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第四章 月の墓標
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「仏壇あるけどどうする?」
コーヒーを飲み終わると同時に妹にそう訊かれた。
「ああ、線香あげさせて貰うよ。つーかそれ目的で来たしね」
私はそう言うと立ち上がって隣の部屋に向かった。そして襖を開けるとそこには小さなテーブルが二つあった。テーブルの上にはそれぞれ遺影と位牌。あと蝋燭と線香立てがそれぞれ並べてある。
左側には父の遺影、右側には母の遺影が飾られていた。写真に写る二人はまるで他人同士のように見えた。きっとそれは母の写真が極端に若い頃のものだからだと思う。そこに写る母は妹によく似ている。髪型も表情も。その全てが生き写しのようだ。
「じゃあ……」
私はそう言うと両親それぞれの遺影の前に座って蝋燭に火を付けた。そして線香に火を渡すと灰の中にそれを軽く立ててから目を閉じて合掌した。普段お参りなんかしないのでこれが正しい作法なのか分からないけれど。
「正直悩んだんだけどさ……」
私が線香をあげ終わると妹が口を開いた。
「ん?」
「ほら、あんまり二人を並べるのもどうかと思ったんだ。だってお母さんが亡くなった原因お父さんだしさ……」
「うーん。まぁそうね。でもしゃーないんじゃないかな? お参りすんのウチらだけじゃないんだし」
「そう……。なんだよね。でもやっぱり抵抗あるんだよね」
妹はそこまで話すと唇を噛んでその場に腰を下ろした。部屋には私がさっきあげた線香の香りが充満している。正直あまり気持ちいいものではない。
妹の気持ちは私にも十二分に理解できた。というよりも私がもしこの家に住んでいたなら父親の位牌なんて葬儀が終わった時点で処分していた思う。父の罪はそれくらい重いのだ。罪……。結局、父は刑事的に裁かれなかっただけで罪人なのだと思う。
「だからさ。お母さんの遺骨だけは甲府の家に送ったよ。さすがに京極家のお墓ってわけにもいかないもんね」
「うん。それで良いと思うよ。大丈夫! 甲府のばあちゃんむしろ喜んでくれたぐらいだから」
私はそんな慰めにもならないようなことを言うと「ふぅ……」と風船がしぼむようなため息を吐いた。情けない。妹がこんなに苦悩しているのに私は何の役にも立てないのだ。
父に怒りを覚えた。いや、正確には父のことを許したことなど一度もないのでこれは怒りを再認識したと言った方が正しい。私たち姉妹にとって父はそれくらい重いことをしたのだ――。
父の罪。それは殺人だった。物証はないけれど間違いないと思う。庭の桜の樹の下から見つかった母の白骨死体と幼かった頃に殺害現場を見たという妹の目撃証言。その二つが母の死の真相を如実に物語っていたのだ。心底おぞましい話だと思う。
でも……。残念ながら父はその秘密を墓場まで持って行くことに成功してしまったようだ。母の遺体が発見されたのは父が死んだ後だったのだ。正直反吐が出る。妹には悪いけれど本当はこんなクソ親父に線香なんてあげたくない。本気でそう思う。
それでもこうして線香をあげたのはあくまで妹のためだった。こんなどうしようもない――。クズみたいな父親でも妹には大切な存在なのだ。きっとそこには私には理解できない妹と父との絆みたいなものがあるのだと思う。
線香をあげ終わると私はリビングに戻った。そしてサッシを開けて荒れ果てた庭をボーッと眺めた。あそこにお母さんが埋まっていたのか。辛かっただろうな。冷たかっただろうな。憎かっただろうな……。どうしてもそんなことばかり考えてしまう。
そんな私の思いを知ってか知らずか妹は「お姉ごめんね」と呟いた。
私は「いいよ」とだけ返す。
荒れ果てた庭の端に小さいピンクの花が咲いていた。私はそれを一輪摘み取って母の仏壇に供えた。どうか天国では安らかに。そう願いながら。
コーヒーを飲み終わると同時に妹にそう訊かれた。
「ああ、線香あげさせて貰うよ。つーかそれ目的で来たしね」
私はそう言うと立ち上がって隣の部屋に向かった。そして襖を開けるとそこには小さなテーブルが二つあった。テーブルの上にはそれぞれ遺影と位牌。あと蝋燭と線香立てがそれぞれ並べてある。
左側には父の遺影、右側には母の遺影が飾られていた。写真に写る二人はまるで他人同士のように見えた。きっとそれは母の写真が極端に若い頃のものだからだと思う。そこに写る母は妹によく似ている。髪型も表情も。その全てが生き写しのようだ。
「じゃあ……」
私はそう言うと両親それぞれの遺影の前に座って蝋燭に火を付けた。そして線香に火を渡すと灰の中にそれを軽く立ててから目を閉じて合掌した。普段お参りなんかしないのでこれが正しい作法なのか分からないけれど。
「正直悩んだんだけどさ……」
私が線香をあげ終わると妹が口を開いた。
「ん?」
「ほら、あんまり二人を並べるのもどうかと思ったんだ。だってお母さんが亡くなった原因お父さんだしさ……」
「うーん。まぁそうね。でもしゃーないんじゃないかな? お参りすんのウチらだけじゃないんだし」
「そう……。なんだよね。でもやっぱり抵抗あるんだよね」
妹はそこまで話すと唇を噛んでその場に腰を下ろした。部屋には私がさっきあげた線香の香りが充満している。正直あまり気持ちいいものではない。
妹の気持ちは私にも十二分に理解できた。というよりも私がもしこの家に住んでいたなら父親の位牌なんて葬儀が終わった時点で処分していた思う。父の罪はそれくらい重いのだ。罪……。結局、父は刑事的に裁かれなかっただけで罪人なのだと思う。
「だからさ。お母さんの遺骨だけは甲府の家に送ったよ。さすがに京極家のお墓ってわけにもいかないもんね」
「うん。それで良いと思うよ。大丈夫! 甲府のばあちゃんむしろ喜んでくれたぐらいだから」
私はそんな慰めにもならないようなことを言うと「ふぅ……」と風船がしぼむようなため息を吐いた。情けない。妹がこんなに苦悩しているのに私は何の役にも立てないのだ。
父に怒りを覚えた。いや、正確には父のことを許したことなど一度もないのでこれは怒りを再認識したと言った方が正しい。私たち姉妹にとって父はそれくらい重いことをしたのだ――。
父の罪。それは殺人だった。物証はないけれど間違いないと思う。庭の桜の樹の下から見つかった母の白骨死体と幼かった頃に殺害現場を見たという妹の目撃証言。その二つが母の死の真相を如実に物語っていたのだ。心底おぞましい話だと思う。
でも……。残念ながら父はその秘密を墓場まで持って行くことに成功してしまったようだ。母の遺体が発見されたのは父が死んだ後だったのだ。正直反吐が出る。妹には悪いけれど本当はこんなクソ親父に線香なんてあげたくない。本気でそう思う。
それでもこうして線香をあげたのはあくまで妹のためだった。こんなどうしようもない――。クズみたいな父親でも妹には大切な存在なのだ。きっとそこには私には理解できない妹と父との絆みたいなものがあるのだと思う。
線香をあげ終わると私はリビングに戻った。そしてサッシを開けて荒れ果てた庭をボーッと眺めた。あそこにお母さんが埋まっていたのか。辛かっただろうな。冷たかっただろうな。憎かっただろうな……。どうしてもそんなことばかり考えてしまう。
そんな私の思いを知ってか知らずか妹は「お姉ごめんね」と呟いた。
私は「いいよ」とだけ返す。
荒れ果てた庭の端に小さいピンクの花が咲いていた。私はそれを一輪摘み取って母の仏壇に供えた。どうか天国では安らかに。そう願いながら。
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