月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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 京極さんがタバコをくわえていない。それだけで今回の件が予断を許さないことが分かった。この子はたとえ明日世界が滅ぶとしたって平気でくわえタバコしながら運転するような子なのだ。
「それで? どんな状況?」
 首都高速の料金所を通り過ぎると私は京極さんにそう尋ねた。
「ああ、そうだね……。私も軽く説明受けただけだから具体的なことは分からないんだけどさ」
「うん」
「お手伝いさんの話だと新幹線降りたところを暴漢に棒で殴られたみたいだよ」
「何? 通り魔的な?」
「なのかなぁ……? 正直、お手伝いさんも気が動転しててあんま要領得ない感じだったんだよね。ただ……」
「ただ? 何?」
「いんや、どうも襲われたときにお手伝いと鍵山さんも居合わせたっぽいんだよね。ま、だからこそ状況も事細かに分かったんだろうけど。……ともかく、今遠藤さんは昏睡状態みたいだよ。打ち所悪くなきゃいいけど……」
 京極さんはそう言うとため息を漏らした。相変わらずタバコは吸わない。
「そっか。まぁそうよね。目の前で親しい人が殴られたら気も動転するか……」
「うん。……私としてはお手伝いさんより鍵山さんのが心配だよ! 見えてなくたって目の前で兄弟が襲われたんだよ! 絶対にヤバいと思う」
 京極さんは語彙力の欠片もないことを言うと首を横に振った。普段はあれほど情感たっぷりな歌詞が書けるクセにこういう場面だといつもこうだ。
「心配ね……。怪我大したことないといいけど」
「だねぇ。……うん! まぁとにかく行って確かめるっきゃないっしょ!」
「うん。そうね」
 それから私たちは数時間掛けて中央道を山梨方面に向かって走った。ノンストップに。ノースモーキングに。ノーミュージックに。音楽もタバコもないロードスターはただ走ることだけを考えて走り抜けていく。
 そんな車中で私は二つのことを考えていた。一つは遠藤さんのこと。もう一つは社長と西浦さんのことだ。こんな緊急事態でもマルチタスクに思考が働く。……正直そんな自分が嫌だけれど。
「ねぇ京極さん。こんなときになんだけどさ」
「ん? 何?」
「もし。もしだよ。私がニンヒア辞めるって言ったらどう思う?」
「はぁ!? 何だよこんなときに? ……うーん。そうだね。辞めたいなら止めやしないけど……。ちょっと寂しいかなぁ、……いや! すっげえ寂しい! うん。超寂しいと思う!」
 京極さんは途中から変なテンションでそう言うと「何? 寿退社すんの?」と言った。
「違う違う。寿退社なんかしないよ。……ごめん。やっぱ何でもない。忘れて」
「んだよー。訊いていてそりゃねーだろ?」
「ハハハ、まぁ私も色々あるのよ。そうね……。落ち着いたら話すわ」
 私はそれだけ返すと取り繕うように口元を緩めた。やれやれ。これじゃ先が思いやられそうだ。
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