上 下
49 / 63
第五章 東京1994

しおりを挟む
 四人で集まるのは本当に久しぶりだ。いつもは私と健次を除く二人の予定が合うことはあまりなかった。奈良と神戸なので仕方がないけれど。
 その日。私たちは四条の練習スタジオに集合した。
「お疲れ!」
 私と健次が到着すると、充と亨一が先に来ていた。彼らが並ぶとアメリカンコミックの間抜けな二人組に見える。ガリガリノッポと気のよさそうな太っちょ。そんな感じだ。
「お疲れ様です。遅くなってすまんね。ウチのギターがまた寝坊してな」
「そんなとこやと思ったで! 岸やん、そろそろ遅刻癖直さんとな?」
 充は毎回健次に同じ文句を言った。一語一句変わっていない。そんな文句。
「すまんすまん。気ぃつけるわ……。にしても久々やな四人でセッションするんわ」
 健次は無精髭を掻きながら充と亨一の顔を見渡す。
 健次自身このメンバーでセッションするのが好きなようだ。私と充だけでも練習は出来たけれど、亨一が入ると一気に音に深みが出る。
「そうだね。本当に久しぶりだ。鴨川さん、これ逢子から!」
「ああ、ありがとう。逢子ちゃんにもよろしく言っといてな」
 私は亨一から紙袋を受け取ると中身を確認した。袋の中にはオーディションの申し込み用紙が何通か入っている。
「したら中入ろうか。ええ加減暑くてたまらん」
「せやな」
 音楽スタジオに入ると早速練習に取りかかった。初めに各々、楽器のセッティングをする。
 私はこの時間が好きだった。健次がエフェクターを調整し、亨一は念入りにチューニングをする。充もドラムの配置を細かくチェックしていた。やることがないのは私だけだ。
 私は彼らが楽器と対話している姿が好きだ。ここ二年で健次も自前のSGにすっかり愛着が湧いたらしい。YAMAHAの真っ赤なSG。真っ赤で雛罌粟ひなげし色なので命名、『アマポーラ』らしい。
 亨一も自身のジャズベースを大切にしていた。フェンダーUSAの上位モデルで、おそらく私の生涯お年玉金額より高い代物だと思う。ボディカラーはツートーンの茶色でピックガードは鼈甲べっこう色だった。実に亨一らしいと思う。
 残念ながら充の愛ドラムは見たことがないけれど、彼もかなりこだわってはいるようだ。これは健次の受け売りだけれど。
 私もクラリネットを演奏するので気持ちは分かる。けれど彼らの楽器への愛着はその比ではないだろうと思う。
「よっしゃ! 俺は準備出来たで!」
 充がドラムスティックを指先でくるくる回しながらそう言った。いつも充は段取りが早いのだ。むしろせっかちなぐらいだ。
「俺も出来たよ。健次くんエフェクター大丈夫?」
 亨一は健次のエフェクターの前にしゃがみ込んだ。
「なんか調子悪いねん。なんでやろ?」
「ああ、これはね……」
 健次はいつも機械トラブルに見舞われていた。酷かったときは演奏中にピックアップが落ちたこともある。そのときは充も亨一も「さすがにそれはない」とツッコミを入れていた。私も同意見だ。さすがにそれはない。
「岸やんはもっと機械関係強くなった方がええで? 毎回やん?」
「ほんまやな。部活引退したらしっかり勉強するわ」
 勉強……。健次が一番苦手なことだ。果たして彼に出来るのだろうか?
 タイプ的には私と亨一が座学でしっかり勉強するタイプ。健次と充はノリと勢いと慣れで学ぶタイプだった。
 計画性のある作業や段取りは私と亨一がして、創造性のある作業は健次と充が担当していた。
 もっとも亨一はお手伝いに来て貰っているだけなので、実質的には私が計画者だった。
「よし! セッティングOKだよ! そうしたら始めようか?」
 やはり亨一は頼りになる。無事、健次のエフェクターは直ったようだ。
「したら……。みっちゃんドラム頼むで!」
「うっす」
 いつもどおり充はドラムスティックを打ち鳴らした。練習スタート。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...