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第二章 ニコタマ文芸部

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 中原大地の話。

「ようやくあいつ居なくなるよ」
 僕の後ろの方からそんな会話が聞こえた。
「そうだねー。まったく、御堂が入らなきゃ陸部も平和だったのにさぁ。マジでめんどいよ」
 どうやら陸上部の女子たちが会話しているらしい。実に醜悪な会話だ。
「そうそう。ちょっと足が速いからって調子乗ってるからだよ! 普通さぁ。自分の先輩のタイム超す? あり得ないよね?」
「本当だよ! あいつのせいで美由紀先輩、最後の大会出られなくなっちゃうじゃんねー」
 会話の内容から彼女たちが何の話をしているのかは推測できた。簡単に言えば女子同士の下らないイジメだと思う。
 僕はそれに関しては特に興味がなかった。別に誰が誰を攻撃しようが僕の人生には関係ないし、仮にそれで生徒が退学したとしても仕方ないだろう。
「でも本当に大丈夫なの? 拓実のやつはともかくさぁ」
「大丈夫だって! ウチの学校は陸部がなきゃ特に何もないんだからさぁ。問題起こされたら困るのは教員も同じだよ」
 非常に品がない。女性の嫌な部分だけを詰め込んだような会話だと思う。控えめに言って吐き気がする。
 彼女たちの薄汚い会話を余所に御堂さんはクラスに居なかった。どうやら彼女は他の場所で昼休みを過ごしているようだ。まぁ、どこに居るかはおおよそ分かっていたけれど……。
 それにしても酷い話だ。別に女子たちが醜悪なのは仕方ないけれど、教員もそれに加担している。
 そう思うと非常に気分が悪かった。まるで聖職者のように振る舞いながらその実、保身に走っている……。許すまじ行為だ。
 ふと、教師だった父親のことを思い出した。彼は今どうしているだろう……。
 
 僕の両親は小学生のときに離婚した。原因は父の浮気。俗に言う不倫という奴だ。母の話だと相手の女性との間に子供ができてしまったらしい。
 小さい頃の僕はそのことがよく理解できなかった。不倫が理解できなかったわけではない。なぜ不倫したから離婚なのかが理解できなかった。まぁ、社会秩序をある程度理解した今でもそのことは納得いかないけれど……。
 思い返すと父は酷く優しい人だった。結婚記念日には毎年花束を買って帰ってきたし、僕の誕生日には望むものを与えてくれた。それ以外にも彼の行動はどれをとっても理解あるものだったと思う。母とは真逆。そう思う。
 対照的に母には理解がなかった。離婚する前からその片鱗は見え隠れしていたけれど、離婚してからそれは顕著に表れた。
 家庭内での会話はいつも事務的で、一週間丸々話さないなんてこともあった。おそらく母にとって僕は重荷だったのだろう。仕方ない。僕は明らかに父親似で見るに堪えられなかったのだろうと思う……。
 良くも悪くも利己主義の塊。それが母なのだ。彼女は別にネグレクトではなかったけれど、僕に愛情を与えてはくれなかった。与えてくれたのは金銭と孤独だけ。
 まぁ、それに関してはある種の感謝がある。放置されたおかげで色々なことができるようになったし、何より自分の危うい性癖を満たすことができた。危うい……。社会秩序から排除されるような性癖。
 おそらく僕のその性癖について理解を示してくれたのは父だけだ。記憶を遡っても彼以外誰も居ないと思う……。
 そんな理解ある父だったから居なくなったことがどうしても許せなかった。まるで口減らしじゃないか。そんな風に父を呪ったこともある。
 だからなのだろう。僕は教師という人種がとても嫌いになったのだ。聖職者ぶって子供に説教するくせに道を誤る。そんな人間に学ぶことなんて何もない。そう思うようになった。
 だから僕は勉強だけは全力でやった。全力でやらなければ教員連中から学ばなければいけない。そんな屈辱的な思いしたくない……。

 相変わらず彼女たちは醜悪な口をパクパク動かしていた。
 まぁ、いいだろう。君たちはそうやって生きていけばいい。一生そうやって他人を攻撃して自分の責任から逃げて生きていけばいい。
 ただし……。それに加担した大人たちは許さない。そう思った。
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