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第四章 月の墓標
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八月になった。新宿の街は急激に暑くなり、ビルとビルの谷間に陽炎が見える。梅雨明けから一気に夏本番といった感じだ。
ニンヒアでも八月は特別な季節でレーベル所属のアーティストたちの夏フェスが開催される。だから私は今まで以上に忙しくなった。鍵山さんと冬木さんのプロジェクトと並行して企画部の仕事もしなければならない。まぁ……。これは例年通りなのでただ忙しいだけなのだけれど。
早朝出社してクリエイター発掘部の仕事を終わらせる。そして柏木くんが出社したら彼に指示だけ出して企画部に移動する。企画部に行くと私は今まで通り主任としての仕事を熟した。課長からの無茶ぶりとあかりのヘルプ。そんな当たり前だった日常が戻ったように感じる。
でもそんな日常は私を良い意味で忙殺してくれた。病院でやきもきするよりずっと良い。素直にそう思うのだ。何もできず、ただただひたすらに少女と眠り続ける男を見守る。その日々は私を思いのほか打ちのめしていたらしい。
毎日夜九時過ぎまで残業した。ときには終電を逃すほど遅くなることもあった。でも不思議と嫌だとは思わなかったのだ。きっと私はこんな風に死に物狂いで働く方が性に合っているのだと思う。
時間が足りない。もっと色々なことをしたい。私は職業人として。一人の音楽業界人としてそう思った。残念ながら時間は有限なのだ。それはとても歯がゆく、そしてとても尊いことだと思う――。
そんな日々はあっと今に過ぎ去っていった。気がつくとコンピレーションアルバムのレコーディングは終わっていたし、秋にはそのアルバム発表を含めた株主限定ライブも決定していた。やはりあの病室での一件が今回の正念場だったな……。と改めて痛感する。
そして夏フェスが終わるとようやくそんな忙しい日々も終息した。社員たちは代わる代わる長期休暇に入っていった。ニンヒアの夏が今年も終わったな。私は企画部の自身のデスクに座りながらそんなことを思った――。
八月末日。私は一月ぶりに浦井記念病院を訪れた。ロビーを抜けて一気にエレベーターホールに向かうとそこには冬木さんと半井さんの姿があった。どうやら彼女たちもお見舞いに来たらしい。
「こんにちは!」
「あ! 春川さんこんにちは。お久しぶりです」
私が声を掛ける半井さんが元気に挨拶を返してくれた。そして彼女は冬木さんの手を握って「春川さんです」と声を掛けてくれた。すっかり冬木さんの介助も板に付いたように見える。
「こんにちは春川さん。お忙しい中来てくれてありがとうございます」
彼女はそう言うと穏やかな笑みを浮かべた。その表情は以前より幾分明るくなったように見える。
それから私たち三人は揃って遠藤さんの病室へ向かった。病室のドアを開けると中からドビュッシーの月の光が聞こえた。
ニンヒアでも八月は特別な季節でレーベル所属のアーティストたちの夏フェスが開催される。だから私は今まで以上に忙しくなった。鍵山さんと冬木さんのプロジェクトと並行して企画部の仕事もしなければならない。まぁ……。これは例年通りなのでただ忙しいだけなのだけれど。
早朝出社してクリエイター発掘部の仕事を終わらせる。そして柏木くんが出社したら彼に指示だけ出して企画部に移動する。企画部に行くと私は今まで通り主任としての仕事を熟した。課長からの無茶ぶりとあかりのヘルプ。そんな当たり前だった日常が戻ったように感じる。
でもそんな日常は私を良い意味で忙殺してくれた。病院でやきもきするよりずっと良い。素直にそう思うのだ。何もできず、ただただひたすらに少女と眠り続ける男を見守る。その日々は私を思いのほか打ちのめしていたらしい。
毎日夜九時過ぎまで残業した。ときには終電を逃すほど遅くなることもあった。でも不思議と嫌だとは思わなかったのだ。きっと私はこんな風に死に物狂いで働く方が性に合っているのだと思う。
時間が足りない。もっと色々なことをしたい。私は職業人として。一人の音楽業界人としてそう思った。残念ながら時間は有限なのだ。それはとても歯がゆく、そしてとても尊いことだと思う――。
そんな日々はあっと今に過ぎ去っていった。気がつくとコンピレーションアルバムのレコーディングは終わっていたし、秋にはそのアルバム発表を含めた株主限定ライブも決定していた。やはりあの病室での一件が今回の正念場だったな……。と改めて痛感する。
そして夏フェスが終わるとようやくそんな忙しい日々も終息した。社員たちは代わる代わる長期休暇に入っていった。ニンヒアの夏が今年も終わったな。私は企画部の自身のデスクに座りながらそんなことを思った――。
八月末日。私は一月ぶりに浦井記念病院を訪れた。ロビーを抜けて一気にエレベーターホールに向かうとそこには冬木さんと半井さんの姿があった。どうやら彼女たちもお見舞いに来たらしい。
「こんにちは!」
「あ! 春川さんこんにちは。お久しぶりです」
私が声を掛ける半井さんが元気に挨拶を返してくれた。そして彼女は冬木さんの手を握って「春川さんです」と声を掛けてくれた。すっかり冬木さんの介助も板に付いたように見える。
「こんにちは春川さん。お忙しい中来てくれてありがとうございます」
彼女はそう言うと穏やかな笑みを浮かべた。その表情は以前より幾分明るくなったように見える。
それから私たち三人は揃って遠藤さんの病室へ向かった。病室のドアを開けると中からドビュッシーの月の光が聞こえた。
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