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エピローグ
エピローグ 画面越しの世界
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明けて翌年の一月一日。私と弥生ちゃんとフジやんくんは千葉市内の神社に初詣に行った。そして混み合う神社でどうにか拝殿までたどり着くと私たちは横並びになって参拝した。今年も一年良い年になりますように。そんなありふれた願いを心の中で呟いた。幸い今の私に物欲やら恋愛欲はあまりないのだ。だからこれはあくまで儀礼的な願いだと思う。
参拝を終えると三人でおみくじを引いた。私は中吉、弥生ちゃんは大吉、フジやんくんは吉。悪くないと思う。凶が出なかっただけ御の字だ。
「ふぅー。とりあえずこれで神様へのご挨拶もできたし……。とりあえず今年も何事もなく過ごせると良いねぇ」
引いたおみくじを神社内の木の枝に結びながら弥生ちゃんがそう言った。今年こそは何事もなく過ごしたい。私自身もそう願う。
そうこうしていると遠くから「香澄ちゃーん」と私を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのあるA組学級委員長の声。どうやら澪ちゃんも参拝に来ていたらしい。
「明けましておめでとう。今年もよろしくねぇ」
澪ちゃんはそう言って私の左右に目を遣った。そして「藤岡くんもあけおめ。そっちは……。春日さんだよね?」と言った。そういえば澪ちゃんと弥生ちゃんは初対面だっけ……。そんな当たり前のことに今更気づく。
「初めまして……。株式会社オフィス・トライメライの春日です。鹿島さんには普段からお世話になってます」
「あ、ご丁寧にどうもです。花見川高校一年の奥寺です。香澄ちゃんから話は常々聞いてますよー」
澪ちゃんは弥生ちゃんのやたら丁寧な挨拶にフランクに返すと「今日はマリーと一緒なんだ」とばつが悪そうに言った。おそらくそれはフジやんくんに気を遣ってのことだと思う。
「そっか。まりあちゃんは? 今どこに?」
「ああ、階段横のベンチで待ってるよ。……ほら、あの子も顔合わせづらいんでしょ?」
澪ちゃんはそう言うとフジやんくんに「藤岡くんもまだ会いづらいかもだし」と言った。どうやらまりあちゃんはまりあちゃんなりにフジやんくんに気を遣ってくれたらしい。
「僕は……。もう大丈夫だよ。逆に太田さんはいつも僕のこと庇ってくれてたし……。気にしてないよ」
「フフフ。やっぱりねぇ。そんな気はしてたんだ。まぁ、アレだよ。B組落ち着いたらマリーと話す機会作るからさ。そんときは藤岡くんもおいで。……やっぱりわだかまりは少ない方がいいからね」
澪ちゃんはそう言うと少し困った笑顔で笑った。私はそれに「うん。そのときは私も行くよ」と伝えた――。
その後。私たちは鹿の蔵へ向かった。実は年末に叔母と一緒におせちを作っておいたのだ。我ながら昭和の主婦みたいなことをしていると思う。
「明けましておめでとう」
店内に入ると叔母がそう言って出迎えてくれた。今日お店は休み。なので実質貸し切りみたいな状態だ。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うん。よろしくね。そういえば姉さんたちは? まさか正月まで仕事じゃないでしょ?」
「それが……。今日も仕事なんだよね。正月休みは成人式明けに取るって……」
「はぁ……。あの人たちは本当に仕事仕事仕事なんだから。まぁ振り袖レンタルのかき入れ時だから仕方ないけど」
叔母はそう言うと深いため息を吐いた。気持ちは分かる。いくら和装レンタルにとって成人式が重要だからって元旦も休みなく働くのはかなりブラック……。だと思う。
「まぁいいわ。中旬には連休取るんだろうから。それより香澄、ちょっと運ぶの手伝って」
「はーい」
それから私はおせち料理と飲み物を奥の個室に運んだ。そして準備が終わると三人でそれを食べ始めた。実に正月らしい食事。令和では逆にレアだと思う。
「食べ終わったら声掛けてね。ぜんざい用意するから」
叔母はそう言うとニッコリ笑った。そして「弥生ちゃんも藤岡くんもいつもありがとうね。これからもこの子をよろしくね」と言った。まるで本物の母親みたいだ――。
「そういえば香澄ちゃん……。メサちゃんのことだけど」
食事が一段落すると不意にフジやんくんが千歳ちゃんの名前を口にした。
「メサちゃん……。千歳ちゃんがどうしたの?」
「うん、実はさ。あの後しばらくしてあの子の配信に潜ったんだ。あ、コメントしないで見てたってことね。それでさ……。メサちゃんなんか様子が変だったんだよね。何ていうか空元気って感じで」
フジやんくんはそう言うとスマホを操作して私に差し出した。そしてある動画を見せてくれた。動画タイトルは……。『これからの話』だ。
『ども! 百合娃メサでっす! 今日は皆さんにお話しなければいけないことがあり緊急で動画回しました』
千歳ちゃんはそう言うと軽く咳払いをした。そして襟を正すと『あのですね』と続ける。
『今回、諸事情で今まで通っていた学校を退学しました。なのでこれからは東京を拠点に活動することになると思います』
千歳ちゃんがそこまで話すと動画のコメント欄にばーっとコメントが流れた。それはどれも好意的な内容だった。こうして見るとやはり百合娃メサは配信者としては結構な人気があるらしい。
『リスナーの皆さんにこれを言うのもどうかと思うんですけどね。ちょっと思っちゃったことあるんです』
そんな中。千歳ちゃんが少し言いにくそうに口を開いた。
『なんと言いますか……。大切に思っていたあの人にできることは今後人生で関わらないであげることだけ。そう割り切った瞬間から生きる意味が分からなくなりました。きっとあのときに私は生きながら死んでしまったのでしょうね』
彼女はそう言うとカメラ目線でこちらを向いた。画面越しの世界からこちらを覗かれた。そんな気分だ――。
「うん」
動画を見終わると私はそれだけ言ってスマホをフジやんくんに返した。
「見てくれてありがとう。正直香澄ちゃんにこれを見せるのはどうかと思ったんだけど……。どうしても見て欲しくてさ」
フジやんくんはそう言うと再びスマホを操作した。そして「今も配信してるね」と言った。
「そっか。ちょっと覗いてみようかな?」
私はフジやんくんの言葉にそう返すと自身のスマホで千歳ちゃんがやっている配信サイトの視聴用アカウントを作った。アカウント名は『幕張地下街の縫子少女』。私のことを知っていれば誰でも分かる名前だ。
それから私は彼女のやっている配信を開いた。開いた瞬間、私の親友の声が聞こえた――。
参拝を終えると三人でおみくじを引いた。私は中吉、弥生ちゃんは大吉、フジやんくんは吉。悪くないと思う。凶が出なかっただけ御の字だ。
「ふぅー。とりあえずこれで神様へのご挨拶もできたし……。とりあえず今年も何事もなく過ごせると良いねぇ」
引いたおみくじを神社内の木の枝に結びながら弥生ちゃんがそう言った。今年こそは何事もなく過ごしたい。私自身もそう願う。
そうこうしていると遠くから「香澄ちゃーん」と私を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのあるA組学級委員長の声。どうやら澪ちゃんも参拝に来ていたらしい。
「明けましておめでとう。今年もよろしくねぇ」
澪ちゃんはそう言って私の左右に目を遣った。そして「藤岡くんもあけおめ。そっちは……。春日さんだよね?」と言った。そういえば澪ちゃんと弥生ちゃんは初対面だっけ……。そんな当たり前のことに今更気づく。
「初めまして……。株式会社オフィス・トライメライの春日です。鹿島さんには普段からお世話になってます」
「あ、ご丁寧にどうもです。花見川高校一年の奥寺です。香澄ちゃんから話は常々聞いてますよー」
澪ちゃんは弥生ちゃんのやたら丁寧な挨拶にフランクに返すと「今日はマリーと一緒なんだ」とばつが悪そうに言った。おそらくそれはフジやんくんに気を遣ってのことだと思う。
「そっか。まりあちゃんは? 今どこに?」
「ああ、階段横のベンチで待ってるよ。……ほら、あの子も顔合わせづらいんでしょ?」
澪ちゃんはそう言うとフジやんくんに「藤岡くんもまだ会いづらいかもだし」と言った。どうやらまりあちゃんはまりあちゃんなりにフジやんくんに気を遣ってくれたらしい。
「僕は……。もう大丈夫だよ。逆に太田さんはいつも僕のこと庇ってくれてたし……。気にしてないよ」
「フフフ。やっぱりねぇ。そんな気はしてたんだ。まぁ、アレだよ。B組落ち着いたらマリーと話す機会作るからさ。そんときは藤岡くんもおいで。……やっぱりわだかまりは少ない方がいいからね」
澪ちゃんはそう言うと少し困った笑顔で笑った。私はそれに「うん。そのときは私も行くよ」と伝えた――。
その後。私たちは鹿の蔵へ向かった。実は年末に叔母と一緒におせちを作っておいたのだ。我ながら昭和の主婦みたいなことをしていると思う。
「明けましておめでとう」
店内に入ると叔母がそう言って出迎えてくれた。今日お店は休み。なので実質貸し切りみたいな状態だ。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うん。よろしくね。そういえば姉さんたちは? まさか正月まで仕事じゃないでしょ?」
「それが……。今日も仕事なんだよね。正月休みは成人式明けに取るって……」
「はぁ……。あの人たちは本当に仕事仕事仕事なんだから。まぁ振り袖レンタルのかき入れ時だから仕方ないけど」
叔母はそう言うと深いため息を吐いた。気持ちは分かる。いくら和装レンタルにとって成人式が重要だからって元旦も休みなく働くのはかなりブラック……。だと思う。
「まぁいいわ。中旬には連休取るんだろうから。それより香澄、ちょっと運ぶの手伝って」
「はーい」
それから私はおせち料理と飲み物を奥の個室に運んだ。そして準備が終わると三人でそれを食べ始めた。実に正月らしい食事。令和では逆にレアだと思う。
「食べ終わったら声掛けてね。ぜんざい用意するから」
叔母はそう言うとニッコリ笑った。そして「弥生ちゃんも藤岡くんもいつもありがとうね。これからもこの子をよろしくね」と言った。まるで本物の母親みたいだ――。
「そういえば香澄ちゃん……。メサちゃんのことだけど」
食事が一段落すると不意にフジやんくんが千歳ちゃんの名前を口にした。
「メサちゃん……。千歳ちゃんがどうしたの?」
「うん、実はさ。あの後しばらくしてあの子の配信に潜ったんだ。あ、コメントしないで見てたってことね。それでさ……。メサちゃんなんか様子が変だったんだよね。何ていうか空元気って感じで」
フジやんくんはそう言うとスマホを操作して私に差し出した。そしてある動画を見せてくれた。動画タイトルは……。『これからの話』だ。
『ども! 百合娃メサでっす! 今日は皆さんにお話しなければいけないことがあり緊急で動画回しました』
千歳ちゃんはそう言うと軽く咳払いをした。そして襟を正すと『あのですね』と続ける。
『今回、諸事情で今まで通っていた学校を退学しました。なのでこれからは東京を拠点に活動することになると思います』
千歳ちゃんがそこまで話すと動画のコメント欄にばーっとコメントが流れた。それはどれも好意的な内容だった。こうして見るとやはり百合娃メサは配信者としては結構な人気があるらしい。
『リスナーの皆さんにこれを言うのもどうかと思うんですけどね。ちょっと思っちゃったことあるんです』
そんな中。千歳ちゃんが少し言いにくそうに口を開いた。
『なんと言いますか……。大切に思っていたあの人にできることは今後人生で関わらないであげることだけ。そう割り切った瞬間から生きる意味が分からなくなりました。きっとあのときに私は生きながら死んでしまったのでしょうね』
彼女はそう言うとカメラ目線でこちらを向いた。画面越しの世界からこちらを覗かれた。そんな気分だ――。
「うん」
動画を見終わると私はそれだけ言ってスマホをフジやんくんに返した。
「見てくれてありがとう。正直香澄ちゃんにこれを見せるのはどうかと思ったんだけど……。どうしても見て欲しくてさ」
フジやんくんはそう言うと再びスマホを操作した。そして「今も配信してるね」と言った。
「そっか。ちょっと覗いてみようかな?」
私はフジやんくんの言葉にそう返すと自身のスマホで千歳ちゃんがやっている配信サイトの視聴用アカウントを作った。アカウント名は『幕張地下街の縫子少女』。私のことを知っていれば誰でも分かる名前だ。
それから私は彼女のやっている配信を開いた。開いた瞬間、私の親友の声が聞こえた――。
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