幕張地下街の縫子少女 ~白いチューリップと画面越しの世界~

海獺屋ぼの

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第四章 株式会社ニンヒアレコード 新宿本社

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 その日の夜。私はアルバイトを終えると真っ直ぐ自宅に帰った。そして帰ると来客出迎えの為にお茶の準備をした。今日は弥生ちゃんが来てくれる。そう考えると少しだけ昼間の嫌な気分が和らぐ気がした。当然何も問題は解決していないけれど、こういうときは気休めも必要だと思う。
 そうやってお茶やらお菓子やらの準備をしているとドアフォンが鳴った。時刻は二〇時ぴったり。計ったように正確な時間だ。
「はい」
『こんばんはー。来たよ』
 ドアフォン越しに弥生ちゃんの声が返ってきた。私はそれに「今開けるね」と言ってマンションの扉を解錠した。思えばこうして友達を自宅に招待するのは初めてかも知れない。
 それから程なくして弥生ちゃんが私の部屋まで来てくれた。二週間ぶりに見た彼女の顔はどことなく疲れて見える。
「お疲れ様です。ごめんね。疲れてるのに」
「お疲れ様ー。いや、大丈夫だよ。実は私も香澄ちゃんと話したいことあったんだ」
 彼女はそう言うと紙袋を差し出した。中身は……。551蓬莱の豚まん。どうやら大阪土産らしい。
「わざわざありがとー。今回も新幹線で行かなかったんだね?」
「そうなんだよー。なんかトライメライ的にはあんまり新幹線移動させたくないみたいなんだよね。お陰で関空から車移動だった……。マジで遠回りさせられた感じ」
 弥生ちゃんはそう言うとやれやれと言った感じにため息を吐いた。そして「社長の指示だから従うけどさ」と苦笑した――。
 
「ピザでも頼もっか?」
 私はお茶とお菓子をテーブルに並べながら弥生ちゃんにそう尋ねた。弥生ちゃんは「お、いいじゃん」とそれに一つ返事で答えた。正直私もお腹がかなり空いているのだ。こういう機会でもないとなかなかピザも頼めないし夕飯には丁度良いと思う。
 それから私たちは互いに好きなピザを近所のピザ屋に注文した。そして注文が終わると互いの近況報告をしあった。思えばここ数週間で二人とも状況が大きく変わった気がする。
「はぁあ。先週の福岡はかんなり忙しなかったなぁ。逢川さんなんかずぅーと走り回ってる感じだったし……。社長も挨拶回り忙しそうだったよ」
「お疲れ様ぁ。確か福岡の仕事は……。アーティストさんとラジオ出たんだよね?」
「そうそう! なんかさぁ。今回沖縄ロケしたPVのアーティストさんって元々は福岡出身らしいんだよねぇ。だから気合い入っててさ。トライメライもそれに付き合わされた感じだよ」
 弥生ちゃんはそこまで言うと大きく背伸びをした。そして「マジで福岡はキツかったなぁ」と項垂れる。
「ほんと……。大変だったね」
「だねぇ。正直もうあんなスケジュールで行動したくないよ。だって夜中一時までラジオ出てそっからオールで大阪まで車移動だよ? こんなんもうトライアスロンじゃん! まぁ……。一番キツかったのはずっと運転してくれた逢川さんだろうけど」
 弥生ちゃんはそう言うと口をへの字に曲げた。そして「逢川さん死ななきゃいいけど」と冗談めかして言った。まぁ……。実際は冗談どころではないと思う。逢川さんはそれぐらい厳しい労働を強いられているのだ。トライメライの営業課長兼春日弥生の専属マネージャー。そんな肩書きだけでは片付けられないほどに。
「ねぇ……。逢川さんって過重労働過ぎるよね」
「ほんそれ! 社長ももう少しあの人のことねぎらってあげればいいのに……」
 弥生ちゃんはそこまで話すと目尻を右手の人差し指とで摘まんだ。それを見て私は『弥生ちゃんも死なないでね』と心の中で呟いた――。
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