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DISK2

第三十話 反撃の狼煙

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「おぉー、大志君! 久しぶりやなー。今日は急に呼び出して悪い!」

 健次さんはいつも通りのテンションで俺を出迎えてくれた。

「いいっすよ! こっちこそ連絡もろくにしないで申し訳ないっす」

「いやいや、大志君の立場やったら俺には連絡でけへんやろ? あのアホのこともあるしな……。ウラちゃんは元気しとるか?」

「ええ、あいつは元気してますよ! なんかイメチェンとか言って髪色を黒にした以外は特に変わりないです」

 健次さんにはウラの手の状態は伝えなかった。

 伝えたところでどうしようもないし、余計な心配を掛けるだけだ。

「へー! あの子、黒髪にしたんか! そりゃ見てみたいなー。初めてあの子に会ってからずっとあのこファンキーやったから違和感すごそうやけどねー」

 健次さんは感慨深そうにそう言う。そして楽しそうに笑った。

 彼はこれまでと何ら変わりなく俺に接してくれた。

 誰かさんと違って彼は大人なのだ。

「それで? 今日はどうしたんすか? 何か用事でも?」

「いやな……。少し前にあった君らのライブでウラちゃんのギター壊れてもうたやろ? せやかな……」

 健次さんは黒いギターケースを取り出して俺に差し出した。

 ケースはずっしり重い。

「これは……」

 俺はケースのファスナーを開いくとギターのヘッドが顔を覗かせる。

 ファスナーを全開にして中身を取り出す。

 そこにあったのは真っ赤なYAMAHAのSG……。

 そのギターは以前ウラが使用していた物と同じモデルだった。

 ウラが使っていた物と比べると若干古さは感じる。

「健次さんこれ……?」

「そやで! ウラちゃんの持ってるのと同じSGや! 実はずっと前に買い直したもんなんやけど、使わんでしまったままになっててな! 大志君! それウラちゃんに渡してやってほしいんやけど!」

 健次さんはそう言って俺を拝むように掌を合わせた。

「いや……。むしろありがたいっすけど……。いいんすか? 大事なギターなんじゃ?」

「かまへんよ! こいつもたーだケースにしまわれとるままより、弾いて貰った方がええに決まっとる! それにな……。俺がウラちゃんにしてやれることなんてくれくらいしかないねん!」

 健次さんはウラに対して、思いやりや後悔があったのかもしれない。

 板挟みになり結果的に間違った相手を擁護してしまったことへの後悔が……。

 彼の言葉の端々にはそんな意味合いが込められているように聞こえた――。

 結局、俺は健次さんからSGを預かった。

 はたしてウラは喜ぶだろうか?


 翌日。俺はウラの家を訪ねた。

 俺が訪ねたときウラは洗濯の真っ最中で、部屋に柔軟剤の匂いが充満している。

「そっか……。健次さん変わりなかった?」

「んー……。変わりないっちゃないけど、ちょっと痩せたようにも感じたんだよなー。気苦労もあるだろうし、あの人だってそんなに若くねーからなー」

 俺はキッチンにある換気扇を回してタバコに火を付けた。

「しばらく健次さんとも話してなかったから心配してたんだー。まぁそんなに変わってないみたいで良かったよ」

 ウラは洗濯物の皺を伸ばしながら俺の方を見て笑った。

 満面の笑みというわけでは無い。

 どちらかと言えば安心したような笑顔だ。

「それでよ……。健次さんから預かったものがあるんだ」

 俺は預かってきたギターをウラに差し出した。

 彼女は洗濯の手を止めるととベランダから室内に戻る。

「なーに? 見た感じギターみたいだけどさ?」

「開けてみ」

 ウラはギターケースを受け取るとファスナーを開いた。

 ネックを掴みSGを持ち上げるとウラの瞳の色が変わった。

 まるで猫のように黒目の部分が大きくなったように見える。

「ななな!? なんで!? これ私のSGじゃんよ!」

 ウラは興奮しながらギターを手に取るとネックの剃りを確認するようにギターを持ち上げてた。

「それ、健次さんが昔買ったギターらしいんだ。なんか、あんまり使わねーからお前にやるとさ」

「えぇー!? そんな、悪いよー! 健次さんに連絡しなきゃ! 貰うわけにいかないよ! こんな大事な物! え!? ほんとなんで……。健次さん!?」

「いいから落ち着け!」

 ウラの慌てっぷりは尋常ではなかった。

 さっきは熟練された主婦のように洗濯物を淡々と干していたというのに……。

 ウラは大事そうにギターを抱えると弦を軽く撫でた。

 まるで幼子がクリスマスプレゼントを開けるように嬉しそうに見える。

「健次さんはお前に悪いことしたって思ってるみてーだな……。あの人は別に悪くはねーんだけど、月子さんがあんなだから彼なりに複雑な気持ちなんだろうけどよ……」

「……。こっちこそ『アフロディーテ』のみんなには迷惑掛けたのに……」

 ウラはそう言いながら大事そうにSGを抱きしめた。

「一応な……。お前の腕の状態は健次さんには言わなかったよ。心配掛けてもしょうがねーし、それにお前の腕意外と早く治るかもしんねーしさ」

「うん! ありがとう大志! 絶対ギター復帰すっから!!」

 『バービナ』が絶体絶命なのは変わらない。

 それでも不思議と助けてくれる人は確実に増えていた。

 これはウラの人柄なのか、それとも彼女の天性の運なのか?

 どちらにしても、こいつと居るとどんな困難も超えていける気がした……。

 そして転機は思わぬ方向からやってくるものだ。

 予想の遙か斜め上から――。
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