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第三章 月不知のセレネー
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トイレ休憩を終え高速に戻った。運転が京極さんに代わったことで先ほどよりスピードが出ているように感じる。この子は何事においてもせっかちなのだ。
四方に山々が見えた。そのどれもが鬱蒼と茂っていて人の立ち入りを拒んでいるように感じた。この前は寝ていて気づかなかったけれど私が思っている以上に山梨は山だらけらしい。
作家二人はそんな景色を黙って眺めていた。特に冬木さんは不思議そうな顔でその景色を瞳に映し込んでいた。おそらく彼女の目には深い緑色が洪水のように映っているのだと思う。こうして見ると冬木さんには人並み以上の色を感じる視力があるように感じる。もちろんそれはモノの形を判別できるほどの視力はない。でも少なくとも彼女は色調の違いについては私たち以上の感性を持っているのではないだろうか? ハッキリと見えないからそこ感覚が研ぎ澄まされる。おそらくはそんな状態なのだろう。
だから冬木さんは一見すると盲目(厳密に言うと弱視)とは思えない目をしていた。むしろその瞳は全てを見通しているようにさえ思えた。透き通っていて、真っ直ぐで、そして人の心の奥底を見透かしたような……。そんな風に。
やがて車は高速を降りた。そして前回と同じ道に入った。京極さんは完全に道を覚えているらしくナビに頼ることなく車を走らせる。
「あと一時間……。くらいかな? これから山登りだからちょい車揺れるかも」
京極さんはそう言うと器用に左手で粒ガムの包み紙を開けて口に放り込んだ。
「鍵山さんってすごいところに住んでるんですね」
ふいに冬木さんがそう呟いた。
「そうね。マジで山ん中だよ。あ! 冬木さん、車降りたら気を付けて歩いてね。鍵山さんちの前けっこう凸凹だからさ」
京極さんはぶっきらぼうな言い方をすると「でも家ん中はすんごい綺麗」と付け付け加えた。おそらくは彼女なりのフォローのつもりなのだろう。
車は甲府の街を走り、やがて狭い山道へ進んでいった。勾配が急になり車の揺れが少し強くなる。
「そういえば鍵山さんのピアノとボカロ曲聴かせて貰ったんです」
甲府盆地が望めるくらいの高台に差し掛かかると冬木さんが思い出したようにそう呟いた。
「へー! で? どうだった?」
京極さんがそれに相づちを打つ。
「何というか……。ピアノはとても儚げな音でした。今にも消えてしまいそうな……」
「ハハハ、詩的な表現だね。ま、言いたいことは分かるよ。私も似たような印象持ったしね」
京極さんはそう言いながらオートマのギアをマニュアルモードに切り替える。
「儚いなんて言葉で片付けるのは申し訳ない気もするんですけどね。ただ……。これを言うとすごく失礼なんですが」
冬木さんはそこまで言って言い淀んだ。
「んだよ? 言っちゃいな。別にここには鍵山さんいないんだからさ」
「はい……。これは私がそう思ったってだけなんですが……。鍵山さんの書いた曲も彼女の弾いたピアノも生きてるように感じなかったんです。何というか、死んだ人が演奏してるように聞こえたんですよね」
冬木さんはそこまで話すと「うーん」と唸った。そして「やっぱり何でもないです。忘れて下さい」と言って苦笑する。
「いや、分かる気がする。マジでさ。あの子の作る音ってそうだよね。死者の音楽って感じ。別にこれはディスってるわけじゃないよ? どっちかって言うと褒めてる……。ま、そういうタイプのピアニストなんだろうね」
京極さんはそこまで話すと「フッ」と鼻を鳴らした。そしてバックミラー越しに一瞬だけ私と目が合った――。
四方に山々が見えた。そのどれもが鬱蒼と茂っていて人の立ち入りを拒んでいるように感じた。この前は寝ていて気づかなかったけれど私が思っている以上に山梨は山だらけらしい。
作家二人はそんな景色を黙って眺めていた。特に冬木さんは不思議そうな顔でその景色を瞳に映し込んでいた。おそらく彼女の目には深い緑色が洪水のように映っているのだと思う。こうして見ると冬木さんには人並み以上の色を感じる視力があるように感じる。もちろんそれはモノの形を判別できるほどの視力はない。でも少なくとも彼女は色調の違いについては私たち以上の感性を持っているのではないだろうか? ハッキリと見えないからそこ感覚が研ぎ澄まされる。おそらくはそんな状態なのだろう。
だから冬木さんは一見すると盲目(厳密に言うと弱視)とは思えない目をしていた。むしろその瞳は全てを見通しているようにさえ思えた。透き通っていて、真っ直ぐで、そして人の心の奥底を見透かしたような……。そんな風に。
やがて車は高速を降りた。そして前回と同じ道に入った。京極さんは完全に道を覚えているらしくナビに頼ることなく車を走らせる。
「あと一時間……。くらいかな? これから山登りだからちょい車揺れるかも」
京極さんはそう言うと器用に左手で粒ガムの包み紙を開けて口に放り込んだ。
「鍵山さんってすごいところに住んでるんですね」
ふいに冬木さんがそう呟いた。
「そうね。マジで山ん中だよ。あ! 冬木さん、車降りたら気を付けて歩いてね。鍵山さんちの前けっこう凸凹だからさ」
京極さんはぶっきらぼうな言い方をすると「でも家ん中はすんごい綺麗」と付け付け加えた。おそらくは彼女なりのフォローのつもりなのだろう。
車は甲府の街を走り、やがて狭い山道へ進んでいった。勾配が急になり車の揺れが少し強くなる。
「そういえば鍵山さんのピアノとボカロ曲聴かせて貰ったんです」
甲府盆地が望めるくらいの高台に差し掛かかると冬木さんが思い出したようにそう呟いた。
「へー! で? どうだった?」
京極さんがそれに相づちを打つ。
「何というか……。ピアノはとても儚げな音でした。今にも消えてしまいそうな……」
「ハハハ、詩的な表現だね。ま、言いたいことは分かるよ。私も似たような印象持ったしね」
京極さんはそう言いながらオートマのギアをマニュアルモードに切り替える。
「儚いなんて言葉で片付けるのは申し訳ない気もするんですけどね。ただ……。これを言うとすごく失礼なんですが」
冬木さんはそこまで言って言い淀んだ。
「んだよ? 言っちゃいな。別にここには鍵山さんいないんだからさ」
「はい……。これは私がそう思ったってだけなんですが……。鍵山さんの書いた曲も彼女の弾いたピアノも生きてるように感じなかったんです。何というか、死んだ人が演奏してるように聞こえたんですよね」
冬木さんはそこまで話すと「うーん」と唸った。そして「やっぱり何でもないです。忘れて下さい」と言って苦笑する。
「いや、分かる気がする。マジでさ。あの子の作る音ってそうだよね。死者の音楽って感じ。別にこれはディスってるわけじゃないよ? どっちかって言うと褒めてる……。ま、そういうタイプのピアニストなんだろうね」
京極さんはそこまで話すと「フッ」と鼻を鳴らした。そしてバックミラー越しに一瞬だけ私と目が合った――。
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