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第四章 月の墓標
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襖を開けて縁側に出ると京介の姿があった。この時間にここにいるということは彼も食事会にも呼ばれたのだろう。浦井家の人間が勢揃い。これじゃ私だけ部外者みたいだ。
「お疲れ様」
京介は家で私を出迎えるのと何ら変わらない声を私に掛けてくれた。そのお陰で落ちていた気分が少しだけ上向いた。やっと味方が来てくれた。そんな気分だ。
「おじいさま、叔父さん。お久しぶりです」
京介はそう言うと麻葉興産の幹部二人に頭を下げた。
「おお、久しぶりだねぇ。見ない間にずいぶん大人っぽくなったね」
透也さんはしげしげと京介の姿を舐めるように上から下まで見渡した。その仕草は透子さんのそれに似ているように感じる。蛇のような視線の這わせ方。惣介もそうだったけれど、どうやらこれは浦井家の人間の癖らしい。
それから私たちは別室に通された。案内はさっきの女性。宗玄さんとの会話内容から察するにこの女性は宗玄さんの後妻さんのようだ。五〇歳年下の後妻……。自身の孫娘と歳の変わらない女性を妻にしている。そう考えると急に宗玄さんのことがとても俗っぽく思えた。金持ちの道楽と後妻業の女。そんなことを邪推せずにはいられない。
部屋はさっきまでいた和室と違ってフローリングの洋間だった。部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、その周りを取り囲むように背もたれの高い椅子が並んでいた。某高級焼肉店のVIP室みたいな内装だな……。私は再びそんな俗っぽいことを思った。自分で言うのも恥ずかしいけれど私は酷く庶民的なのだ。それこそスーパーで食材を買うときさえ毎回値段を気にするほどに。
「ささっ! 陽子さん。せっかく来てくれたんだし楽しんでいってください」
席に着くと宗玄さんはそう言ってニッコリ笑った。私は「はい、恐れ入ります」と無難に返した。こういう場面での正解の返答が分からない。
そうこうしていると後妻さんとは別の女性が料理と食前酒を運んできた。そして私のグラスに赤ワインを注ぐと頭を下げて下がっていった。ここって旅館じゃないよね? と一瞬思考が混乱する。
「本当に陽子ちゃん良い子なのよぉ。気が利くし、可愛いし! 京介のお嫁さんには勿体ないような子だわ」
不意に透子さんが私のポジティブキャンペーンを始めた。悪い気はしないけれど勘弁してほしい。
「ほぉ。そうかそうか。どうなんだ京介? お前もそろそろ所帯持ったらどうだ?」
透子さんの言葉に乗っかるように宗玄さんが上機嫌に京介に尋ねる。
「そうですね……。本当に陽子さんには良くして貰ってます」
「ふむ。それで? どうなんだ?」
お茶を濁そうとする京介に宗玄さんがダメ押しみたいに私との今後について尋ねた。どうやら彼としては私と京介をさっさとくっつけてしまいたいらしい。
「ええ……。結婚したいと思っています。ただ、陽子さんも僕も今は多忙なもので。落ち着いたらすぐに籍を入れようかと」
「そうか。……なぁ京介」
「はい?」
「なんだ……。この老い先短い年寄りの頼みを聞いてはくれないか?」
宗玄さんはそう言うと「ふぅー」とため息を吐いた。
「お疲れ様」
京介は家で私を出迎えるのと何ら変わらない声を私に掛けてくれた。そのお陰で落ちていた気分が少しだけ上向いた。やっと味方が来てくれた。そんな気分だ。
「おじいさま、叔父さん。お久しぶりです」
京介はそう言うと麻葉興産の幹部二人に頭を下げた。
「おお、久しぶりだねぇ。見ない間にずいぶん大人っぽくなったね」
透也さんはしげしげと京介の姿を舐めるように上から下まで見渡した。その仕草は透子さんのそれに似ているように感じる。蛇のような視線の這わせ方。惣介もそうだったけれど、どうやらこれは浦井家の人間の癖らしい。
それから私たちは別室に通された。案内はさっきの女性。宗玄さんとの会話内容から察するにこの女性は宗玄さんの後妻さんのようだ。五〇歳年下の後妻……。自身の孫娘と歳の変わらない女性を妻にしている。そう考えると急に宗玄さんのことがとても俗っぽく思えた。金持ちの道楽と後妻業の女。そんなことを邪推せずにはいられない。
部屋はさっきまでいた和室と違ってフローリングの洋間だった。部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、その周りを取り囲むように背もたれの高い椅子が並んでいた。某高級焼肉店のVIP室みたいな内装だな……。私は再びそんな俗っぽいことを思った。自分で言うのも恥ずかしいけれど私は酷く庶民的なのだ。それこそスーパーで食材を買うときさえ毎回値段を気にするほどに。
「ささっ! 陽子さん。せっかく来てくれたんだし楽しんでいってください」
席に着くと宗玄さんはそう言ってニッコリ笑った。私は「はい、恐れ入ります」と無難に返した。こういう場面での正解の返答が分からない。
そうこうしていると後妻さんとは別の女性が料理と食前酒を運んできた。そして私のグラスに赤ワインを注ぐと頭を下げて下がっていった。ここって旅館じゃないよね? と一瞬思考が混乱する。
「本当に陽子ちゃん良い子なのよぉ。気が利くし、可愛いし! 京介のお嫁さんには勿体ないような子だわ」
不意に透子さんが私のポジティブキャンペーンを始めた。悪い気はしないけれど勘弁してほしい。
「ほぉ。そうかそうか。どうなんだ京介? お前もそろそろ所帯持ったらどうだ?」
透子さんの言葉に乗っかるように宗玄さんが上機嫌に京介に尋ねる。
「そうですね……。本当に陽子さんには良くして貰ってます」
「ふむ。それで? どうなんだ?」
お茶を濁そうとする京介に宗玄さんがダメ押しみたいに私との今後について尋ねた。どうやら彼としては私と京介をさっさとくっつけてしまいたいらしい。
「ええ……。結婚したいと思っています。ただ、陽子さんも僕も今は多忙なもので。落ち着いたらすぐに籍を入れようかと」
「そうか。……なぁ京介」
「はい?」
「なんだ……。この老い先短い年寄りの頼みを聞いてはくれないか?」
宗玄さんはそう言うと「ふぅー」とため息を吐いた。
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