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第二章 ニコタマ文芸部

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「そうだったんだね」
 私はそんなつまらない感想を返すことしか出来なかった。こういう場面は苦手だ。
「ごめんね。こんな話して……」
「ううん。それはいいんだけど……」
 御堂さんはそう言うと浩樹の方を向いた。
「まぁ……。というわけだね。それでさ、さっき先生も言ったかもしれないけど、しばらく御堂さんを文芸部で預かれないかな?」
 なぜそうなる? 正直そう思った。さっきの先生の話もそうだし脈絡がなさ過ぎる。
「それはいいけど……。でもなんで? あ、ごめんね御堂さん。別に嫌とかじゃないんだけどさ」
「いやいやいや。こっちこそ急にごめんね。実は水貴くんがさ……」
「水貴くんが?」
 何とはなく察していたけれど、今回の御堂さんの件には水貴が絡んでいるらしい。当の本人が居ないのは釈然としないけれど。
「うん。ほら私さ。部活の特待で入学したから勉強は壊滅的なんだ……。それで担任から次のテストで赤点だったら退学問題だって……」
 御堂さんはどこから話したら分からないような口ぶりでそんなことを言った。
「まぁアレだよ」
 御堂さんが言いよどんでいると再び浩樹が口を挟んだ。
「川村さん国語得意でしょ? あと篠田さんは社会得意だしさ。俺は理系科目はいけるし、水貴は英検二級持ってる」
「ああ……。そういうことね」
 浩樹の言わんとすることはよく分かった。要は私たちで彼女に勉強を教えるということらしい。
「な? どうかな? 御堂さんは陸上の都合で勉強遅れてるだけで覚えは悪くないと思うんだよ」
「それは構わないけど……。でもなんで私たちなの?」
 正直な疑問だ。勉強なんて先生か他のクラスメイトにでも見て貰えば良いと思う。
 そんな私の考えを読み取ったのか御堂さんが口を開く。
「本当はみんなに迷惑掛けたくはないんだけど……。どうしてもクラスじゃ勉強出来なくてさ」
「どうゆうこ……」
 私が疑問を言いかけるとすると部室のドアが開いた。
「お疲れ様……。あ!」
「お疲れ様! 今日は遅かったね」
 私は少しだけ不機嫌さを込めて彼の方を向いた。
「川村さんお疲れ様……。御堂さんもう来てたんだね」
「うん。さっき来てくれたよ」
「そっか……」
 『そっか』じゃない。と突っ込み掛けたけれど飲み込む。これ以上、御堂さんに気を遣わせても仕方ない。水貴はそんな私の態度に気がついたのか、苦笑いしながらうなじを掻いた。
「とりあえず座れば? 話はそれから聞くよ」
「う、うん」
 そう言うと水貴は定位置(私の席の隣)に座った。
「水貴お疲れ! 大変だったな……」
「ああ、まぁね……」
 浩樹は水貴を労うように言った。
「俺と御堂さんで部長にはある程度話したからさ。あとは勉強会の詳しい話よろしく」
「うん。川村さんごめんね。勝手に決めちゃったんだけど、御堂さんの勉強会しようかと思うんだ」
 水貴はお伺いを立てるように言うと、申し訳なさそうに一瞥した。
「それは聞いたよ。でもなんで文芸部で?」
「ああ、それはね……」
 水貴はため息を吐くと理由を語り始めた――。
 どうやら御堂さんのクラス……。つまりは水貴と浩樹のクラスでは御堂さんは村八分状態のようだ。村八分……。要はハブかれているらしい。
 理由はやはり陸上部の問題のようで、水貴たちのクラスには陸上部の一年生が五人も居るとか。
「僕もどうかと思うんだけどさ。その陸部の連中が先導してみんなで御堂さんを無視してるんだ……」
「なるほどね……。でも何で先生は何も言わないの? 普通はクラスで問題が起きれば何とかすると思うけど?」
「それは……」
 私の問いに水貴は言葉に詰まってしまった。そして諦めるように首を横に振る。
「水貴も俺も抗議したんだけどさ……。どうやら担任も御堂さんには学校を辞めて欲しいらしくてさ」
 水貴の補助をするように浩樹が口を挟んだ。
「え!」
「結局は担任も問題を抱えたくはないんだろうね。はっきり言えば厄介払いしたいのさ」
「そんな……。酷い」
 問題児はいらない。大人たちがそう言って彼女をお払い箱にしようとしている。二人の話にはそんなニュアンスが含まれているように聞こえた。
 男子二人が話している間、御堂さんはずっと俯いていた。そして私もようやく気づく。浩樹も水貴も必死に戦ったのだ。それでもうまく行かなかったから文芸部に頼ってきた……。
「分かったよ。やろう。テストまで二週間あるし何とかなるんじゃないかな?」
 私がそう言うと御堂さんが顔を上げた。
「いいの?」
「もちろん! そんな理不尽なことあっていいはずないもん」
 それは素直で正直な私の気持ちだった。こんな不当な退学やいじめがあっていいはずがない。
 正義感……。でそう思ったわけではない。過去の私と彼女の境遇が被ったのだ。京都で味わったあの苦い味を彼女も味わっている……。そう思うと居ても立っても居られなかった。
 それから御堂さんは小さな声で「ありがとう」と呟いた。震えた声。震えた肩。その姿も過去の自分と重なる。
 相変わらずグラウンドからは運動部の声が聞こえた。あの声の主たちを見返してやる。自分のことでもないのにそんなことを思った。
 こうして暫定的に御堂火憐が文芸部の仲間になった。楓子はそんなことお構いなしのように原稿にペンを走らせていた。
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