44 / 136
第三章 月不知のセレネー
2
しおりを挟む
「ただいま」
「おかえり。コンサートどうだった?」
家に帰ると京介が出迎えてくれた。良妻賢母みたいな口調に思わず口元が緩む。
「良かったよ! あの子すごいねー! ちょっとウルッときちゃったもん」
「なら良かったよ。兄貴とは? 大丈夫だった?」
「大丈夫。まぁ普通よ普通」
私はそう話ながらコートをハンガーに掛けた。
「そう、夕飯にしちゃっていいかな?」
「うん。お願い」
それから京介は用意していた夕食をテーブルに並べてくれた。ポークシチューとサラダとバケット。やたら朝食みたいな夕食。
「ごめんね。兄貴と食べてくると思ったから軽めにしか作らなかったんだ」
「大丈夫だよぉ。むしろ京介のポークシチュー好きだしありがたいよ」
京介の作るポークシチューは絶品なのだ。お世辞抜きにファミレスなんかよりずっと味が良いと思う。
それから私は無我夢中で遅い晩ご飯を食べた。至福の時間だ。今日一日の緊張と疲労がほどけていく。
「兄貴と喧嘩にならなくて良かったよ」
私のシチュー皿が空くと同時に京介はそう言って安堵のため息を吐いた。そして「正直心配してたんだ」と付け加える。
「そうだよね。ごめんね。心配させちゃって」
「いや、何事もなかったなら良かったんだけどさ。……でも意外だったね。まさか兄貴からコンサートに誘うなんてさ」
「本当だよね。まったく……。まぁ惣介らしいって言えばらしいけどさ」
惣介らしい。思わずそんな言葉が口からこぼれた。別れてから一〇年になるというのにまだ私の中には当時の名残があるらしい――。
翌日。私は本社に出社せずに直接山梨県に向かっていた。運転はジュンくん、助手席には京極さん。リアシートには私と冬木さんと半井さん。そんな感じで車内は女子率八〇パーセントだ。
「しっかし今日は随分と大所帯だね」
京極さんはそう言って後ろを振り向きながら私たち三人の顔を品定めでもするみたいに見渡した。
「ちょっと京極さん。シートベルトしなさいよ。高速なんだから危ないでしょ!」
「チッ。はーい、先生分かりましたー」
京極さんはまるで小学校の遠足で注意される子供みたいにふて腐れるとシートベルトを締めた。そして「はーい先生! シートベルトできましたー」とウザったらしく続ける。
「京極さん。あんまり春川さんを困らせちゃダメだよ」
彼女の悪ふざけが目に余ったのか、ジュンくんが京極さんをそう諫めた。
「分かったよ。静かにすっから」
「うん、そうして。ごめんねー、二人とも。京極さんちょっとお調子者なとこあるからさ」
ジュンくんはバックミラー越しにこちらに笑顔を向ける。見るからに爽やか好青年だ。あくまで表面上はだけれど。
「いえ……。とても楽しいです」
冬木さんはそう言って笑うと半井さんに「ね?」と同意を求めた。半井さんは「そうですね!」と語彙力皆無に答える。どうやら冬木さんより半井さんの方が数倍緊張しているらしい。
「ジュン! 次のSA寄って。ヤニ吸いたい」
「りょうかい……。じゃあそろそろトイレ休憩にしようか」
それから程なくして車はSAに停車した。鍵山邸まであと半分だ。
「おかえり。コンサートどうだった?」
家に帰ると京介が出迎えてくれた。良妻賢母みたいな口調に思わず口元が緩む。
「良かったよ! あの子すごいねー! ちょっとウルッときちゃったもん」
「なら良かったよ。兄貴とは? 大丈夫だった?」
「大丈夫。まぁ普通よ普通」
私はそう話ながらコートをハンガーに掛けた。
「そう、夕飯にしちゃっていいかな?」
「うん。お願い」
それから京介は用意していた夕食をテーブルに並べてくれた。ポークシチューとサラダとバケット。やたら朝食みたいな夕食。
「ごめんね。兄貴と食べてくると思ったから軽めにしか作らなかったんだ」
「大丈夫だよぉ。むしろ京介のポークシチュー好きだしありがたいよ」
京介の作るポークシチューは絶品なのだ。お世辞抜きにファミレスなんかよりずっと味が良いと思う。
それから私は無我夢中で遅い晩ご飯を食べた。至福の時間だ。今日一日の緊張と疲労がほどけていく。
「兄貴と喧嘩にならなくて良かったよ」
私のシチュー皿が空くと同時に京介はそう言って安堵のため息を吐いた。そして「正直心配してたんだ」と付け加える。
「そうだよね。ごめんね。心配させちゃって」
「いや、何事もなかったなら良かったんだけどさ。……でも意外だったね。まさか兄貴からコンサートに誘うなんてさ」
「本当だよね。まったく……。まぁ惣介らしいって言えばらしいけどさ」
惣介らしい。思わずそんな言葉が口からこぼれた。別れてから一〇年になるというのにまだ私の中には当時の名残があるらしい――。
翌日。私は本社に出社せずに直接山梨県に向かっていた。運転はジュンくん、助手席には京極さん。リアシートには私と冬木さんと半井さん。そんな感じで車内は女子率八〇パーセントだ。
「しっかし今日は随分と大所帯だね」
京極さんはそう言って後ろを振り向きながら私たち三人の顔を品定めでもするみたいに見渡した。
「ちょっと京極さん。シートベルトしなさいよ。高速なんだから危ないでしょ!」
「チッ。はーい、先生分かりましたー」
京極さんはまるで小学校の遠足で注意される子供みたいにふて腐れるとシートベルトを締めた。そして「はーい先生! シートベルトできましたー」とウザったらしく続ける。
「京極さん。あんまり春川さんを困らせちゃダメだよ」
彼女の悪ふざけが目に余ったのか、ジュンくんが京極さんをそう諫めた。
「分かったよ。静かにすっから」
「うん、そうして。ごめんねー、二人とも。京極さんちょっとお調子者なとこあるからさ」
ジュンくんはバックミラー越しにこちらに笑顔を向ける。見るからに爽やか好青年だ。あくまで表面上はだけれど。
「いえ……。とても楽しいです」
冬木さんはそう言って笑うと半井さんに「ね?」と同意を求めた。半井さんは「そうですね!」と語彙力皆無に答える。どうやら冬木さんより半井さんの方が数倍緊張しているらしい。
「ジュン! 次のSA寄って。ヤニ吸いたい」
「りょうかい……。じゃあそろそろトイレ休憩にしようか」
それから程なくして車はSAに停車した。鍵山邸まであと半分だ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる