幕張地下街の縫子少女 ~白いチューリップと画面越しの世界~

海獺屋ぼの

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第二章 花見川服飾高等専修学園

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 その日の授業が終わると私たちは一緒に帰った。そしてJR海浜幕張駅まで来ると彼女は「UG行かない?」と言った。私はそれに「いいよ」と返す。
 幕張の裏路地を抜けてオフィス・トライメライの地下に潜る。そしてそのままUGに直行した。いつものアルバイト通勤ルートだ。
「あれ? 香澄どうした?」
 私たちが店に入ると叔父がそう言って顔を覗かせた。他に客はいない。
「お疲れ様です。ちょっとバッグヤード借りてもいい? 友達と話したくてさ」
「ああ、構わないよ」
 叔父はそう一つ返事すると私たちを店のバッグヤードに通してくれた。UGのバッグヤードは私にとっては最も安全な密談室なのだ。まぁ……。千歳ちゃんもそれを知っているからこうしてここを指定したのだろうけれど。
「じゃあ俺店番してるから何かあったら呼びな」
「はーい。ありがとう」
 それから私は倉庫内のエアコンをつけた。そして発注書やらカタログやらで散らかったテーブルを片付ける。
「昨日の帰りにちゃんと片付けたのに……」
 と思わずそんな愚痴がこぼれる。叔父のこういうところはいつまで経っても直らないのだ。たぶんあの人は生来整理整頓が苦手なのだと思う。
「散らかっててごめんね」
「ううん。こっちこそごめん。押しかけたみたいになっちゃったね」
 千歳ちゃんはそう言うと眉毛をへの字に曲げた。その表情は普段の彼女より随分と大人しく見える。
「それで? 何があったの?」
 机の片付けが一段落すると私は千歳ちゃんにそう尋ねた。千歳ちゃんは「ああ、うん」とだけ返すと一瞬顔をこわばらせる。
「どっから話せばいいかなぁ……。ちょっと長い話になるんだけど」
 千歳ちゃんはそう前振りするとポツリポツリと語り始めた――。

 羽田千歳の話

 今年の四月。私は花見川服飾高等専修学園というファッションデザイン系の高校に進学した。そこは全国的でも有数の専修高校で多くのファッションデザイナーを輩出していた。まぁ……。私がこの学校を選んだ理由は直接的にファッションデザイナーになるためではないのだけれど。
 私がこの高校を選んだ理由。それは私の母親のネイリストという仕事が関係していた。クライアントの爪を磨いて装飾する。そんなファッション業界の中でもニッチな業界に行くためにはここを選ぶしかなかったのだ。
 思えば私の将来の夢は幼少期には決まっていた気がする。爪を塗る仕事。それ以外の選択肢なんかなかった。お母さんの仕事はカッコいい。たぶん単純な私は物心つく頃からずっとそう思っていたのだろう。
 ともかく……。私はそんな理由で花見川高校に入学したわけだ。そしてそこで私はある男子生徒と仲良くなった。別に恋人関係になったというわけではない。単にゲーム仲間として親しくなっただけだ。
 藤岡翔弥。彼のリアルネームはそういう名前だった。そしてゲーム内で彼は『フジやん』というアカウント名を使っていた。だから私はリアルでもネットでも彼のことをフジやんと呼んでいた。大好きなゲームの大切なリア友。私にとってフジやんはそんな存在だった――。
 話は前後するが私は中学時代からゲーム配信者として活動していた。ゲームのジャンルは多岐に渡るけれど、主にプレイするのはFPSと呼ばれるジャンルだった。FPS……。簡単に言えばそれはプレイヤーがそれぞれ武器を持って戦う一人称視点のアクションゲームだ。もっと端的に言えばチーム戦戦争ゲーム……。だと思う。
 そんなゲームをしていて初めて知り合ったリアルの友達がフジやんだった。まぁ、実はリアルより先にゲーム上で知り合っていたのだけれど。
「あーあ、明日は実習あるから早めに寝なきゃなぁ」
 とある日のゲーム配信中。私は何となくゲーム内の通話アプリそうぼやいた。翌日は縫製の授業。それを考えると少し憂鬱になる。
『メサちゃんも? 僕も明日は実習なんだよね』
「マジかぁ。フジやんも大変だねぇ。ウチの学校さぁ、とにかく実技系の授業多いんだよねぇ」
『そっかぁ。メサちゃんは普通の授業の方が好き?』
「うーん。どうかな? 普通教科のがまだマシって感じ。そもそも勉強自体好きじゃないんだよねぇ」
 私はそう答えるとゲームのフィールド内にある武器を拾った。そしてそれをフジやんのプレイしているキャラに渡した。ゲーム内だけなら私の気はかなり回るのだ。
『ありがとう。あ! 三時方向に一部隊! ライフル持ちだね』
「りょ! んじゃ後ろから回り込もう」
 そんな感じで私たちはゲーム内の敵を掃討していった。もう慣れたものだ。特にフジやんとは戦友と言っても過言ではないと思う。
 それから私はフジやんも含むリスナーたちと代わる代わるゲームをプレイしていった。そして午前〇時を回る少し前に配信を終えた。安定の二三時四五分。最近は秒単位で配信終了時間が決まってる気がする。
【おつかれさまー。今日もありがとう】
 配信終了直後。フジやんからそんなチャットが送られてきた。
【お疲れ様ー。今日も配信来てくれてサンクスだよー】
 私は配信用の機材を片付けがてら彼にそう返信した。するとすぐに彼からの返信が来た。
【あのさ。迷惑じゃなかったら今から少し通話できない?】
【いいよー。ちょっと待ってて。ヘッドセット付けるね】
 私は彼からの誘いにそう答えると再びヘッドセットを付けた。そして通話アプリで彼に通話申請した。こうして彼と二人きりで話すのは初めてだ。
「もしもーし」
『もしもし。ごめんね。配信外で』
「いいよいいよ。気にしないで。何か用事ある感じ?」
 私は考えなしに彼にそう尋ねた。そして一瞬間が空く。
「フジやん?」
『ああ、ごめんごめん。いや……。ちょっと言っていいか考えちゃってさ』
 彼はそう言うと深呼吸するみたいに大きく息を吸った。そして続ける。
『ねぇ。確かメサちゃんって専修学校通ってるんだよね?』
「そだよー。服飾系の学校だね」
『実は……。僕も服飾の学校通ってるんだ』
「え! マジで!?」
『うん。それでね――』
 彼はそう言うと予期せぬことを口にした――。
 翌日のお昼休み。私は旧館の屋上前まで来ていた。そしてそこには細身の男子生徒が一人で立っていた。割と童顔で背は一七〇センチぐらい。そんな子だ。
「フジやん?」
 私はその男子生徒にそう声を掛けた。すると彼は「うん」とだけ答えた。聞き覚えのある声だ。間違いなく私のリスナーのフジやんだと思う。
「マジで花見川高校通ってたんだ! ぜんっぜん気づかなかったよ」
 私はそう言って彼の右手を思い切り握った。リスナーが同じ学校の生徒。それだけで感極まってしまう。
「ちょ……。メサちゃん」
 フジやんはそう言って顔を赤らめた。どうやら彼は思いのほか初心らしい。
「あ、ごめんごめん。リスナーと会えるなんてないからさ。テンション上がっちゃって」
 私はゆっくり手を離すとそう謝った。そして「あ、昨日も配信来てくれてサンクスだよー」といつもの挨拶をした。これが私のゲーム配信の決まり文句なのだ。我ながらダサダサな挨拶だと思う。
「こっちこそありがとう……。会いに来てくれて嬉しいよ」
「いやいや。来るに決まってんじゃんよ! フジやんはウチのリスナーで一番仲良しだもん」
 そう。私にとってフジやんはネットで一番の仲良しなのだ。中学時代からの付き合いだし、ある意味リア友より深い仲だと思う。
 それから私たちは改めて自己紹介した。私は羽田千歳という国内便の飛行ルートみたいな名前を。彼は藤岡翔弥というカッコいい名前をそれぞれ名乗った。こうして数年越しに互いの素性を知るというのはむず痒い。
「そっかぁ。フジやんはB組だったんだね」
「うん。実は僕の家テイラーやっててさ」
「テイラーかぁ。かっけーよ。いいじゃんいいじゃん」
「ありがとう。そんな風に言って貰えて嬉しいよ」
 彼はそう言うと照れくさそうに笑った。そして「これからもよろしくね」と続けた――。
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