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第四章 月の墓標
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鍵山海月。こうして間近で見る彼女は娘さんに瓜二つだった。年齢が違うだけでまるでクローンのようにそっくりに見える。
「あの失礼ですが……。月音さんは?」
「あの子は今別の病室で休んでます。軽い打撲と擦り傷があったみたいで……」
海月さんそこまで話すと両手で顔を覆った。そして涙を堪えるようなため息を吐いた。娘が怪我をして弟は生死の境を彷徨っているのだ。情緒不安定になるのも無理はないと思う。
私たちがそんな話をしていると京極さんが戻ってきた。彼女の左手には重そうなコンビニ袋が握られている。
「ただいまー。あら? そちらは……?」
「おかえり。こちらは鍵山さんのお母様よ。ほら、ご挨拶して」
私はまるで保護者みたいに京極さんに挨拶するように促した。最近はこんな役回りばかりしている気がする。
「初めまして。京極です。月音さんにはいつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそお世話になってます。大変だったでしょ? あの子けっこう頑固だから……」
「ええ、まぁ……。うん。いや、そんなことは」
京極さんは戸惑いながらそう答えた。社会人としては四五点。ギリギリ赤点な返しだと思う。
「フフフ、いいんですよ。あの子って昔からああなんです。でも……。京極さんのことは大好きみたいですよ? 電話で楽しそうに話してましたから」
「私もセレっち……。失礼しました。月音さんのことは大好きです! もうリスペクトしまくりです。なんつーか……。私と音楽への向き合い方が似てるっていうか」
京極さんはそんな風に最高に失礼でフレンドリーな言い方をすると「とにかくいい子です」と付け加えた――。
結局、その日の私たちずっと蚊帳の外のままだった。遠藤さんの容態は分からないままだったし、鍵山さんにも会えなかった。まぁ致し方ないだろう。どう考えたって私たちは部外者なのだ。
「春川さん、京極さん。せっかく来てくれたのにごめんなさいね……」
帰りがけ。海月さんはそんな風に私たちに謝ってくれた。心なしか彼女の表情は来たときよりは落ち着いたように見える。
「いえいえ、こちらこそこんなときにお邪魔しちゃってすみません」
「いえ……。きっと来てもらえて海音も喜んでると思います! ……何かあったらすぐにご連絡差し上げますので」
「はい。お手数ですがよろしくお願いします。では……。どうかお大事に」
私はそう言うと京極さんと一緒に病院を後にした――。
「あーあ、無駄足になっちゃったねぇ」
病院の駐車場を出てすぐに京極さんがため息交じりにそうぼやいた。
「そうね……。まぁ仕方ないんじゃない? よくよく考えたら私らが来る場所じゃないしね」
「まぁねぇ。でも……。何かしてあげたかったよ。すんげー不甲斐ない気分」
京極さんは苦虫を噛みつぶすみたいな顔で言うと胸ポケットからタバコを取り出して口にくわえた。
「京極さん、時には黙って指をくわえて見るだけってのも必要よ? そりゃあ私だって何もできないのは嫌だけどさ……。変に手を出さないのも大事なのよ」
「うーん。それは……。分かっちゃいるんだけどさぁ。あー! もう! なんかモヤモヤするー!」
京極さんはそう言うとロードスターのハンドルを左手で叩いた。
「あの失礼ですが……。月音さんは?」
「あの子は今別の病室で休んでます。軽い打撲と擦り傷があったみたいで……」
海月さんそこまで話すと両手で顔を覆った。そして涙を堪えるようなため息を吐いた。娘が怪我をして弟は生死の境を彷徨っているのだ。情緒不安定になるのも無理はないと思う。
私たちがそんな話をしていると京極さんが戻ってきた。彼女の左手には重そうなコンビニ袋が握られている。
「ただいまー。あら? そちらは……?」
「おかえり。こちらは鍵山さんのお母様よ。ほら、ご挨拶して」
私はまるで保護者みたいに京極さんに挨拶するように促した。最近はこんな役回りばかりしている気がする。
「初めまして。京極です。月音さんにはいつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそお世話になってます。大変だったでしょ? あの子けっこう頑固だから……」
「ええ、まぁ……。うん。いや、そんなことは」
京極さんは戸惑いながらそう答えた。社会人としては四五点。ギリギリ赤点な返しだと思う。
「フフフ、いいんですよ。あの子って昔からああなんです。でも……。京極さんのことは大好きみたいですよ? 電話で楽しそうに話してましたから」
「私もセレっち……。失礼しました。月音さんのことは大好きです! もうリスペクトしまくりです。なんつーか……。私と音楽への向き合い方が似てるっていうか」
京極さんはそんな風に最高に失礼でフレンドリーな言い方をすると「とにかくいい子です」と付け加えた――。
結局、その日の私たちずっと蚊帳の外のままだった。遠藤さんの容態は分からないままだったし、鍵山さんにも会えなかった。まぁ致し方ないだろう。どう考えたって私たちは部外者なのだ。
「春川さん、京極さん。せっかく来てくれたのにごめんなさいね……」
帰りがけ。海月さんはそんな風に私たちに謝ってくれた。心なしか彼女の表情は来たときよりは落ち着いたように見える。
「いえいえ、こちらこそこんなときにお邪魔しちゃってすみません」
「いえ……。きっと来てもらえて海音も喜んでると思います! ……何かあったらすぐにご連絡差し上げますので」
「はい。お手数ですがよろしくお願いします。では……。どうかお大事に」
私はそう言うと京極さんと一緒に病院を後にした――。
「あーあ、無駄足になっちゃったねぇ」
病院の駐車場を出てすぐに京極さんがため息交じりにそうぼやいた。
「そうね……。まぁ仕方ないんじゃない? よくよく考えたら私らが来る場所じゃないしね」
「まぁねぇ。でも……。何かしてあげたかったよ。すんげー不甲斐ない気分」
京極さんは苦虫を噛みつぶすみたいな顔で言うと胸ポケットからタバコを取り出して口にくわえた。
「京極さん、時には黙って指をくわえて見るだけってのも必要よ? そりゃあ私だって何もできないのは嫌だけどさ……。変に手を出さないのも大事なのよ」
「うーん。それは……。分かっちゃいるんだけどさぁ。あー! もう! なんかモヤモヤするー!」
京極さんはそう言うとロードスターのハンドルを左手で叩いた。
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