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第三章 秋川千鶴の場合

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 ラッコはそこまで話すと一呼吸置いた。そして続ける。
「ともかくそのときだったかな? 僕が人間の言葉を得たのは。まぁ、得たのは言葉だけじゃないけどね。あの光の人間の言ったとおり善悪の区別もある程度は分かるようになったんだ」
「にわかに信じられないわね……」
 私は率直でどうしようもない感想を口にした。そもそもラッコが話している時点で信じられないのだけれど。
「だろうね。僕も信じられないよ。……ともかく、僕はその果物を受け取ってからこうなってしまったんだ。良くも悪くもバケモノなんだと思う」
 バケモノ。不思議とその言葉には卑下とか自虐だとかそんな響きはなかった。事実を言葉にしただけという感じ。自身を言い表す言葉を選んだだけ。そんな印象だ。
「気味の悪い生き物だろ? 人外が人語を話すのは人間からしたら恐怖でしかないらしいからね……。まぁ、中にはあまり気にせず接してくれる人もいるけどね」
「そうね。控えめに言ってもおかしいとは思うわ」
「ふぁああ、そうだよね。そうだよね。その反応が至極真っ当だと僕も思うよ」
 私の最高に空気を読まない発言を聞いてラッコは腹を抱えて笑った。そして眠っている水原さんの髪を優しく撫でる。
「この子はね。僕が出会った人間の中でも特別なんだ。素直だし頑張り屋だし……。そして何より最初から逃げたり泣いたりしないでくれた。こういう子は希だよ。今まで僕を見て逃げ出さなかった人間は四人……。いや、君を入れて五人だけれど、やっぱりこの子が一番だね。……まぁ、雪乃が小さい頃から見てるから見てるから特にそう思うんだけどね」
 ラッコはそこまで話すと自身の頬をわしわしと何回も掻いた。仕草から察するに毛繕いなのだろう。
 それにしても饒舌なラッコだ。そもそも人語を話すラッコに会ったことがないけれど、並の中年男性よりずっとおしゃべりだと思う。
「苦労したのね……」
 一通り彼の話を聞き終わると自然とそんな言葉が口から出た。推し量ることは出来ないけれどラッコが東京で生きていくのは想像以上に大変なことだと思う。食料にしたってその他の生命活動にしたって人の倍以上は苦労していると思う。
「まぁ……。それなりにね。でも楽しいよ。こうして都民をしてるのも」
 ラッコはそう言うと照れ笑いを浮かべた。
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