月の女神と夜の女王

海獺屋ぼの

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上弦の月

裏月 アポロ

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 天空に大輪を咲かせ、しだれ柳が地上へと降り注いできた。大気を震わせるほどの大きな反響が夏らしさを一層引き出している。千波湖の花火大会は規模としては小さいものだけど、毎年大勢の人たちが訪れている。私たちは空を見上げて花火を楽しんでいた。
「たーまやー」
 私は花火を見る時の常套句を言ってみる。こんな時はテンプレの言葉が一番だ。
「かーぎやー」
 里奈も私を真似して花火に叫んだ。浴衣姿の彼女はとても可愛らしく、こんな娘をお嫁にもらえる男は幸せ者だと思った。ねぇ? 健次郎さん。
「きれいだねー。今日はお祭り来れてよかったー」
 健次郎さんも花火に見とれているようだった。
「それにしてもすげー人だな。こんだけいたら知り合いに会いそうだぞ」
 大志は湖の周りを取り囲むようにいる大衆を見渡してそう言った。確かに花火が始まってから千波湖の周りは一段と人が増えたようだった。
 運営のアナウンスで花火を提供した企業の紹介があり、その度テーマの違った花火が打ち上がる。私たちは花火の中休みに入ると屋台に買い出しにいった。どういうわけか私と健次郎さんの組み合わせで見て回ることになった。
 私と健次郎さんは二人でたこ焼きや数字合わせの屋台を見て回ってみた。
「祭りはいいっすねー。私の地元でもお祭りあるんですけど、毎年行ってました。こんなに賑わってはいなかったですけどね!」
「そうなんですね。ウラさんは水戸市出身じゃないんですよね?」
「そうっすよ! 私の地元は本当に田舎で、夜なんか真っ暗だったから。水戸市に越してからは夜でも不自由しないんで助かりますねー」
「なるほどなー。でもウラさんの地元ものどかで良さそうだけどなー」
 健次郎さんはしみじみと言った。
「うーん、どうっすかね? たしかに住んでる人たちは穏やかでいい人たちが多いとは思いますけどねー。健次郎さんは地元どこですかぁ?」
「ああ、僕は茨城の出身じゃないんですよ。神奈川県に住んでます。里奈とはたまたま教会で知り合ったんです」
「へー、神奈川って……。横浜?」
「そうですよ。横浜っていっても本当に奥まったところですけどね。里奈が学校を卒業したらそっちで一緒に住む予定です」
「そっかー、横浜遠いなー。里奈が居なくなると寂しくなる……」
「すいません。せっかく里奈と仲良くしてくれてるのに……。引っ越したらいつでも遊びにきてください! ウラさんならいつでも大歓迎ですから」
 私は「ありがとうございまーす」とニッコリしながら応える。健次郎さん、里奈を幸せにしてね。
「ウラー!」
 後ろで私を呼ぶ声が聞こえたので振り返るとそこには幼なじみが彼氏と一緒に来ていた。
「おー! 茉奈美ー!! ひっさびさじゃん! 元気!?」
 彼女は内田茉奈美。私とは幼稚園に入る前から付き合いの幼なじみだ。高校まで一緒に通ったので本当の意味で腐れ縁かもしれない。私が高校を中退する時も最後まで私を引き止めてくれた私の大親友だ。
「うん。ウチは変わらないよー。しばらく見ないからどうしたかと思ってたよ! 見た感じ元気そうで良かった!」
「おぉ、茉奈美も相変わらずかー。あれ? リョウくんじゃん!? うっそー、マジであんたら別れずにずっと付き合ってんのー。ウケるー」
「はぁ!? そこウケるとこじゃなくね? ねえリョウからもこいつになんか言ってやって!」
 相変わらず茉奈美も口が悪い。この娘と話しているといつもこんな感じになる。
「ウラ子ぉ、久し振りじゃん。相変わらず口悪ぃーな」
 リョウにまで言われてしまった。
「うっせえよー。これでも昔よりだいぶ丸くなったんだから!」
 昔といっても一年半前だけど。
「えっと……。そちらの方は?」
 茉奈美は健次郎さんの方を見ながらそう言った。
「ああ、この人は私の友達の旦那さんになる人だよ!」
「ええ!? ウラ、あんたまた友達の旦那寝取ったの!?」
「ちげーし! 今日はね! 四人で花火見に来たんだよ! 今はなんか知らないけど、二班に分かれて行動中! 私の連れは場所取りしてるよ」
「ふーん。そっかぁ、じゃあウラの彼氏は別のところに居るんだ……」
 茉奈美はつまらなそうにそういった。彼氏じゃないと訂正はしなかった。説明すると面倒くさいしね。
「あ、そうそう! 麗奈に彼氏できたんだよー! か~なり年上だけど」
「うっそ!? マジであの馬鹿に彼氏が」
 私は予想外の情報を聞いてテンションが上がった。
 麗奈も茉奈美と同じように私の幼なじみだ。彼女の説明はまぁいいだろう。簡単に言うと、私よりお馬鹿さんだ。
「馬鹿ってあんた……。麗奈が聞いたら怒るよ? 麗奈の彼氏の歳はウチらの倍ぐらいの人だね」
 麗奈。もう少し相手選んだ方がいいぞ。
「マジかぁ! そりゃあ面白いこと聞いたわ。それはそうと……」
 私は聞きづらかったけど、肝心なことを茉奈美に聞いてみることにした。
「ああ、ルナのことね!」
 さすが茉奈美。私の言葉の行間を読むのがうまい。
「そう、あの子のこと。ルナ元気してる? 変わりない?」
「うん。特に変わってないと思うよ? この前一緒に花火しに出かけたんだー。麗奈と田村さんも一緒だったんだけど、けっこう楽しそうにしてたよ」
「へー、そうなんだー。田村さんって誰だっけ?」
「ウラはバイトほとんど来てなかったもんねー。ほらコンビニで長いことバイトしてた学生さんだよ! 一応私らと同じ地元じゃん!」
 それを聞いて私は何となく彼のことを思い出した。たしか長いこと夕方のバイトに入っていた先輩だった気がする。私はあんまり絡んだことがないからさっぱり分からないけど。
「ふーん。ルナは相変わらずバイトばっかしてんの?」
「うん。ほら、店長もルナだとシフト調整いくらでもきくからかなり働かされているんじゃない?」
「まったくあの子は……。ちゃんと勉強とかしてんのかなぁ?」
 私が言えた立場じゃないけど。
「え? 知ってるでしょ? ルナは鉾田一高で学年トップクラスだよ? ウチらとは頭の出来が違うんだよ!」
 そうだ、ルナには欠点らしい欠点がなかった。あれだけバイトに明け暮れていたのに、家に帰ってくると家事と勉強を毎日していた。私がひたすらギターの練習をしている間にあの子はそんなヘビーな日常を送っていたのだ。本当に何が楽しくて生きてるのかわからない。
「そうだったね……。あの子はパーフェクトだった。なのに彼氏いなかったんだよねー? 私だって男は何人かいたのにさぁ」
「あのねー。ウチらと一緒にすんなって! ルナは真面目なんだよ! 実の妹なのに全然わかってないじゃん! そんなんだから……」
 そこで茉奈美は口を噤んだ。
「わーってるよ! そんなんだから愛想つかされてんだよ。これでも反省してんだから言わないで」
「反省ねー……。だったら地元帰ってくれば? ウチも一緒に謝ってあげるよ?」
「んー? 遠慮しとくわ。それにあの子は私を許したりしないよ」
 それから茉奈美と少し話をして別れた。茉奈美は私に地元に戻ってきてほしいらしかった。残念ながら私は実家に出入り禁止なので戻れない。茉奈美には悪いけど。
「ずいぶんと仲のいい友達なんですね」
 健次郎さんはたこ焼きの列に並びながら私に話しかけてきた。
「腐れ縁ですよ! 四歳の時からの付き合いで、もう本当の姉妹みたいなもんです!」
「いいですねー。そんな幼なじみがいるなんて素敵だと思いますよ」
 この人もいちいち爽やかだ。さすが里奈の旦那さん。
「そうっすねー。まぁ茉奈美は特に気が合うんですよ! 実の妹より姉妹みたいだし。さっきの話の通り、私の妹は出来がいいからあんまり合わなかったんですよねー」
「妹さんとはあんまりうまくいってないんですか?」
「ええ、うまくいってませんね! はっきり言って最悪です。詳しくは里奈から聞いてください。私もあんまり話したくないので」
 私は健次郎さんにルナの話をしなかった。なんか最近やたらルナの話になるのはなんでだろ?
 私と健次郎さんはたこ焼きを買うと大志たちが場所取りしている芝生に戻った。意外なことに里奈と大志は楽しそうに話をしている。
「おう、おかえり!」
 大志は上機嫌に私を出迎えた。気持ち悪い。
「ただいま。何ぃ? 里奈ちゃんと楽しくおしゃべりしてたのぉ?」
「そうなんだよー! ウラちゃんのおもしろエピソードをたくさん教えてもらってたんだー」
 里奈はニヤニヤしながらそう言った。大志。一体何を言った?
「二人とも楽しそうで良かったよ! たこ焼き買ってきたからみんなで食べよう」
 健次郎さんはたこ焼きの入ったパックを二人に手渡した。
 私たちはたこ焼きをつまみながら、後半の花火を楽しんだ。スターマインの連弾が色鮮やかに湖の反射して奇麗だ。最後に二尺玉の大きな花火が打上がり、湖を取り囲む大衆から歓声と拍手があがった。そうして今年も水戸市の夏祭りは終焉を迎えた。祭りの終わりは本当に寂しい。
 花火が終わると人の波は水戸駅方面に向かって流れ始めた。私たちも水戸駅方面に向かう。その途中でライブのステージが設営された広場の前を通りかかった。どうやら明日、地元のアマチュアバンドの合同ライブがあるらしい。設営スタッフは花火の最中も準備をしていたらしく、工事用の大きなランプがあたりを照らしている。
「うわー。ステージが出来上がってるねー!」
 里奈は興味津々にそのステージに近づいていった。
「そっか、明日は水戸音楽祭とかいうイベントがあるんだっけね! すっかり忘れてたわ」
「そうらしいなー。一応俺も話だけは聞いてたんだけどスケジュール合わねーし、参加申し込みしなかったんだ」
「そういえば大志さんとウラさんはバンド組んでるんでしたね!」
 健次郎さんも私と大志のバンドに興味があるようだった。
「そだよー。私がヴォーカルとギターで、大志がドラムね! あと一人メンバーがいて、そいつがベースかな。ちょっと変わったジャンルで、マイナーバンドだけどね」
 私は黄色いTシャツを着て設営にあたるスタッフを見た。彼らはコンパネと鉄パイプでステージをくみ上げている。まぁアマチュアの野外ライブだし簡易的なものなのだろう。ステージ上にはドラムセットとアンプ類があり、ギターの長いシールドが打ち捨ててある。
「そうだ!」
 私は黄色いTシャツを着ているスタッフのところまで行ってちょっとしたお願いをしてみることにした。
「あのーすいません!」
 私が話しかけるとスタッフの男の人が振り返る。
「はい? なんすか?」
「明日音楽祭なんですよねー。設営お疲れさまです。実は私もバンド組んでてこういうイベントとか好きなんですよねー」
「ああ、バンドの方でしたか。そうなんすよ! 突貫工事で今晩中に設営しないといけないんすよねー。もうあとは機材のテストすればいいだけっすけどね」
 なんとタイミングのいいことだ。
「お兄さん! ちょっとお願い聞いてくれません? 飲み物ぐらいおごるから!」
「はい?」
 私は音楽祭の設営スタッフに話をつけると、大志たちのところに戻った。
「お前、何話してきたんだ?」
 大志は不思議そうに私に聞いた。
「フフフ……。大志くーん、ちょっとこっちおいで」
 私は大志の手を引いてステージへと向かった。里奈たちもついてくる。
「お兄さん! 彼が私らのバンドのドラムです!」
「こんばんは。じゃあ簡易階段あるんで横から上がってください」
 私は大志の手を引いてステージの上に上がった。大志はわけもわからずステージに上げられて少し戸惑っている。
「おいウラ、なんでステージなんか上がるんだよ?」
「へへへ、スタッフさんに聞いたら今から機材のチェックするって言うからさ! ちょっと演奏させてもらおうと思ってねー。私ら普段スタジオか屋内ばっかじゃん? たまには屋外で演奏したくてさー」
「お前さぁ、さすがにイベント前のステージ使って演奏するのはなくねーか? しかもこんな人だらけの中で?」
「いいじゃん! ドラムもあるし、私はお兄さんからギター借りるよ」
「いやいやいや、お前思いつくことが普通じゃねーよ」
 そう言いながらも大志はドラムの前の椅子に座る。なんだかんだやる気あるんじゃねーか。
 里奈たちはステージの下から興味津々と私たちの様子を見ている。ついでに言うと何人かの通行人も足を止めてステージの前に集まってきていた。
「ウラちゃーん! 演奏するのー?」
 私はスタッフさんが設営してくれたマイクで発声テストをすると、マイクで里奈に話しかけた。
「里奈ー! 健次郎さん! せっかくだから私らの演奏聞いてってねー。残念ながらウチのベースは今日来てないから二人でやってみるからねー」
 私はスタッフのお兄さんからストラトキャスターを借りると機材につながれたシールドをジャックに挿入した。ギターのコントロールのノブを調整しながら軽く弦を弾いてみるとストラトが夜空に向かって鳴いた。気持ちがいい。
 スタッフさんたちは機材の調子を確認している。私と大志はお互いに楽器を調整し、気持ちを高めていった。気がつくと観客が思いのほか集まっている。やっぱり人が多いところでやると違うのかな?
「こんばんはー! 《The birth of Venus》です! 今日はベース不在だけど来てくれてありがとう!」
 私はいつものライブのような感じで簡単に挨拶をする。誰も私たちのライブ目的で来た奴なんていないのは知ってるけど、いつものノリでやることにした。
「明日は水戸音楽祭ってイベントがあります! ウチらは参加しないけど楽しいイベントだから時間ある人はぜひ来てねー! 今日は機材チェック&前夜祭もどきをすっからねー」
 マイクを通して観客席方面に話しかける。観客たちはそれなりに盛り上がっているようだった。思いつきでやってるのに不思議だ。
「そんじゃ一曲だけだけど付き合ってくれると嬉しいです! 大志!」
 私の呼び声に応え、大志がドラムを叩き始めた。彼のリズムで私の中の何かが覚醒する。私はストラトの弦を力強く弾いた。ストラトキャスターの咆哮が夜空を切り裂く。私と大志はダンスするように寄り添って演奏した。やっぱり私は大志とこうして一緒に演奏している時が一番楽しい。
「大志! それじゃ行くよ! みんなも聴いてってね。《夜光虫》」
 私は自分たちのバンドの曲、《夜光虫》の演奏を始めた。走りぎみの大志のドラムが私の気持ちをさらに加速させた。ストラトの弦を弾きながら私はマイクに向かって全力で歌う。私と大志は《The birth of Venus》という一つの生き物になったような気持ちだった。演奏している時は一つになれる。不思議とあまり会話のないジュンもそうなれた。私は歌っているときにいつも思う。このために生まれてきたのだと。
 偶然通りかかっただけだというのに観客たちは盛り上がっていた。やはり私らのバンドはすごい。私はバンドを始めた頃から根拠のない自信を持ってきたけど、根拠が無くても結果がついてくる気がした。
 曲が終わると観客たちから歓声と拍手が送られた。
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