月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第二章 フユシオン

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 冬木さんはそこまで話すと窓辺に視線を向けた。相変わらず目の焦点は定まらない。
「……それからはとても慌ただしかったです。兄が歩道橋の階段から落下したって連絡が来て、その日のうちに兄は息を引き取りました。母から聞いた話では意識は一度も戻らなかったそうです。アレですね。きっと打ち所が悪かったんだと思います」
 冬木さんはまるで他人事みたいに話すとハエでも追い払うみたいに首を横に振った。
「それは……。ご愁傷様です」
 私は反射的にそう答える。
「ありがとうございます。まぁ……。なんて言うんですかね。正直、兄が亡くなった頃はあまり悲しいとは感じなかったんです。多少泣けるようになったのもつい最近でした……。私、薄情ですよね?」
「いえ、そんなことは……」
 私はまた反射的に答えた。まるでAIがプログラムで返すみたいに。もちろん不誠実に答えたつもりはない。私の反応に構うことなく冬木さんは続ける。
「きっと兄は私の一部だったんです。もちろん独立した二人の人間ではあるんですが『冬木紫苑』としては完全に私たちは一人だったんだと思います。二人でやっと一人前の作家。兄が死んでハッキリそう気づかされました」
「本当に……。お辛かったんですね」
「まぁ……。そうですね。今思うと辛かったんだと思います。大好きだった兄がもう帰ってこない。それは私にとっては天地がひっくり返るくらいの出来事だったように思います。そして……。それ以上に私と兄が二人で築き上げてきた『冬木紫苑』という作家が消えてしまうんじゃないかって怖くなりました。たぶん私にとって『冬木紫苑』は自分の命そのものだったんです。だから……」
 冬木さんはそこまで言うと半井さんの方を向いた。
「だから半井先生と茅野さんには本当に感謝してるんです。半井先生がいなかったらきっと私は完全に筆を折っていました。もしかしたら命を絶っていたかもしれません。それぐらい私にとって『冬木紫苑』は大切な存在なんです」
 気がつくと冬木さんの目から涙が零れ落ちていた。それは頬を伝ってテーブルに何滴かの水たまりを作っていた。その水滴に窓から差し込む日差しが反射して光る。
「なんか……。まとまりない話になってしまいましたね。すいません」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
「たぶん、私自身も未だに気持ちの整理が出来てないんです。兄が死んで、母の仕事が時短勤務になって、茅野さんが私の担当介護士になってくれて……。本当に色んなことが変わりました。ようやく慣れたと思ってたんですけどね」
 冬木さんはそこまで話すと目元をハンカチで拭った――。
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