこのドアの先らしい。
「ここ……。ですか?」
 思わず私は息を飲んで逢川さんにそう尋ねた。すると逢川さんの代わりに美鈴さんが「大丈夫! 別にヤバい場所に行くわけじゃないから……。うーん。いや、ヤバいはヤバいかもだけど危険な場所じゃないから」とフォローになっているのか分からないようなフォローを入れてくれた。ヤバいけど安全な場所。正直想像できない。
 でも……。結局私はそのドアの向こう側へ進んでいった。ここまで来たら他に選択肢なんかない。
 銀色のドアの向こう側にはコンクリートの壁と床。あとは蜘蛛の巣の張った蛍光灯しかない廊下が広がっていた。蛍光灯はもう寿命なのかチカチカしている。ホラーゲームならこの先にボスがいる。そんなシチュエーションだ。
 逢川さんは私のそんな思いを余所にツカツカとその廊下を進んでいった。美鈴さんと弥生さんもそれは同じで特にリアクションはない。
 私はそんな彼らの後ろを黙って着いていった。手持ちのアイテムはスマホと財布と生理用品と化粧ポーチ……。それくらいしかない。もしこの先に謎のウイルスで凶暴化したゾンビがいたら瞬殺されるだろう。――とわけの分からない妄想が脳裏を過る。
 でも廊下の突き当たりを右に曲がると私のその妄想は一気に消し飛んだ。左手には大人のおもちゃのお店。右手には占い館。そんななんとも言えない店が顔を覗かせたのだ。
 そしてその通りの入り口には小さなアーチが掛けられていた。アーチの真ん中に『アンダーグラウンド幕張名店街』と書かれている。
 アーチを潜って前に進む。大人のおもちゃの店と占い館を通り過ぎる。どうやらここはアングラな商品を取り扱う商店街のようだ――。

 私はその地下商店街をキョロキョロしながら三人に着いていった。占い館を過ぎると輸入雑貨のお店と漢方薬局。本当に売っている商品に共通点がない。
「変わった場所でしょ?」
 私が戸惑っていると弥生さんにそう声を掛けられた。私は「うん」とだけ返す。
「ここは元々は地下駐車場だったんだ。でも土地の権利の関係でテナントにしたんだって……。まぁその土地の権利者がトライメライなんだけどね」
 弥生さんはそう言うと「ですよね?」と逢川さんに話を振った。逢川さんは「ああ」と返事をすると「説明すると長いんだけど」と前振りしてからこの場所のことを教えてくれた。。
「春日ちゃんの言うとおりここは元々は地下駐車場だったんだ。で! その駐車場を本社の社長が買って自社ビル建てたんだよね。だからこの真上に本社がある感じだね。ただ……。土地の構造上の都合で本社と直通のエスカレーターもエレベーターも階段もないんだよね。だからここは独立したテナントになったんだ」
 逢川さんは言葉を選びながら話すと「ま、ともかくここはややこしい場所なんだ」と付け加えた。おそらく逢川さん自身ここの成り立ちをそこまでハッキリとは分かっていないのだろう。
「だから本社の人間もよくここには来るんだよ。まぁ一応テナントのオーナーだからね。……でウチと本社で一番利用する店がここってわけ」
 逢川さんはそう言うと立ち止まった。話をしていて気づかなかったけれど目的地に到着したらしい。
「うわぁ……。また変な服増えてんだけど」
 店の軒先に出ている衣装を見て美鈴さんが露骨に嫌な顔をした。そこにある衣装は……。さっきの大人のおもちゃの店と大差ないような感じだ。正直私も「うわぁ……」となる。
 そんな私と美鈴さんを余所に弥生さんは臆することなく店内に入ってった。店の入り口には『コスチュームショップ UG幕張』と書かれている。UGはおそらくアンダーグランドの略だろう。
「こんにちはー」
 弥生さんはそう言いながら店内を進んでいった。狭い店内には所狭しと服が吊されている。安っぽいセーラー服やら派手なチャイナドレスやらキラキラしたお姫様ドレスやら……。そんな普段着には適さない服ばかりが陳列されている。
「いらっしゃいませー!」
 奥に進むと私たちと同年代くらいの女の子がゴスロリ姿で何やら作業していた。
「香澄ちゃーん。久しぶりー!」
 弥生さんはそう言うと彼女の元へ走り寄っていった。どうやらこの子と弥生さんは友達らしい――。
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