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第五章 東京1994
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四人で集まるのは本当に久しぶりだ。いつもは私と健次を除く二人の予定が合うことはあまりなかった。奈良と神戸なので仕方がないけれど。
その日。私たちは四条の練習スタジオに集合した。
「お疲れ!」
私と健次が到着すると、充と亨一が先に来ていた。彼らが並ぶとアメリカンコミックの間抜けな二人組に見える。ガリガリノッポと気のよさそうな太っちょ。そんな感じだ。
「お疲れ様です。遅くなってすまんね。ウチのギターがまた寝坊してな」
「そんなとこやと思ったで! 岸やん、そろそろ遅刻癖直さんとな?」
充は毎回健次に同じ文句を言った。一語一句変わっていない。そんな文句。
「すまんすまん。気ぃつけるわ……。にしても久々やな四人でセッションするんわ」
健次は無精髭を掻きながら充と亨一の顔を見渡す。
健次自身このメンバーでセッションするのが好きなようだ。私と充だけでも練習は出来たけれど、亨一が入ると一気に音に深みが出る。
「そうだね。本当に久しぶりだ。鴨川さん、これ逢子から!」
「ああ、ありがとう。逢子ちゃんにもよろしく言っといてな」
私は亨一から紙袋を受け取ると中身を確認した。袋の中にはオーディションの申し込み用紙が何通か入っている。
「したら中入ろうか。ええ加減暑くてたまらん」
「せやな」
音楽スタジオに入ると早速練習に取りかかった。初めに各々、楽器のセッティングをする。
私はこの時間が好きだった。健次がエフェクターを調整し、亨一は念入りにチューニングをする。充もドラムの配置を細かくチェックしていた。やることがないのは私だけだ。
私は彼らが楽器と対話している姿が好きだ。ここ二年で健次も自前のSGにすっかり愛着が湧いたらしい。YAMAHAの真っ赤なSG。真っ赤で雛罌粟色なので命名、『アマポーラ』らしい。
亨一も自身のジャズベースを大切にしていた。フェンダーUSAの上位モデルで、おそらく私の生涯お年玉金額より高い代物だと思う。ボディカラーはツートーンの茶色でピックガードは鼈甲色だった。実に亨一らしいと思う。
残念ながら充の愛ドラムは見たことがないけれど、彼もかなりこだわってはいるようだ。これは健次の受け売りだけれど。
私もクラリネットを演奏するので気持ちは分かる。けれど彼らの楽器への愛着はその比ではないだろうと思う。
「よっしゃ! 俺は準備出来たで!」
充がドラムスティックを指先でくるくる回しながらそう言った。いつも充は段取りが早いのだ。むしろせっかちなぐらいだ。
「俺も出来たよ。健次くんエフェクター大丈夫?」
亨一は健次のエフェクターの前にしゃがみ込んだ。
「なんか調子悪いねん。なんでやろ?」
「ああ、これはね……」
健次はいつも機械トラブルに見舞われていた。酷かったときは演奏中にピックアップが落ちたこともある。そのときは充も亨一も「さすがにそれはない」とツッコミを入れていた。私も同意見だ。さすがにそれはない。
「岸やんはもっと機械関係強くなった方がええで? 毎回やん?」
「ほんまやな。部活引退したらしっかり勉強するわ」
勉強……。健次が一番苦手なことだ。果たして彼に出来るのだろうか?
タイプ的には私と亨一が座学でしっかり勉強するタイプ。健次と充はノリと勢いと慣れで学ぶタイプだった。
計画性のある作業や段取りは私と亨一がして、創造性のある作業は健次と充が担当していた。
もっとも亨一はお手伝いに来て貰っているだけなので、実質的には私が計画者だった。
「よし! セッティングOKだよ! そうしたら始めようか?」
やはり亨一は頼りになる。無事、健次のエフェクターは直ったようだ。
「したら……。みっちゃんドラム頼むで!」
「うっす」
いつもどおり充はドラムスティックを打ち鳴らした。練習スタート。
その日。私たちは四条の練習スタジオに集合した。
「お疲れ!」
私と健次が到着すると、充と亨一が先に来ていた。彼らが並ぶとアメリカンコミックの間抜けな二人組に見える。ガリガリノッポと気のよさそうな太っちょ。そんな感じだ。
「お疲れ様です。遅くなってすまんね。ウチのギターがまた寝坊してな」
「そんなとこやと思ったで! 岸やん、そろそろ遅刻癖直さんとな?」
充は毎回健次に同じ文句を言った。一語一句変わっていない。そんな文句。
「すまんすまん。気ぃつけるわ……。にしても久々やな四人でセッションするんわ」
健次は無精髭を掻きながら充と亨一の顔を見渡す。
健次自身このメンバーでセッションするのが好きなようだ。私と充だけでも練習は出来たけれど、亨一が入ると一気に音に深みが出る。
「そうだね。本当に久しぶりだ。鴨川さん、これ逢子から!」
「ああ、ありがとう。逢子ちゃんにもよろしく言っといてな」
私は亨一から紙袋を受け取ると中身を確認した。袋の中にはオーディションの申し込み用紙が何通か入っている。
「したら中入ろうか。ええ加減暑くてたまらん」
「せやな」
音楽スタジオに入ると早速練習に取りかかった。初めに各々、楽器のセッティングをする。
私はこの時間が好きだった。健次がエフェクターを調整し、亨一は念入りにチューニングをする。充もドラムの配置を細かくチェックしていた。やることがないのは私だけだ。
私は彼らが楽器と対話している姿が好きだ。ここ二年で健次も自前のSGにすっかり愛着が湧いたらしい。YAMAHAの真っ赤なSG。真っ赤で雛罌粟色なので命名、『アマポーラ』らしい。
亨一も自身のジャズベースを大切にしていた。フェンダーUSAの上位モデルで、おそらく私の生涯お年玉金額より高い代物だと思う。ボディカラーはツートーンの茶色でピックガードは鼈甲色だった。実に亨一らしいと思う。
残念ながら充の愛ドラムは見たことがないけれど、彼もかなりこだわってはいるようだ。これは健次の受け売りだけれど。
私もクラリネットを演奏するので気持ちは分かる。けれど彼らの楽器への愛着はその比ではないだろうと思う。
「よっしゃ! 俺は準備出来たで!」
充がドラムスティックを指先でくるくる回しながらそう言った。いつも充は段取りが早いのだ。むしろせっかちなぐらいだ。
「俺も出来たよ。健次くんエフェクター大丈夫?」
亨一は健次のエフェクターの前にしゃがみ込んだ。
「なんか調子悪いねん。なんでやろ?」
「ああ、これはね……」
健次はいつも機械トラブルに見舞われていた。酷かったときは演奏中にピックアップが落ちたこともある。そのときは充も亨一も「さすがにそれはない」とツッコミを入れていた。私も同意見だ。さすがにそれはない。
「岸やんはもっと機械関係強くなった方がええで? 毎回やん?」
「ほんまやな。部活引退したらしっかり勉強するわ」
勉強……。健次が一番苦手なことだ。果たして彼に出来るのだろうか?
タイプ的には私と亨一が座学でしっかり勉強するタイプ。健次と充はノリと勢いと慣れで学ぶタイプだった。
計画性のある作業や段取りは私と亨一がして、創造性のある作業は健次と充が担当していた。
もっとも亨一はお手伝いに来て貰っているだけなので、実質的には私が計画者だった。
「よし! セッティングOKだよ! そうしたら始めようか?」
やはり亨一は頼りになる。無事、健次のエフェクターは直ったようだ。
「したら……。みっちゃんドラム頼むで!」
「うっす」
いつもどおり充はドラムスティックを打ち鳴らした。練習スタート。
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