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第四章 京都1992
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吉野くんのドラムは上手かった。
上手いという言葉だけでは足りないくらいには上手い。
激しさと音楽的情緒に溢れ、パフォーマンスとして見ても飽きない。
舞洲ヒロのそれとは違うけれど、彼の技術は高かいと思う。
技術……。いや才能と言ったほうが正しいだろう。
足下から伝わるドラムの振動は私を気持ち良くしてくれた。
健次もそれは同じようで、足でリズムを取りながら彼の演奏を聴いていた。
私は素直に感心した。感心を通り越して感動するくらいだ。
演奏が終わると吉野くんは大きなため息を吐いた。彼の額と背中には汗が滲んでいる。
「ふぅ……。どうや? こない広いところで演奏したんは久しぶりやから気持ちよかったで」
彼は満足げな笑みを浮かべた。人懐っこい皺が顔全体に浮かんでいる。
「ええと思うよ! てか吉野くんめっちゃ上手いやん!」
「ハハハ、おおきに。そうゆーて貰えたら嬉しいな。したらあと三曲ぐらいやるで!」
それから吉野くんは何パターンか違う曲を演奏してくれた。
彼は曲ごとに音を変化させて演奏した。変幻自在のカメレオンのようだ。
吉野くんの演奏はお世辞抜きに上手かった。基礎がきちんと押さえられていて、それでいて自身の色もしっかりある。
一通り演奏が終わると吉野くんは再び大きなため息を吐いた。
「こんなもんやな……。で? どうや? 合格か?」
「ああ、せやな……。合格は間違いないで……。ただな……」
私は気になっていた。……というより不思議だった。
「なんでウチとケンちゃんのバンドなん? こうゆーたら悪いけど、吉野くんくらい上手かったら引く手数多やろ?」
私の問いに吉野くんは一瞬固まる。
「ん? ああ、そない思ってくれたんやな……。ありがとう。いや、たまたまやで? もともと趣味で始めたドラムやけど、バンド組む相手もおらんかったからな。で! 岸やんの幼なじみやったら一緒にやってもええかなーって。そんだけやで?」
「ああ……。なるほど」
惜しい男だ。才能があるのに自身には、その自覚はないらしい。
「月子、難しいこと抜きにしよーや! 俺もみっちゃんと一緒にバンド組んでみたいし、お前が気にいったんやったら問題ないやろ?」
「ああ、せやな……。したら吉野くん? 三人で合わせてみよか? 相性もあるやろうから」
「ええで! 曲どないする?」
曲……。とりあえずのセッションだ。
「したら……。工藤静香とか出来るか? 『メタモルフォーゼ』がええな。ケンちゃんも出来るやろ?」
「俺は問題ないで! 岸やんさえ良ければそれでやろうや」
健次は「ああ」とだけ言ってギターを構えた。
赤いストラトキャスターはメタリックな輝きで激しく自己主張している。
「行くで!」
吉野くんはそう言うとスティックを三回打ち鳴らした――。
それが私と健次。そして吉野くんの最初のセッションだった。
健次のギターは神戸で聴いたときより格段に上手くなっていた。
ストラトキャスターの咆哮がステージに響き渡った。
その咆哮は私の心臓を恐ろしい早さで鼓動させる。
吉野くんのドラムはどっしりと安定したリズムを刻んでいた。やはり彼の作り出すリズムは正確で、健次のギターとの相性も良い。
二人は初めてとは思えないくらい息が合っていた。
ベース音がないので少し間が抜けてはいたけれど、それでも心地よかった。
私は自分の中身を全て吐き出すように全力で歌った。
最高に気持ちが良い。今ここで死んでもいいくらいだ。
殺人的で快楽的だ。普段の悩みや葛藤などどうでも良くなる。
『メタモルフォーゼ』の演奏が終わると私は全てがどうでも良くなっていた。
どうでもいい。今この場で世界が終わっても構わない。
そんな狂気が私を支配してた――。
上手いという言葉だけでは足りないくらいには上手い。
激しさと音楽的情緒に溢れ、パフォーマンスとして見ても飽きない。
舞洲ヒロのそれとは違うけれど、彼の技術は高かいと思う。
技術……。いや才能と言ったほうが正しいだろう。
足下から伝わるドラムの振動は私を気持ち良くしてくれた。
健次もそれは同じようで、足でリズムを取りながら彼の演奏を聴いていた。
私は素直に感心した。感心を通り越して感動するくらいだ。
演奏が終わると吉野くんは大きなため息を吐いた。彼の額と背中には汗が滲んでいる。
「ふぅ……。どうや? こない広いところで演奏したんは久しぶりやから気持ちよかったで」
彼は満足げな笑みを浮かべた。人懐っこい皺が顔全体に浮かんでいる。
「ええと思うよ! てか吉野くんめっちゃ上手いやん!」
「ハハハ、おおきに。そうゆーて貰えたら嬉しいな。したらあと三曲ぐらいやるで!」
それから吉野くんは何パターンか違う曲を演奏してくれた。
彼は曲ごとに音を変化させて演奏した。変幻自在のカメレオンのようだ。
吉野くんの演奏はお世辞抜きに上手かった。基礎がきちんと押さえられていて、それでいて自身の色もしっかりある。
一通り演奏が終わると吉野くんは再び大きなため息を吐いた。
「こんなもんやな……。で? どうや? 合格か?」
「ああ、せやな……。合格は間違いないで……。ただな……」
私は気になっていた。……というより不思議だった。
「なんでウチとケンちゃんのバンドなん? こうゆーたら悪いけど、吉野くんくらい上手かったら引く手数多やろ?」
私の問いに吉野くんは一瞬固まる。
「ん? ああ、そない思ってくれたんやな……。ありがとう。いや、たまたまやで? もともと趣味で始めたドラムやけど、バンド組む相手もおらんかったからな。で! 岸やんの幼なじみやったら一緒にやってもええかなーって。そんだけやで?」
「ああ……。なるほど」
惜しい男だ。才能があるのに自身には、その自覚はないらしい。
「月子、難しいこと抜きにしよーや! 俺もみっちゃんと一緒にバンド組んでみたいし、お前が気にいったんやったら問題ないやろ?」
「ああ、せやな……。したら吉野くん? 三人で合わせてみよか? 相性もあるやろうから」
「ええで! 曲どないする?」
曲……。とりあえずのセッションだ。
「したら……。工藤静香とか出来るか? 『メタモルフォーゼ』がええな。ケンちゃんも出来るやろ?」
「俺は問題ないで! 岸やんさえ良ければそれでやろうや」
健次は「ああ」とだけ言ってギターを構えた。
赤いストラトキャスターはメタリックな輝きで激しく自己主張している。
「行くで!」
吉野くんはそう言うとスティックを三回打ち鳴らした――。
それが私と健次。そして吉野くんの最初のセッションだった。
健次のギターは神戸で聴いたときより格段に上手くなっていた。
ストラトキャスターの咆哮がステージに響き渡った。
その咆哮は私の心臓を恐ろしい早さで鼓動させる。
吉野くんのドラムはどっしりと安定したリズムを刻んでいた。やはり彼の作り出すリズムは正確で、健次のギターとの相性も良い。
二人は初めてとは思えないくらい息が合っていた。
ベース音がないので少し間が抜けてはいたけれど、それでも心地よかった。
私は自分の中身を全て吐き出すように全力で歌った。
最高に気持ちが良い。今ここで死んでもいいくらいだ。
殺人的で快楽的だ。普段の悩みや葛藤などどうでも良くなる。
『メタモルフォーゼ』の演奏が終わると私は全てがどうでも良くなっていた。
どうでもいい。今この場で世界が終わっても構わない。
そんな狂気が私を支配してた――。
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