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DISK2

第四十七話 今、ここにある大志

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 テレビに黒いジャージ姿の女が映し出されていた。

 彼女は長い茶髪をポニーテールにしている。

 年の頃はぱっと見40歳後半くらいだろうか?

 彼女は黒スーツを着た男に抱え込まれながら大型のミニバンに乗せられた。

 フラッシュを浴びせられる彼女にかつての面影はなく、酷く年老いた老婆のようにさえ見えた。

 人気パンクバンド『アフロディーテ』のヴォーカル、鴨川月子――。

 人気絶頂を極め、単独で武道館公演も決まっていた大物アーティスト。

 これが彼女の呆気ない末路なのだろうか?

 鴨川月子は都内某所の住宅街にある公園で、そこに居た会社員の男性をナイフで刺した。

 目撃者の女性の証言ではいきなり後ろから声を掛け、反応する間もなく突き刺したらしい。

 しかも何回も。何回も。

 被害者は都内の電子機器メーカーに勤める松田大志さん(25歳)。

 目撃者の女性は彼の友人で、どうやら鴨川月子と因縁があるのは彼女だったようだ。

 目撃者の女性は以前に鴨川月子の付き人をしていたらしく、彼女と喧嘩別れしてからずっと確執があった……。

 『アフロディーテ』他のメンバーの証言。

 彼女と1番付き合いの長かったメンバーの岸田健次さんの話。

 鴨川月子はずっと付き人をしていた彼女に対すると愚痴を言っていたそうだ。

 果たして何が彼女を今回のような凶行に駆り立てたのだろうか……。

 被害者は現在も意識不明の重体で都内にある病院で治療中である……。


 暗い。あまりにも暗い。

 自身の身体が分からないほどの深淵の闇だ。

 闇だけではない。音も匂いも肌に触れる感触さえ何もなかった。

 ただ、そこにあるのは自分の思考だけだ。

 永遠と思えるただの時間の流れ。

 それは『死』そのものだと思えた。膨大な時間の流れ。

 俺はその意識の闇の中でもがくことさえ出来ず、どうしようもない時間に押しつぶされていった。

『……し』

 微かな音が聞こえた気がする。

『た……、し……、……きて』

 微かな声のようなモノが聞こえた。

『ね……。お……。よ』

 聞き覚えのある声だ。一体誰だ?

『ねえ……。おねが……。てよ。……。し』

 何十年ぶりくらいかに聞いた気がする。

 そこで俺はその声が誰だったのかを思い出そうと記憶の海へ潜り込んだ。

 記憶の海底には何もなく、ひたすら闇が広がる。

 俺は闇の中を泳いでいく。どこにたどり着けるかも分からないままに……。

 記憶の海底に金色に輝く月が見えた。

 穏やかに煌煌と燃えているまん丸な月。

 俺はその月にゆっくりと手を伸ばした。

 その月は触れると優しい光を放ち、俺のこと優しく飲み込んだ――。

 そうだ。

 あの声は確か……。

「大志!」

 声がはっきりと聞こえた。俺にとって大切な人の声だ――。

 眼が痛い。光が眩しすぎる。目の前に居るその女性の顔が滲んでしまってよく見えなかった。

「大志……。良かったぁ。気がついてくれたぁぁ」

「ウ……ラ?」

 俺は喉から絞り出すようにどうにか彼女の名前を呼ぶと再び意識を失った……。


 数日後、俺はようやく意識を取り戻すした。

 バンドメンバーは毎日俺の見舞いに来てくれた。

 ジュンも七星も本当に心配してくれたし、時々冗談を言って俺を笑わそうとした。

 ウラはかなり長い時間俺に付き添ってくれた。

 俺の家族が帰ったあともずっとだ。

「本当に良かった! 大志死んじゃうんじゃないかなって本気で心配したんだよ!」

「俺も死ぬかと思ったよ……。つーか病室でその単語連呼するのはマズいぞ……」

「アハハハ、憎まれ口叩けるくらい回復したんなら良かったよ! リンゴでも剥く? さっき大志の家族が持ってきてくれたやつさ!」

 ウラはリンゴを1つ手に取ると慣れた手つきで皮を剥き始めた。

 どうやら俺は鴨川月子に刺されたらしい。

 あの女はウラの家までやってきて俺たちを見つけたようだ。

 俺とウラが一緒に居るのを見て、凶行に及んだ……。

 あの女のことはよく理解していないが、まさか殺人未遂までやらかすとは思っていなかった。

 このことはウラからはさすがに聞けずに、ジュンに買ってきて貰った週刊誌からの情報だけど……。

 ウラは剥いたリンゴの皮を器用に切り取ってウサギの形にした。

「はーい、剥けたよー」

 俺はウラに剥いて貰ったリンゴを食べながらあることを考えていた。

 いや、正確には考えていたわけじゃない。

 誰も触れないけど感覚的に分かる……。

「どうしたのー? 早く食べなー」

 俺はウラの笑顔を見つめながら自分が置かれた絶望的状況を客観的に見ていた。

 別に怖くはなかった。

 むしろ、何も知らない風に俺に優しく接するウラが痛々しく思えた……。


 医師に俺の脚がもう動かすことが出来ないと宣告を受けたのはそれから数日後の事だ――。
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