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第三話 文藝くらぶ
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冬木紫苑。もとい紫村兄妹のお茶会からまもなくして彼らは文藝くらぶから姿を消した。文藝くらぶだけではない。彼らはネットの海から忽然と消え去った。文字通り忽然と。そこに残ったのは彼らのファン達のざわめきだけだった。
文藝くらぶのアカウントはもちろん、ツイッターやその他のSNSすべてが消失していた。それはまるで最初から冬木紫苑など居なかったかのように。
ネットの匿名掲示板の多くはそのことに関するスレが乱立した。そして無責任な発言が書き殴られていた。匿名性が人の倫理観をここまで欠落させるのかと思うと心底嫌になる。まぁ……。中には好意的、あるいは悲観的な意見もあったけれど。
冬木紫苑はどこに消えたのだろう? みんながそう思ったに違いない。ただ……。私はその行方を知っていた。都市伝説のような彼らの行方について――。
お茶会をした翌週。冬木紫苑からツイッターのDMが届いた。そしてそのDMは文法や用法がかなり荒れていた。句読点や改行がめちゃくちゃでかなり読みずらかったし、内容をどうにか詰め込んだだけといった感じの文章だった。正直に言えば作家が書いたとは到底思えないくらいには酷かったと思う。
――半井先生先日はありがとうございました。急な連絡しつれいします兄が事故に遭いました今は集中ちりょうしつにいます。お医者さんのはなしだとかなり危ないらしいです。おちついたらまた連絡します
そんな内容だ。冬樹さんが事故にあって生死の境を彷徨っている。それだけはかろうじて伝わる。
おそらくこの文章は御苑さんが慌てて書いたものだと思う。彼女は全盲だし、キーボードに打ち込むだけ打ち込んで家族が送信したのだろう。
御苑さんからの連絡は少なからずショックなモノだ。でも不思議と私は冷静だった。
『いったい私は彼女に何がしてあげられるだろう?』
そう思えるくらいには冷静だった。きっとそれは作家としての連帯感からそう思ったのだと思う。創作において冬木紫苑は私の恩人であり師だから――。
冬樹さんの事故の連絡からまもなくして冬木紫苑のアカウントが消えた。だから彼が大変な状態だというのは分かった。それが生死に関わることなのかは分からないけれど、少なからず連載を続けられる状態でないのだろう。あくまで推測の域を出ないけれど。推測しか出来ないけれど……。
でも……。冬木紫苑の消失は私の日常に何の影響も及ぼさなかった。強いて言えば千波さんとそのことについて話したり、半井のべるが文くら作家として初の月刊ランキング一位を取ったぐらいだ。
それぐらい何も変化がなかった。放任主義な両親と少し面倒くさい幼なじみ。たまに会うネットの友人……。本当に変わらない日常。変わらない人間関係。
だから今は思う。冬木紫苑は私にとって幻影のような存在だったのかもしれない。そんな風に――。
そんな幻影と再会したのは数年後のことだ。
紫苑という美しい幻影と――。
文藝くらぶ 終
文藝くらぶのアカウントはもちろん、ツイッターやその他のSNSすべてが消失していた。それはまるで最初から冬木紫苑など居なかったかのように。
ネットの匿名掲示板の多くはそのことに関するスレが乱立した。そして無責任な発言が書き殴られていた。匿名性が人の倫理観をここまで欠落させるのかと思うと心底嫌になる。まぁ……。中には好意的、あるいは悲観的な意見もあったけれど。
冬木紫苑はどこに消えたのだろう? みんながそう思ったに違いない。ただ……。私はその行方を知っていた。都市伝説のような彼らの行方について――。
お茶会をした翌週。冬木紫苑からツイッターのDMが届いた。そしてそのDMは文法や用法がかなり荒れていた。句読点や改行がめちゃくちゃでかなり読みずらかったし、内容をどうにか詰め込んだだけといった感じの文章だった。正直に言えば作家が書いたとは到底思えないくらいには酷かったと思う。
――半井先生先日はありがとうございました。急な連絡しつれいします兄が事故に遭いました今は集中ちりょうしつにいます。お医者さんのはなしだとかなり危ないらしいです。おちついたらまた連絡します
そんな内容だ。冬樹さんが事故にあって生死の境を彷徨っている。それだけはかろうじて伝わる。
おそらくこの文章は御苑さんが慌てて書いたものだと思う。彼女は全盲だし、キーボードに打ち込むだけ打ち込んで家族が送信したのだろう。
御苑さんからの連絡は少なからずショックなモノだ。でも不思議と私は冷静だった。
『いったい私は彼女に何がしてあげられるだろう?』
そう思えるくらいには冷静だった。きっとそれは作家としての連帯感からそう思ったのだと思う。創作において冬木紫苑は私の恩人であり師だから――。
冬樹さんの事故の連絡からまもなくして冬木紫苑のアカウントが消えた。だから彼が大変な状態だというのは分かった。それが生死に関わることなのかは分からないけれど、少なからず連載を続けられる状態でないのだろう。あくまで推測の域を出ないけれど。推測しか出来ないけれど……。
でも……。冬木紫苑の消失は私の日常に何の影響も及ぼさなかった。強いて言えば千波さんとそのことについて話したり、半井のべるが文くら作家として初の月刊ランキング一位を取ったぐらいだ。
それぐらい何も変化がなかった。放任主義な両親と少し面倒くさい幼なじみ。たまに会うネットの友人……。本当に変わらない日常。変わらない人間関係。
だから今は思う。冬木紫苑は私にとって幻影のような存在だったのかもしれない。そんな風に――。
そんな幻影と再会したのは数年後のことだ。
紫苑という美しい幻影と――。
文藝くらぶ 終
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