19 / 49
第四章 株式会社ニンヒアレコード 新宿本社
4
しおりを挟む
――千歳ちゃんはそこまで話すと「……というわけ」と言って話を締めくくった。なかなか酷い状況だ。千歳ちゃんの言うとおり悠長に太田さんを嗅ぎ回っている場合ではなかったらしい。
「とりあえず……。明日学校行ったら澪ちんに話訊いてみるよ。何か良いアイデア持ってるかもだしさ」
千歳ちゃんはそれだけ言うと布団を目深に被った。そして程なくして彼女は寝息を立て始めた。ここ最近はずっとフジやんくんのことで忙しかったし疲れが溜まっていたのだろう。
「なんか……。花見川高校も大変だね」
千歳ちゃんが寝入ってから少し間を置いて弥生ちゃんがポツリと呟いた。私はそれに「まぁね」と軽く返した。どうやら今回も弥生ちゃんを厄介ごとに巻き込んでしまったらしい。
「ねぇ香澄ちゃん。もう少し夜更かしできる?」
「……? いいよ。私もまだ眠くないし」
私がそう答えると弥生ちゃんは口元に人差し指を立てた。そして「お姫様を起こさないようにね」と囁いた――。
それから私たちは千歳ちゃんを起こさないように静かに客間を抜け出した。そしてマンションの最上階にあるスカイラウンジへ向かった。こうしてスカイラウンジに行くのは随分と久しぶりだ。
「ひゃあ、やっぱここは高いねぇ。トライメライが下に見えるよ」
弥生ちゃんはそう言って窓際のソファーに腰を下ろした。するとすぐにラウンジの男性コンシェルジュが飲み物のお品書きとお冷やを運んできてくれた。手前味噌だけれどこのマンションは一応それなりの高級住宅なのだ。だから私たちみたいな子供相手でもきちんした対応をしてくれるのだと思う。
「ありがとうございます」
私はそう言ってそのお品書きを受け取った。すると彼は「いえいえ。こんな時間に来られるなんて珍しいですね。……ごゆっくりどうぞ」と言って上品に微笑んだ。さわやかで落ち着いた笑顔だ。真夜中のコンシェルジュとしては満点だと思う――。
「……あのね。香澄ちゃん。本当は明後日一緒に東京行って欲しかったんだよね」
日付が切り替わる少し前。弥生ちゃんが思い出したようにそう呟いた。
「東京? また撮影か何か?」
「撮影……。一応そうだね。ま、今回は写真と取材だけだけど」
「そうなんだ。……やっぱりこの前の沖縄ロケ関連?」
「そだよー。なんか音楽系の雑誌の記事なんだってさ。そんでPVに出演した私にも話が回ってきたってわけ」
弥生ちゃんはそこまで話すと「ふぅー」と息を吐いて天井を仰いだ。そして「だから取材もニンヒアでやるみたい」と続けた。ニンヒア……。確か今回弥生ちゃんがPV撮影で参加したアーティストの所属する音楽レーベルだったと思う。
「でもまぁ……。今回は仕方ないね。香澄ちゃんも例の藤岡くんの件で忙しいもんね」
「……うん。正直今回は厳しいかな。ごめんね」
「ああ、いいんだよ。さっきも言ったけど香澄ちゃんは学校を優先した方がいいと思うからさ」
弥生ちゃんはそう言うとニッコリ笑った。その表情は……。明らかに無理をしているときの笑顔に見える。
だから私は「分からないけど調整はしてみるよ。明日の午後には返事できると思う」と伝えた。弥生ちゃんはそれに「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」と言って今度は疲れた顔で笑った――。
「とりあえず……。明日学校行ったら澪ちんに話訊いてみるよ。何か良いアイデア持ってるかもだしさ」
千歳ちゃんはそれだけ言うと布団を目深に被った。そして程なくして彼女は寝息を立て始めた。ここ最近はずっとフジやんくんのことで忙しかったし疲れが溜まっていたのだろう。
「なんか……。花見川高校も大変だね」
千歳ちゃんが寝入ってから少し間を置いて弥生ちゃんがポツリと呟いた。私はそれに「まぁね」と軽く返した。どうやら今回も弥生ちゃんを厄介ごとに巻き込んでしまったらしい。
「ねぇ香澄ちゃん。もう少し夜更かしできる?」
「……? いいよ。私もまだ眠くないし」
私がそう答えると弥生ちゃんは口元に人差し指を立てた。そして「お姫様を起こさないようにね」と囁いた――。
それから私たちは千歳ちゃんを起こさないように静かに客間を抜け出した。そしてマンションの最上階にあるスカイラウンジへ向かった。こうしてスカイラウンジに行くのは随分と久しぶりだ。
「ひゃあ、やっぱここは高いねぇ。トライメライが下に見えるよ」
弥生ちゃんはそう言って窓際のソファーに腰を下ろした。するとすぐにラウンジの男性コンシェルジュが飲み物のお品書きとお冷やを運んできてくれた。手前味噌だけれどこのマンションは一応それなりの高級住宅なのだ。だから私たちみたいな子供相手でもきちんした対応をしてくれるのだと思う。
「ありがとうございます」
私はそう言ってそのお品書きを受け取った。すると彼は「いえいえ。こんな時間に来られるなんて珍しいですね。……ごゆっくりどうぞ」と言って上品に微笑んだ。さわやかで落ち着いた笑顔だ。真夜中のコンシェルジュとしては満点だと思う――。
「……あのね。香澄ちゃん。本当は明後日一緒に東京行って欲しかったんだよね」
日付が切り替わる少し前。弥生ちゃんが思い出したようにそう呟いた。
「東京? また撮影か何か?」
「撮影……。一応そうだね。ま、今回は写真と取材だけだけど」
「そうなんだ。……やっぱりこの前の沖縄ロケ関連?」
「そだよー。なんか音楽系の雑誌の記事なんだってさ。そんでPVに出演した私にも話が回ってきたってわけ」
弥生ちゃんはそこまで話すと「ふぅー」と息を吐いて天井を仰いだ。そして「だから取材もニンヒアでやるみたい」と続けた。ニンヒア……。確か今回弥生ちゃんがPV撮影で参加したアーティストの所属する音楽レーベルだったと思う。
「でもまぁ……。今回は仕方ないね。香澄ちゃんも例の藤岡くんの件で忙しいもんね」
「……うん。正直今回は厳しいかな。ごめんね」
「ああ、いいんだよ。さっきも言ったけど香澄ちゃんは学校を優先した方がいいと思うからさ」
弥生ちゃんはそう言うとニッコリ笑った。その表情は……。明らかに無理をしているときの笑顔に見える。
だから私は「分からないけど調整はしてみるよ。明日の午後には返事できると思う」と伝えた。弥生ちゃんはそれに「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」と言って今度は疲れた顔で笑った――。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
透明の「扉」を開けて
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
ゼフィルス、結婚は嫌よ
多谷昇太
ライト文芸
あるエッセーで「わたしは結婚しない。男に家庭に社会に(女とはかくあるべしと決めつける社会に)縛られ、決めつけられたくはない。わたしは100%、自分自身を生き抜く。生き抜いてみせる。これだけのことをこうしてエッセーで云ったからには、それだけの‘覚悟’がある。わ、た、し、は、結婚しない!」というちょっと眉に唾つけて見なければ信じられないほどの、すさまじい覚悟を述べた方がおられました。ご自分の写真付きでしたが、その写真を拝見してなおびっくり。髪の毛を長く伸ばした(お世辞ではなく)超美人だったからです。年令は28くらいだったかと記憶していますが定かではありません。1990年前後のことでした。これに感心のあまり書こうと思い立ったのがこの拙著「ぜフィルス、結婚は嫌よ」でした。ゼフィルスとは彼の巨匠手治虫先生の作品「ゼフィルス」から名をお借りしたのです。御作品では(男への)復讐の女神ゼフィルスということでしたが。とにかく、この端倪すべかざる女性をエッセーで知って思い立った作品です。先に一度(ラジオ)シナリオにしてNHKの公募に応募したのですが力たらずに入選しませんでした。今回20年近くを経てあらためて小説にしてみようと思い立ちました。主人公の名前は惑香、エッセーの主のようにできるだけ美しいイメージを出そうとして考えた名前です。作中にも記しましたが「みずからの美しさにと惑う」ほどの美貌の主ということです。その美しさは単に外形のみならず…? どうぞ作品内でご確認ください。手前味噌ですがラストは(たぶん)感動的だと思いますのでぜひどうぞ。
【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~
朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。
~あらすじ~
小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。
ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。
町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。
それでもコウキは、日々前向きに生きていた。
「手術を受けてみない?」
ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。
病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。
しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。
十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。
保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。
ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。
コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。
コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。
果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──
かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。
※この物語は実話を基にしたフィクションです。
登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。
また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。
物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。
◆2023年8月16日完結しました。
・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!
リエゾン~川辺のカフェで、ほっこりしていきませんか~
凪子
ライト文芸
山下桜(やましたさくら)、24歳、パティシエ。
大手ホテルの製菓部で働いていたけれど――心と体が限界を迎えてしまう。
流れついたのは、金持ちのボンボン息子・鈴川京介(すずかわきょうすけ)が趣味で開いているカフェだった。
桜は働きながら同僚の松田健(まつだたける)と衝突したり、訪れる客と交流しながら、ゆっくりゆっくり心の傷を癒していく。
苦しい過去と辛い事情を胸に抱えた三人の、再生の物語。
間違いなくVtuber四天王は俺の高校にいる!
空松蓮司
ライト文芸
次代のVtuber四天王として期待される4人のVtuberが居た。
月の巫女“月鐘(つきがね)かるな”
海軍騎士“天空(あまぞら)ハクア”
宇宙店長“七絆(なずな)ヒセキ”
密林の歌姫“蛇遠(じゃおん)れつ”
それぞれがデビューから1年でチャンネル登録者数100万人を突破している売れっ子である。
主人公の兎神(うがみ)も彼女たちの大ファンであり、特に月鐘かるなは兎神の最推しだ。
彼女たちにはある噂があった。
それは『全員が同じ高校に在籍しているのでは?』という噂だ。
根も葉もない噂だと兎神は笑い飛ばすが、徐々にその噂が真実であると知ることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる