上 下
14 / 70
第二章 菱沼浩之の場合

3

しおりを挟む
 自宅のアパートに帰るとすぐに冷蔵庫に食料品を突っ込んだ。突っ込み終わるとキッチンの換気扇を回してタバコに火を付けた。帰ってきたら一服。これがないと夜が始まらない。
 メビウスの味が口そして肺いっぱいに広がる。今日も一日お疲れ様。タバコにそう言われているような気分だ。
 タバコを吸い終えるとシャワーを浴びた。最高に気持ちが良い。一日の疲れが流れていくようだ。髪の毛はお湯を吸ってしんなりしている。台所での喫煙からのシャワータイム。この一連の流れが僕を「俺」に変えてくれる。
 一人称の変化。特に意識しているわけではないけれど、夜の僕は「俺」に変わるらしい。(本当に無意識なので自覚は一切ないけれど)
 シャワールームから出ると簡単に夕食の準備をした。おつまみと酒。それだけ。基本的に僕は夜あまり食べないのだ。特に炭水化物は摂らない。別に健康を意識しているわけではないけれど、自然とそんな習慣になった。
 そのお陰か知らないけれど僕の体型は世間一般から見ればだいぶスマートだと思う。同世代の連中が腹が出始めているのに僕の体型は高校時代から変わらなかった。まぁ元々そこまで太っていたわけではないのだけれど――。

 サラミとチーズをつまみに安ウイスキーをロックで飲んだ。いつもの晩酌だ。酔うためのものではない。これはオラクルリーディングのための前戯的なものだ。
 もちろん素面だってカードは読める。でもアルコールを摂取したほうが数段良いリーディングができるのだ。酒は何というか……。俺にとっての気付け薬みたいなものだ。飲むと元気が出る。数多のメンヘラどもの相手をする勇気が湧いてくる。そんな感じだ。(飲み過ぎてもいけないので必ず飲む量は制限している)
「さてと」
 俺はそう独り言を呟くと配信機材をセッティングした。マイクとパソコンと手元を移す配信用のカメラ。あとはオラクルカードと酒とつまみとメビウスライト。いつもの配信セットだ。机の上に並ぶそれらは毎回同じ位置でまるで儀式でも始まるかのようだ。いや、実際に儀式が始まるのだ。オラクルリーディングは十二分に儀式じみていると思う。
 配信開始前。俺は他の占いカテゴリーの配信者を見て回った。最近は無料リーディングの配信者が増えたようで配信サイト内は以前より賑わっていた。心なしか各配信者のサムネイルも気合いが入って見える。オラクルカードを象徴するかのような極彩色。そんなサムネイルだ。
 それから俺は様々な枠をチラ見していった。そのたび。
「あなたの祈りは必ず届きます」
 だとか
「努力してきた成果が実る時期が来ている」
 だとかの小気味良いフレーズが聞こえてきた。
 正直、俺はその手の相談者を無条件に褒めるリーディングが大嫌いだ。解説書の内容と絵柄の解釈の歪曲。そんな無意味で麻薬的なリーディングはあってはならないと思う。
 これを言うとリーダーとして問題かも知れない。でも俺はスピュリチュアルはもっと現実的であるべきだと思うのだ。オラクルカードは単なるツール。決して天使からのメッセージでも神様からの啓示でもない。
 もし神様や天使が存在するとするならばそれは自身の心の中だ。心、精神。だからこそのスピュリチュアル。俺はそう自負している――。
 そんな風に時間を潰していると配信予定時間の一〇分前になった。さて、今日もあいつらとの戦いが始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

月不知のセレネー

海獺屋ぼの
ライト文芸
音楽レーベル株式会社ニンヒアの企画部に所属する春川陽子はある日突然に新創設部署「クリエイター発掘部」の部長代理を任されることになった。 彼女に与えられた使命は二人の盲目のクリエイターのマネジメント。 苦労しながらも陽子は彼らと一緒に成長していくのだった。 ボカロPと異世界転生モノ作家の二人がある楽曲を作り上げるまでの物語。

処理中です...