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第六章 ヘリオス幕張
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鹿島香澄の話①
羽田千歳と私の関係。それは昔からよく知る幼なじみであると同時に通りすがりの顔見知り程度に薄いものだった。変な話だけれど私と彼女との関係はそんな矛盾が両立していたのだ。まぁ……。そんな歪な関係になった原因は概ね彼女にあったのだけれど。
思えば小学校入学前から彼女はずっとあんな性格だった。表面上は明るく気さくで楽しい女の子。誰にでも分け隔てなく優しいしフレンドリー。そう見えていたはずだ。でも……。それは私からすれば彼女のほんの一面でしかなかったように思う。
羽田千歳の本来の性格。それは非常に残忍で冷酷なものだった。目的のためなら手段を選ばない。自身と自身の大切なものを守るためなら何だってする。そういう子だった。だから彼女には幼い頃から多くの敵と味方がいた。そしてそんな彼女の人間関係の中で私だけが唯一……。敵でも味方でもないただの友達だったように思う――。
中学二年の冬。一二月下旬のことだ。私は千歳ちゃんに海浜幕張駅前のサイゼリヤに呼び出された。
「ごめん。遅くなったね」
私はそう言って彼女の正面の席に座った。すると千歳ちゃんは「いいよ。こっちこそ急にごめんね」と謝った。かなり普通な返しだ。普段の千歳ちゃんなら『いいよー! 気にしてないない!』なのに……。と違和感を覚える。
「それで? 今日はどうしたの?」
「ああ、ちょっと話聞いて欲しくてさ」
彼女はそう言うとポツリポツリと今日あったことを語り始めた。……と言っても私には語られる前から彼女が何を話すかは分かっていた。そしてそれは予想を超えるほど予想通りだった――。
千歳ちゃんの話を要約するとこうだ。
『この前別れた彼氏が別れてすぐに別の学校の生徒と付き合った。そしてそのことでクラスの他の女子たちに笑いものにされた』
それだけの話だ。これといって面白味はない。
「つーかミクたち酷くない? あんだけ応援してる風だったのに影でコソコソ私が相談したこと言いふらしてさ。お陰でいい笑いもんだよ」
千歳ちゃんはそう言うと盛大なため息を吐いた。そしてすっかり冷めてしまったミラノ風ドリアの残りを口に放り込むと「最悪」と悪態を吐いた。どうやら千歳ちゃん的には彼氏のことより女友達に裏切られたことの方がショックだったらしい。
「ミクちゃんはねぇ。おしゃべりだからね」
「ああ、マジでそれな。……ほんっとクソ女だよアイツ! ああいう『ハト』みたいな女大っ嫌い!」
千歳ちゃんはそう言うと酷く顔を歪まれた。その顔はまるで鬼か般若のように見えた――。
それから数日後。年が明けた。そして私は正月からUGの手伝いに大忙しだった。具体的には福袋に詰める商品の追加と特売商品の陳列。要は初売りのための手伝いだ。まぁ……。当時はまだ中学生だったので私にできることなんてたかが知れていたのだけれど。
そんな多忙な正月二日の午後に千歳ちゃんはUGにやってきた。彼女の手には縁起物の大きな熊手。どうやら初詣の帰りらしい。
「かすみーん!」
彼女はそう言うと大げさに手を振って店内に入ってきた。そして陳列中の私の横にしゃがみ込むと「あけおめ! 正月から大変だねぇ」と笑った。そこには数日前のようなトゲのある雰囲気はない。平常運転の羽田千歳だ。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
私はそれだけ返すとカウンターに目を遣った。幸い今はそこまで混んではいない。どうやら来客のペースもだいぶ落ち着いたようだ。
「ねぇねぇ。聞いてよ。おみくじ引いたら大吉だったんだよ。マジすごくない!? これなら今年はいいことありそうな予感だよね。かすみんは初詣行かないの?」
「初詣は……。四日以降かな? 弥生ちゃんたちと行くつもり」
「マジで!? いいなぁ。ウチも弥生ちゃんに会いたいよぉ」
千歳ちゃんはマシンガントーク気味にそう言うとスマホを取り出した。そして「新年一発目の撮影しようぜ」と続けた。相変わらず脈絡がなさ過ぎる。
「うーん。今仕事中だから終わったらね」
「えー! ……分かったよ。じゃあ終わったらよろー」
千歳ちゃんは残念そうに言うとスマホをポケットにしまった。そして「そこのラジコン屋覗いてるから終わったら来てねぇ」と言った――。
それから三〇分後。私の手伝いは終わった。正確には叔父から「友達来てるんならもういいよ」と許可が下りた。こういうときの叔父は理解があるのだ。
「それと……。これお年玉な。義姉さんたちには内緒にしとけよ。美也にも」
叔父はそう言って私にポチ袋を差し出した。中身は二万円。なかなか高額なお年玉だ。
「こんなに貰えないよ……」
「いいんだよ! お前が来てくれたほんと助かったから。それで友達と旨いもんでも食ってこい」
叔父はそう言うと私に背中を向けた。そして「高校生になったら店手伝えよ」と最後にとんでもないことを言った――。
羽田千歳と私の関係。それは昔からよく知る幼なじみであると同時に通りすがりの顔見知り程度に薄いものだった。変な話だけれど私と彼女との関係はそんな矛盾が両立していたのだ。まぁ……。そんな歪な関係になった原因は概ね彼女にあったのだけれど。
思えば小学校入学前から彼女はずっとあんな性格だった。表面上は明るく気さくで楽しい女の子。誰にでも分け隔てなく優しいしフレンドリー。そう見えていたはずだ。でも……。それは私からすれば彼女のほんの一面でしかなかったように思う。
羽田千歳の本来の性格。それは非常に残忍で冷酷なものだった。目的のためなら手段を選ばない。自身と自身の大切なものを守るためなら何だってする。そういう子だった。だから彼女には幼い頃から多くの敵と味方がいた。そしてそんな彼女の人間関係の中で私だけが唯一……。敵でも味方でもないただの友達だったように思う――。
中学二年の冬。一二月下旬のことだ。私は千歳ちゃんに海浜幕張駅前のサイゼリヤに呼び出された。
「ごめん。遅くなったね」
私はそう言って彼女の正面の席に座った。すると千歳ちゃんは「いいよ。こっちこそ急にごめんね」と謝った。かなり普通な返しだ。普段の千歳ちゃんなら『いいよー! 気にしてないない!』なのに……。と違和感を覚える。
「それで? 今日はどうしたの?」
「ああ、ちょっと話聞いて欲しくてさ」
彼女はそう言うとポツリポツリと今日あったことを語り始めた。……と言っても私には語られる前から彼女が何を話すかは分かっていた。そしてそれは予想を超えるほど予想通りだった――。
千歳ちゃんの話を要約するとこうだ。
『この前別れた彼氏が別れてすぐに別の学校の生徒と付き合った。そしてそのことでクラスの他の女子たちに笑いものにされた』
それだけの話だ。これといって面白味はない。
「つーかミクたち酷くない? あんだけ応援してる風だったのに影でコソコソ私が相談したこと言いふらしてさ。お陰でいい笑いもんだよ」
千歳ちゃんはそう言うと盛大なため息を吐いた。そしてすっかり冷めてしまったミラノ風ドリアの残りを口に放り込むと「最悪」と悪態を吐いた。どうやら千歳ちゃん的には彼氏のことより女友達に裏切られたことの方がショックだったらしい。
「ミクちゃんはねぇ。おしゃべりだからね」
「ああ、マジでそれな。……ほんっとクソ女だよアイツ! ああいう『ハト』みたいな女大っ嫌い!」
千歳ちゃんはそう言うと酷く顔を歪まれた。その顔はまるで鬼か般若のように見えた――。
それから数日後。年が明けた。そして私は正月からUGの手伝いに大忙しだった。具体的には福袋に詰める商品の追加と特売商品の陳列。要は初売りのための手伝いだ。まぁ……。当時はまだ中学生だったので私にできることなんてたかが知れていたのだけれど。
そんな多忙な正月二日の午後に千歳ちゃんはUGにやってきた。彼女の手には縁起物の大きな熊手。どうやら初詣の帰りらしい。
「かすみーん!」
彼女はそう言うと大げさに手を振って店内に入ってきた。そして陳列中の私の横にしゃがみ込むと「あけおめ! 正月から大変だねぇ」と笑った。そこには数日前のようなトゲのある雰囲気はない。平常運転の羽田千歳だ。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
私はそれだけ返すとカウンターに目を遣った。幸い今はそこまで混んではいない。どうやら来客のペースもだいぶ落ち着いたようだ。
「ねぇねぇ。聞いてよ。おみくじ引いたら大吉だったんだよ。マジすごくない!? これなら今年はいいことありそうな予感だよね。かすみんは初詣行かないの?」
「初詣は……。四日以降かな? 弥生ちゃんたちと行くつもり」
「マジで!? いいなぁ。ウチも弥生ちゃんに会いたいよぉ」
千歳ちゃんはマシンガントーク気味にそう言うとスマホを取り出した。そして「新年一発目の撮影しようぜ」と続けた。相変わらず脈絡がなさ過ぎる。
「うーん。今仕事中だから終わったらね」
「えー! ……分かったよ。じゃあ終わったらよろー」
千歳ちゃんは残念そうに言うとスマホをポケットにしまった。そして「そこのラジコン屋覗いてるから終わったら来てねぇ」と言った――。
それから三〇分後。私の手伝いは終わった。正確には叔父から「友達来てるんならもういいよ」と許可が下りた。こういうときの叔父は理解があるのだ。
「それと……。これお年玉な。義姉さんたちには内緒にしとけよ。美也にも」
叔父はそう言って私にポチ袋を差し出した。中身は二万円。なかなか高額なお年玉だ。
「こんなに貰えないよ……」
「いいんだよ! お前が来てくれたほんと助かったから。それで友達と旨いもんでも食ってこい」
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