月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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 病室の様子を想像してみる。分厚い扉。小さなキッチン。ホテルのようなソファーとテーブル。テーブルの上の大量の荷物。シャワールーム。トイレ。広いベランダのある大きな窓……。そんな内観をしていた。正直豪華すぎると思う。
 そういえば透子さんが「おじいさまが使った部屋――」って言ってたっけ。その話の流れから察するにあそこはおそらく浦井宗玄専用ルームなのだろう。この病院が所属する企業のトップのためだけの……。半分道楽みたいな病室なのだと思う。
 そこまで考えてから再び部屋の間取り。特に窓の大きさと家族の休憩スペースの広さについて思い返してみた。窓は……。かなり広かった。ベッドからでも公園が一望できるくらいだからかなりの面積が窓なのだと思う。休憩スペースは……。私たち全員がいても狭くは感じなかった。下手したらウチのリビングより広いかも知れない。
 私はそうやって不動産の下見でもするみたいに病室のことを色々と考えた。これならイケるかも。これなら私の考えていることが実現できるかも知れない。
「あの……。海月さん」
「あ、ごめんなさいね」
 海月さんは赤くなった目をハンカチで拭き取ると上を向いて「フッ」と軽く笑った。そして再び私たちに向き直る。
「もしよろしければ病室にピアノ搬入してみませんか?」
 私がそう言うと海月さんは何も言わずに目を見開いてこちらに顔を突き出した。柏木くんも驚いて私を二度見した。当然だろう。普通は病室にピアノを持ち込もうとするバカはないのだ。
「……おかしなことを言っているのは分かっています。でも今の月音さんのことを考えるとそれが一番良いと思うんです。しばらく食事されてない……。ということはおそらくあの病室から一歩の出ていないということですよね?」
 私がそう尋ねると彼女は「ええ、まぁ……」と答えた。思った通りだ。そうでなければ家族用の休憩室に置かれた着替えやら生理用品の説明がつかない。
「邪推してるみたいで申し訳ないです。でも……。おそらく月音さんはほとんどの時間海音さんの側から離れないんじゃないですか? それこそ入浴やトイレ以外はずっと隣にいるのでは?」
 私がそう聞くと海月さんは「そうです」と力なく答えた。
「おそらく月音さんはこれからずっと……。海音さんが目を覚ますまであの部屋にいるつもりなのでしょうね。これは想像ですが甲府でもそうだったのでしょう。なんと言いますか……。月音さんの思いはそれほどに強いんだと思います。実の母親であるあなたが思っている以上に」
 そこまで話して私は『しまった!』と思った。またやらかしてしまった。頭で組み立てたことを全部言ってしまったのだ。流石にここまで言ってしまったら海月さんも気を悪くするだろう。
 でも海月さんはそんな私の言葉を聞いても嫌な顔一つしなかった。むしろ感心したかのように「その通りです」と言った。まぁ、柏木くんは完全に引いていたけれど。
「失礼しました……。ともかく、私としましては少しでも月音さんの気が紛れればと思っております。本人が病室から出たくないのならしばらくは様子を見るしかないでしょうし……。いかがでしょうか? もし海月さんと月音さんの了解がいただけましたら私から病院に掛け合いますが?」
 私がそこまで話すと海月さんは「月音に聞いてみます」と言った。
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