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第三章 月不知のセレネー
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そして鍵山さんは『月光』の演奏を終えると鍵盤から指を離した。
「ありがとうございます。とても素敵でした」
「ありがとうございます。いやいや、お恥ずかしいです。『月光』弾いたの久しぶりだったから少し緊張しました」
鍵山さんはそう言って照れ隠しのように右頬を掻いた。
「いやぁ。マジでパナかったよね。鍵山さんやっぱめっちゃピアノ上手いわ!」
京極さんはしみじみ言うと感心したように首を横に振った。京極さんは普段他人の演奏を褒めたりしないのでおそらく本気で感動したのだと思う。
それから私たちは軽く談笑して鍵山邸を後にした。帰りの運転は京極さんで私が助手席。後ろの席には女子二人の横で小さくなっているジュンくんだ。
「本当にあの子演奏上手かったね」
京極さんはハンドルを手でなぞりながらそう言うと「ふっふぅーん」と鼻歌みたいな声を出した。
「そうね。とても良かった」
「ねぇ。陽子さんなんか感極まって泣き出しちゃうしさぁ。ま、気持ちは分かるよ。私だってちょっぴりウルッときたもん」
京極さんはそんな風に少しだけ私を茶化すとニッと笑った。
「あの子……。やっぱり天才だよね」
「だね! マジの天才だと思うよ。私みたいな成り行きバンドマンとはわけが違うさ」
京極さんはいつも通りの自虐ネタを挟むと「マジで」と自分のダメさをダメ押しした。
「ハハハ。その自虐ネタもすっかり板に付いたね」
「ん? ネタじゃねーよ。本当のこと。ほら、私ってギターは中途半端だし、ヴォーカルだって十人並みじゃん? 作詞だってなんとなーくしてるだけだしさ。私が他のバンド連中に勝てんのはちょっぴり可愛い顔だけだと思うよ」
「顔には自信があるのね」
「ああ、あるよ。たぶん他のフツーのガールズバンドに比べりゃ私はけっこう綺麗な顔してると思う」
京極さんはサラッと言うと「はぁあぁぁあ」とよく分からないため息を吐いた。これじゃ謙虚なのか傲慢なのか分からない。まぁ、確かに京極さんの顔は私から見ても結構な美人なのだけれど。
後ろの座席を見ると三人は仲良く船を漕いでいた。女子二人だけではない。ジュンくんまで静かに寝息を立てている。
「ったく! ジュンまで寝やがって!」
京極さんは悪態を吐くとヤレヤレといった感じで再びため息を吐いた。
「ジュンくんも疲れてんのよ」
「ああ、分かってるよ。だから無理に起こしてねーじゃん」
京極さんは声のトーンをやや落としながら答えた。基本的にこの子は口は悪くても優しいのだ。
「でも……。とりあえず今日は何もなくて良かったよ……。悪い予感に限っては外れた方がいいいからね」
「ああ、そうだね。でもなぁ……。ちょい引っかかってることがあるんだ」
「何? 何か気になることあった?」
「うーん。いんや、たぶん取り越し苦労だと思う」
「何よ? 気になったことあるなら言ってよ」
「いや本当に大したことじゃないんだ。ただ鍵山さんって遠藤さんにべったりし過ぎだなぁって感じただけ。いくら年の近い叔父さんだからってアレはちょっと変わってるなぁって思ってさ」
京極さんはそう言うと「つまらないことだよ」と付け加えた。
正直に言おう。私も彼らに初めて会ったときからそれは感じていた。あの関係は兄妹というよりも恋人……。なぜかそう思ったのだ。理由は上手く言葉にできない。単純に女の勘ってやつだ。
「まぁ仮によ。あの二人がどんな関係でも私たちには関係ないわ。一緒に仕事して良い曲作るだけだから」
「そうだね……。うん! 関係ねーよね」
京極さんはそう答えると納得したのかいつもの屈託のない笑みを浮かべた――。
結果的には私と京極さんの感じたその女の勘は当たっていた。それが私たちをとんでもない面倒ごとに巻き込むのことになるとは、そのときの私たちは知るよしもなかった――。
「ありがとうございます。とても素敵でした」
「ありがとうございます。いやいや、お恥ずかしいです。『月光』弾いたの久しぶりだったから少し緊張しました」
鍵山さんはそう言って照れ隠しのように右頬を掻いた。
「いやぁ。マジでパナかったよね。鍵山さんやっぱめっちゃピアノ上手いわ!」
京極さんはしみじみ言うと感心したように首を横に振った。京極さんは普段他人の演奏を褒めたりしないのでおそらく本気で感動したのだと思う。
それから私たちは軽く談笑して鍵山邸を後にした。帰りの運転は京極さんで私が助手席。後ろの席には女子二人の横で小さくなっているジュンくんだ。
「本当にあの子演奏上手かったね」
京極さんはハンドルを手でなぞりながらそう言うと「ふっふぅーん」と鼻歌みたいな声を出した。
「そうね。とても良かった」
「ねぇ。陽子さんなんか感極まって泣き出しちゃうしさぁ。ま、気持ちは分かるよ。私だってちょっぴりウルッときたもん」
京極さんはそんな風に少しだけ私を茶化すとニッと笑った。
「あの子……。やっぱり天才だよね」
「だね! マジの天才だと思うよ。私みたいな成り行きバンドマンとはわけが違うさ」
京極さんはいつも通りの自虐ネタを挟むと「マジで」と自分のダメさをダメ押しした。
「ハハハ。その自虐ネタもすっかり板に付いたね」
「ん? ネタじゃねーよ。本当のこと。ほら、私ってギターは中途半端だし、ヴォーカルだって十人並みじゃん? 作詞だってなんとなーくしてるだけだしさ。私が他のバンド連中に勝てんのはちょっぴり可愛い顔だけだと思うよ」
「顔には自信があるのね」
「ああ、あるよ。たぶん他のフツーのガールズバンドに比べりゃ私はけっこう綺麗な顔してると思う」
京極さんはサラッと言うと「はぁあぁぁあ」とよく分からないため息を吐いた。これじゃ謙虚なのか傲慢なのか分からない。まぁ、確かに京極さんの顔は私から見ても結構な美人なのだけれど。
後ろの座席を見ると三人は仲良く船を漕いでいた。女子二人だけではない。ジュンくんまで静かに寝息を立てている。
「ったく! ジュンまで寝やがって!」
京極さんは悪態を吐くとヤレヤレといった感じで再びため息を吐いた。
「ジュンくんも疲れてんのよ」
「ああ、分かってるよ。だから無理に起こしてねーじゃん」
京極さんは声のトーンをやや落としながら答えた。基本的にこの子は口は悪くても優しいのだ。
「でも……。とりあえず今日は何もなくて良かったよ……。悪い予感に限っては外れた方がいいいからね」
「ああ、そうだね。でもなぁ……。ちょい引っかかってることがあるんだ」
「何? 何か気になることあった?」
「うーん。いんや、たぶん取り越し苦労だと思う」
「何よ? 気になったことあるなら言ってよ」
「いや本当に大したことじゃないんだ。ただ鍵山さんって遠藤さんにべったりし過ぎだなぁって感じただけ。いくら年の近い叔父さんだからってアレはちょっと変わってるなぁって思ってさ」
京極さんはそう言うと「つまらないことだよ」と付け加えた。
正直に言おう。私も彼らに初めて会ったときからそれは感じていた。あの関係は兄妹というよりも恋人……。なぜかそう思ったのだ。理由は上手く言葉にできない。単純に女の勘ってやつだ。
「まぁ仮によ。あの二人がどんな関係でも私たちには関係ないわ。一緒に仕事して良い曲作るだけだから」
「そうだね……。うん! 関係ねーよね」
京極さんはそう答えると納得したのかいつもの屈託のない笑みを浮かべた――。
結果的には私と京極さんの感じたその女の勘は当たっていた。それが私たちをとんでもない面倒ごとに巻き込むのことになるとは、そのときの私たちは知るよしもなかった――。
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