月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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 九時四五分。私は再び冬木さんの家を訪れた。安定の一五分前行動。やはり私のタイムスケジュールは完璧に近いと思う。
 そして団地に入る前に近くまで来たことを冬木さんに連絡した。もしかしたらまだ準備できていないかもしれないし、もしそうなら少し時間をずらした方が良いと思う。特に冬木さんに関してはそうなのだ。健常者である私が軽々しく自分の常識を振りかざして良い相手ではない。
 そうこうしていると冬木さんからメールで『こちらは大丈夫です。気をつけてお越しください』と届いた。そしてそれから程なくして見覚えのある男性が私を迎えに来てくれた。茅野さん。冬木さんの身の回りの世話を手伝っている人だ。
「お待ちしてました。さ、どうぞ」
「はい、では……」
 私はそれだけ答えると彼と一緒に冬木さんの部屋に向かった――。

「こんにちは春川さん。お忙しいのにすみません」
 部屋に入るとリビングで冬木さんが出迎えてくれた。彼女の前にはA4サイズの白い封筒が置かれている。おそらく中身は歌詞の原稿だと思う。
「いえいえ。では早速ですが」
「はい、よろしくお願いします!」
 それから私は彼女が用意してくれた歌詞に目を通していった。ラブソングやら友情ソングやら。そんな歌詞たちを目で追う。
 彼女の書いた歌詞はどれも文芸作家らしいものだった。言葉選びがニンヒアのアーティトよりずっと情緒的で、明らかに頭が良さそうな歌詞だった。これは皮肉でも何でもない。素直に知性のある言葉の羅列だと思う。
 そんな調子で歌詞を読み進めながら私は冬木さんに修正箇所を伝えた。と言っても言い回し自体はほぼ完璧なので軽い誤字脱字のチェックだけだったのだけれど。
「はい、ありがとうございました。……正直驚いてます。ここまでの歌詞が書けるなんて流石作家さんですね」
「ありがとうございます……。そう言っていただけてすごく嬉しいです」
 私の言葉に冬木さんは照れるようにはにかんだ。可愛い。鍵山さんとは違うタイプだけれど彼女もかなりの癒やし系だと思う。
「特に『月不知のセレネー』はいいですね。叶わぬ恋を秘めた少女の描写がとても綺麗だと思います。何て言いますか……。ストーリー性が高いですね。まるで恋愛小説でも読んでる気分です」
「ええ、そうなんですよ。実はその歌詞だけは書く前に短編小説で物語綴ってみたんです。良かったらご覧になりますか?」
「そうだったのですね。是非見せていただきたいです」
「はい!」
 冬木さんはそう言うと自身の書いた短編小説を私に差し出した。
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