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DISK2
第四十二話 追憶と夢のない夜
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3月は本当に忙しかった。
仕事もそうだが、それ以上にバンド活動が忙しかった。
『バービナ』を結成してから一番濃密な時間だったと思う。
思えば色んな人が助けてくれた。
真木さん、百華さん、高橋さん、マリさん……。
それ以外の人たちにもかなり世話を掛けた。
その日は他のバンドメンバーとも会わずに1人部屋でゆっくりしていた。
気が抜けたせいか身体中が怠い……。
タバコの吸いすぎか喉が痛い。だからその日はマルボロに手を伸ばさなかった。
『バービナ』のメンバーたちもさすがに今日あたりはゆっくりしているはずだ。
俺はアパートのサッシを開けて、薄汚れた夜空を見上げた。
ナトリウム灯の明かりに照らされた夜空は中途半端な夕焼けのように鈍いオレンジ色をしている。
季節は冬から春に移り変わりつつあった。桜もそろそろ咲くだろう。
俺は自宅のソファーに寝転んで缶ビールを空ける。テレビでサッカー中継をしていた。
国内リーグ戦でちょうど俺の地元のチームが出場している。
試合はお互いに点が入らないまま、後半のアディショナルタイムを向かえていたが、最後に俺の地元のチームがねじ込むようにシュートを決めた。
相手チームが落胆しているのが目に見えて分かる。試合は1対0で俺の地元チームの勝利で終わった……。
俺は試合を見終わるとベッドに身体をうずめた――。
夢さえ見ない。意識のない状態。
いつも思うのだけれど、夢を見ず眠っていう状態は不可思議だ。
最も死に近い状態――。かもしれない。
翌朝。
俺は目覚まし時計に無理矢理起こされた。
そのけたたましい音は俺を酷く不快な気持ちにさせる。
シャワーを浴びて眠気を飛ばすと、朝食を軽く食べてから歯を磨いた。
洗面所の鏡を覗き込むとそこには疲れを蓄えた男の顔があった。本当に嫌気が差す……。
その後はいつものようにスーツに着替え、ルーティンどおりに通勤した。
ありふれた日常。なのに気怠くて、このまま何処かへと行ってしまいたい気分になる……。
会社に着くとタイムカードを切って作業に取りかかった。
『バービナ』関係の活動に力を入れていたせいか、仕事があまり手に付いていなかった。
今日はさすがに片付けなければいけないだろう。
「松田せーんぱい!」
俺が作業していると後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。
「おぉ! お疲れ! 営業所まで来るなんて珍しいな!」
「えへへ、今日はお使い頼まれたので来ちゃいました! あ、お姉ちゃんがよろしくって言ってましたよー」
真木さんは笑顔でそう言うと、俺に茶封筒を差し出した。
「ん? なんだ?」
「あ、ここでは開けないで下さい! 仕事の資料とかじゃないです! お姉ちゃんから預かったDVDなんですよー」
「ああ、例の……。出来上がんの早えーな」
「試作品らしいです! 一応、バンドメンバーにも見て貰って欲しいってお姉ちゃんが言ってたので! 4枚入ってるのであとでウラちゃんたちにも渡してあげて下さいねー」
真木さんは頭を下げると、小走りで営業部を出て行った。
最初、会った頃に比べて彼女は明るくなった気がする。
以前の彼女はもっと根暗で、はっきり言えば地味な女だった。
少しだけ垢抜けた真木さんも悪くない。本当に少しだけだけれど。
俺はバンドメンバーにプロモのDVDが出来上がってきたことをLINEで送った。
5分後。ウラから「仕事終わったらすぐ見たい」と速攻で返してきた。
雰囲気から察するに今日も七星と一緒らしい……。
その日の仕事が終わったのは21時過ぎだった。案の上の残業だ。
やっとの思いでタイムカードを切る。
「お疲れ! 待ちくたびれたよ!」
会社から外に出ると会社の前にウラがいた。
彼女の長い黒髪が春風に揺れている。
彼女の顔を見ると全身から力が抜け、自然と口元が緩むのを感じた。
4年前からずっと認めずにきたけど、どうやら俺はウラのことが……。
と思いかけて、その気持ちに再び蓋をした――。
仕事もそうだが、それ以上にバンド活動が忙しかった。
『バービナ』を結成してから一番濃密な時間だったと思う。
思えば色んな人が助けてくれた。
真木さん、百華さん、高橋さん、マリさん……。
それ以外の人たちにもかなり世話を掛けた。
その日は他のバンドメンバーとも会わずに1人部屋でゆっくりしていた。
気が抜けたせいか身体中が怠い……。
タバコの吸いすぎか喉が痛い。だからその日はマルボロに手を伸ばさなかった。
『バービナ』のメンバーたちもさすがに今日あたりはゆっくりしているはずだ。
俺はアパートのサッシを開けて、薄汚れた夜空を見上げた。
ナトリウム灯の明かりに照らされた夜空は中途半端な夕焼けのように鈍いオレンジ色をしている。
季節は冬から春に移り変わりつつあった。桜もそろそろ咲くだろう。
俺は自宅のソファーに寝転んで缶ビールを空ける。テレビでサッカー中継をしていた。
国内リーグ戦でちょうど俺の地元のチームが出場している。
試合はお互いに点が入らないまま、後半のアディショナルタイムを向かえていたが、最後に俺の地元のチームがねじ込むようにシュートを決めた。
相手チームが落胆しているのが目に見えて分かる。試合は1対0で俺の地元チームの勝利で終わった……。
俺は試合を見終わるとベッドに身体をうずめた――。
夢さえ見ない。意識のない状態。
いつも思うのだけれど、夢を見ず眠っていう状態は不可思議だ。
最も死に近い状態――。かもしれない。
翌朝。
俺は目覚まし時計に無理矢理起こされた。
そのけたたましい音は俺を酷く不快な気持ちにさせる。
シャワーを浴びて眠気を飛ばすと、朝食を軽く食べてから歯を磨いた。
洗面所の鏡を覗き込むとそこには疲れを蓄えた男の顔があった。本当に嫌気が差す……。
その後はいつものようにスーツに着替え、ルーティンどおりに通勤した。
ありふれた日常。なのに気怠くて、このまま何処かへと行ってしまいたい気分になる……。
会社に着くとタイムカードを切って作業に取りかかった。
『バービナ』関係の活動に力を入れていたせいか、仕事があまり手に付いていなかった。
今日はさすがに片付けなければいけないだろう。
「松田せーんぱい!」
俺が作業していると後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。
「おぉ! お疲れ! 営業所まで来るなんて珍しいな!」
「えへへ、今日はお使い頼まれたので来ちゃいました! あ、お姉ちゃんがよろしくって言ってましたよー」
真木さんは笑顔でそう言うと、俺に茶封筒を差し出した。
「ん? なんだ?」
「あ、ここでは開けないで下さい! 仕事の資料とかじゃないです! お姉ちゃんから預かったDVDなんですよー」
「ああ、例の……。出来上がんの早えーな」
「試作品らしいです! 一応、バンドメンバーにも見て貰って欲しいってお姉ちゃんが言ってたので! 4枚入ってるのであとでウラちゃんたちにも渡してあげて下さいねー」
真木さんは頭を下げると、小走りで営業部を出て行った。
最初、会った頃に比べて彼女は明るくなった気がする。
以前の彼女はもっと根暗で、はっきり言えば地味な女だった。
少しだけ垢抜けた真木さんも悪くない。本当に少しだけだけれど。
俺はバンドメンバーにプロモのDVDが出来上がってきたことをLINEで送った。
5分後。ウラから「仕事終わったらすぐ見たい」と速攻で返してきた。
雰囲気から察するに今日も七星と一緒らしい……。
その日の仕事が終わったのは21時過ぎだった。案の上の残業だ。
やっとの思いでタイムカードを切る。
「お疲れ! 待ちくたびれたよ!」
会社から外に出ると会社の前にウラがいた。
彼女の長い黒髪が春風に揺れている。
彼女の顔を見ると全身から力が抜け、自然と口元が緩むのを感じた。
4年前からずっと認めずにきたけど、どうやら俺はウラのことが……。
と思いかけて、その気持ちに再び蓋をした――。
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