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第四章 月の墓標
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新宿に着いたのは二一時過ぎだった。長距離移動したせいかすっかり京極さんはグロッキーでうつろな目をしている。
「やっと帰ってこれたね」
車をニンヒアの地下駐車場に入れると京極さんは猫みたいに背伸びをした。
「そうね。今日は本当にありがとうね」
「いんや。いいよ別に。……しっかしマジ疲れたわ」
京極さんはぐったりした風に言うと「ふわわぁぁぁ」と大げさに欠伸をした。その仕草は犬に追い回されてようやく逃げ切った野良猫みたいに見える。
「どうする? ご飯にする? それともお風呂?」
「……なんか新婚の奥さんにみたいに訊くじゃん。そうだねぇ。んじゃスパがいいかな? がっつり食いたい気分でもないし」
「了解。したら行こうか」
私はそう言うとシートベルトを外した。
それから私たちは歌舞伎町に向かった。こんな時間に歓楽街に行くのは本当に久しぶりだ。
「前行ったスパ銭でしょ?」
「そうそう。ニンヒアから一番近いのあそこだからね。正直あんまり夜行きたい場所でもないんだけどさ」
「ハハハ、陽子さんはそうかもね。ウチらはもう慣れっこだけどさ」
京極さんはそう言うと軽い調子で笑った。ようやく普段の彼女らしさが戻ってきたらしい。
HAL東京と思い出横丁のアーケードを横目に歌舞伎町へ向かっていると変な気持ちになった。毎日新宿に通っているのにこんな場所あったのか……。数え切れないほど眺めた景色のはずなのにそう感じた。もしかしたら茨城生まれ茨城育ちの京極さんのほうがずっとこの景色に馴染んでいるかも。そう思うほどだ。
そして歌舞伎町に着くと京極さんはコンビニ前の灰皿に直行した。そして胸ポケットからマルボロを取り出して口にくわえる。
「ふぅー。やっぱタバコはいいね。これは私の燃料みたいなもんだからないと始まんないよ」
京極さんは一〇〇円ライターでマルボロに火を付けながらそんなことを言った。もう何回も聞いた台詞。その度私が『あなた一応ヴォーカルなんだから――』と小言を言うまでがお約束だ。
「……やっぱり京極さんはタバコ吸ってないとダメかもね」
「へ? そう?」
「うん。そう」
私がそう言うと京極さんはばつが悪そうにうなじを掻いた。どうやら私に喫煙を肯定されたのが余程意外だったらしい。そんなやりとりをしているとポツリ、ポツリと空から水滴が落ちてきた――。
小雨が降りしきる。歌舞伎町のネオンが生まれたての水たまりに映る。その情景は歓楽街らしからぬほど美しかった。色と欲をため込んだ光なのにまるでおとぎ話の舞踏会みたい。そんな感想を覚える。
「チッ、降って来ちゃったね」
京極さんは面倒くさそうに言うと首を振った。散々な一日だった。最後までこうかよ。おそらくそう思っているのだろう。
「本当ね」
「あーもう! 陽子さん急ごう。本降りになられたらずぶ濡れだよ!」
京極さんは心底うんざりした口調で言うと走り出した。私も彼女に続く。
通り過ぎる人たちは皆この街の住人のようで私は居心地の悪さを覚えた。ホストやキャバクラ嬢。あとはその筋の人たち。できることなら一生関わり合いになりたくない人たちばかり目に付く。ここはそんなアンダーグラウンドな世界の表層みたいな場所なのだ。三十路前になった私でさえそう感じるほどの。
「ふぅー。やっと着いたー」
スーパー銭湯に到着すると京極さんは大きなため息を吐いた。そして「やっと風呂入れるー」と嬉しそうにはしゃいだ。こうしてみると普通の女の子だな。と今更なことを思った――。
スーパー銭湯に入店すると受付を済ませて脱衣所に直行した。そしてすぐに濡れた衣服をロッカーに詰め込んだ。横目に見た京極さんの身体はアスリートのように引き締まっている。女の私から見ても惚れ惚れするほどの。そんな美しい肉体をしていた。どうやら週五でジム通いしていると言っていたのは眉唾ではないらしい。
「京極さんいい身体してるね」
「でしょー! へへーん。見てよこの肉体美! お腹だってシックスパックだよ」
彼女はそう言って自身の腹部をタンタンっと叩いて見せた。確かに割れている。まるでマラソン選手のようだ。
「本当に。私は……。まぁややポチャかな」
「そう? 陽子さんだっていい身体してるって! ……割と出るとこ出てるしね」
「スケベ親父かよ」
「へへへ。まぁアレだよ。陽子さんはもっと自分の身体に自信持っても良いと思うよー」
京極さんはそう言うと子供みたいにはしゃいで浴室に駆けだしていった。本当に落ち込んだりはしゃいだり忙しい子だ。
「やっと帰ってこれたね」
車をニンヒアの地下駐車場に入れると京極さんは猫みたいに背伸びをした。
「そうね。今日は本当にありがとうね」
「いんや。いいよ別に。……しっかしマジ疲れたわ」
京極さんはぐったりした風に言うと「ふわわぁぁぁ」と大げさに欠伸をした。その仕草は犬に追い回されてようやく逃げ切った野良猫みたいに見える。
「どうする? ご飯にする? それともお風呂?」
「……なんか新婚の奥さんにみたいに訊くじゃん。そうだねぇ。んじゃスパがいいかな? がっつり食いたい気分でもないし」
「了解。したら行こうか」
私はそう言うとシートベルトを外した。
それから私たちは歌舞伎町に向かった。こんな時間に歓楽街に行くのは本当に久しぶりだ。
「前行ったスパ銭でしょ?」
「そうそう。ニンヒアから一番近いのあそこだからね。正直あんまり夜行きたい場所でもないんだけどさ」
「ハハハ、陽子さんはそうかもね。ウチらはもう慣れっこだけどさ」
京極さんはそう言うと軽い調子で笑った。ようやく普段の彼女らしさが戻ってきたらしい。
HAL東京と思い出横丁のアーケードを横目に歌舞伎町へ向かっていると変な気持ちになった。毎日新宿に通っているのにこんな場所あったのか……。数え切れないほど眺めた景色のはずなのにそう感じた。もしかしたら茨城生まれ茨城育ちの京極さんのほうがずっとこの景色に馴染んでいるかも。そう思うほどだ。
そして歌舞伎町に着くと京極さんはコンビニ前の灰皿に直行した。そして胸ポケットからマルボロを取り出して口にくわえる。
「ふぅー。やっぱタバコはいいね。これは私の燃料みたいなもんだからないと始まんないよ」
京極さんは一〇〇円ライターでマルボロに火を付けながらそんなことを言った。もう何回も聞いた台詞。その度私が『あなた一応ヴォーカルなんだから――』と小言を言うまでがお約束だ。
「……やっぱり京極さんはタバコ吸ってないとダメかもね」
「へ? そう?」
「うん。そう」
私がそう言うと京極さんはばつが悪そうにうなじを掻いた。どうやら私に喫煙を肯定されたのが余程意外だったらしい。そんなやりとりをしているとポツリ、ポツリと空から水滴が落ちてきた――。
小雨が降りしきる。歌舞伎町のネオンが生まれたての水たまりに映る。その情景は歓楽街らしからぬほど美しかった。色と欲をため込んだ光なのにまるでおとぎ話の舞踏会みたい。そんな感想を覚える。
「チッ、降って来ちゃったね」
京極さんは面倒くさそうに言うと首を振った。散々な一日だった。最後までこうかよ。おそらくそう思っているのだろう。
「本当ね」
「あーもう! 陽子さん急ごう。本降りになられたらずぶ濡れだよ!」
京極さんは心底うんざりした口調で言うと走り出した。私も彼女に続く。
通り過ぎる人たちは皆この街の住人のようで私は居心地の悪さを覚えた。ホストやキャバクラ嬢。あとはその筋の人たち。できることなら一生関わり合いになりたくない人たちばかり目に付く。ここはそんなアンダーグラウンドな世界の表層みたいな場所なのだ。三十路前になった私でさえそう感じるほどの。
「ふぅー。やっと着いたー」
スーパー銭湯に到着すると京極さんは大きなため息を吐いた。そして「やっと風呂入れるー」と嬉しそうにはしゃいだ。こうしてみると普通の女の子だな。と今更なことを思った――。
スーパー銭湯に入店すると受付を済ませて脱衣所に直行した。そしてすぐに濡れた衣服をロッカーに詰め込んだ。横目に見た京極さんの身体はアスリートのように引き締まっている。女の私から見ても惚れ惚れするほどの。そんな美しい肉体をしていた。どうやら週五でジム通いしていると言っていたのは眉唾ではないらしい。
「京極さんいい身体してるね」
「でしょー! へへーん。見てよこの肉体美! お腹だってシックスパックだよ」
彼女はそう言って自身の腹部をタンタンっと叩いて見せた。確かに割れている。まるでマラソン選手のようだ。
「本当に。私は……。まぁややポチャかな」
「そう? 陽子さんだっていい身体してるって! ……割と出るとこ出てるしね」
「スケベ親父かよ」
「へへへ。まぁアレだよ。陽子さんはもっと自分の身体に自信持っても良いと思うよー」
京極さんはそう言うと子供みたいにはしゃいで浴室に駆けだしていった。本当に落ち込んだりはしゃいだり忙しい子だ。
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