月不知のセレネー

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
79 / 136
第四章 月の墓標

しおりを挟む
 遠藤さんが搬送された病院に到着したのは一六時過ぎだった。東京を出て二時間くらい。割と早い到着だと思う。
「んじゃ受付行ってくるね。京極さんは車停めたら待合所まで来て!」
「りょ! んじゃ頼むね」
 そう言って私は車を降りた。駐車場は酷い暑さで体感的には新宿よりも暑く感じる。
 ふと視線を横に泳がせると蝉の死骸が街路樹の根元にひっくり返っていた。まだ夏を迎えていないのにもう寿命を迎えたらしい。最高に不吉。私はその蝉の亡骸を見てそう感じる。
 そんな不穏で不快な空気を肌で感じながら私は病院に入った。自動ドアを抜けると冷房の冷たい空気と消毒液の香りが鼻を突いた――。

 それから私は受付に遠藤さんのことを訊いた。受付の女性は無愛想に「はい、お待ちください」と答えるとどこかに電話を掛け始めた。そしてすぐに電話を切ると「第三病棟前の待合所でお待ちください。ご家族の方が来るそうです」とまたしても無愛想に言った。最高に感じが悪い。少しイラッとする。まぁ人様の病院の受付に文句を言っても仕方ないのだけれど。
 そうこうしていると京極さんが受付まで来た。彼女の額には玉のような汗が滲んでいる。
「お待たせ!」
「はい、じゃあ行こうか。第三病棟だってさ」
「はいよ」
 第三病棟に向かう道すがら京極さんは息を整えていた。思えばここまで京極さんは本当にノンストップだったのだ。流石に疲れたのだと思う。
「京極さん。今日はありがとうね。ずっと運転させてごめんね」
「え? あ、うん。いいよ別に」
 京極さんはそんな風に生返事すると「ふわぁ」と疲れ切ったため息を吐いた。
「本当に助かったよ。埋め合わせになるか分からないけど帰りになんか奢らせて」
「うん。そうね。タイミング合えば……」
 京極さんはそう言うと眉間に皺を寄せて口元に右手の人差し指を当てた。この子の本来の性格はこうなのだ。普段は……。少しキャラクターを脚色してるのだと思う。アーティスト『京極ヘカテー』と普通の女の子『京極裏月』。それはきっと彼女の中では別の人格なのだと思う。
 
 第三病棟に着くと数人の老若男女が難しい顔をして座っていた。三〇代後半くらいのラフな格好の女性と六〇代の夫婦が二組。
「ちょっと訊いてくるね」
 京極さんはそう言うとその中の三〇代後半くらいの女性に声を掛けた。状況から察するに彼女が鍵山さんの家のお手伝いさんなのだと思う。
 そうしていると私の後ろから足早に近づいてくる足音が聞こえた。音から察するに足音は二人分のようだ。
しおりを挟む

処理中です...