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第一章 二つの鍵盤
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冬木さんの作品の内容は彼女の性格とはかなりかけ離れていた。突拍子のないストーリー、ヤンチャで融通の利かない主人公、意地悪く張り巡らされた伏線。それらが複雑に絡み合って物語を形成している。
ページを捲るたびに新しい発見があり、思わせぶりな台詞の一つ一つが興味を引く。そんなエンタメ作品だ。単純に面白い冒険活劇。素直にそう思った。
そうやってページを捲っているとあっという間に第一章を読み終えてしまった。かなりのハイペース。この調子なら今日中にこれ一冊読み切れるかも知れない。
「お疲れ様です!」
私が読書に集中していると後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声。黒髪で長いポニーテール。メイクのせいで目つきが悪そうに見えるつり目の女性……。弊社の問題児。京極裏月だ。
「お疲れ様です。早かったね」
私はそう言いながら小説に栞を挟んでテーブルの上に置いた。
「うん、道空いてたからねぇ。ってか珍しいね。ラノベ読むなんて」
京極さんはそう言うと私の本を手に取った。
「ああ、今この本の作者さんと面談してきたからね……」
「ふーん……。あ、この作者知ってるよー。冬木紫苑じゃん! 人気だよね」
「あら? 京極さんも小説読むの?」
「ん? ああ、私はあんまり読まないよ。でもこの人だけは知ってた。ほら、何ヶ月か前に『異世界奇譚』ってアニメの主題歌の話回ってきてたじゃん」
そう言われて私はハッとした。『異世界奇譚』という名前。思えばそれ自体聞き覚えがあったのだ。
「そうだったね。すっかり忘れてたよ……」
「おいおい、一応企画部だろ? 大丈夫かよ?」
「うっさいなぁ。私だって何から何まで把握はしてないっつーの」
「うっわ! 開き直りやがったよ! マジないわー」
京極さんは呆れたような顔をするとケタケタ笑った。つられて私も笑う。
「とにかく! 今回はそれとは別件なのよ。冬木さんに歌詞を書いて貰う予定だからね」
「ああ、西浦さんから聞いたよ。……しっかし、本当にあのばあちゃん変なこと思いつくよねぇ。内部で作詞作曲したって変わんないと思うんだけど」
どうやら京極さんは今回の企画に否定的なようだ。まぁ当然だろう。彼女のバンドはインディーズ時代からずっと自分たちで作詞作曲しているし、そもそも今回の企画には乗り気ではないのだろう。
「そうねー。言いたいことは分からなくもないけど……」
「じゃん! つーかさ。ウチらは自分で演奏したり歌ったりすんだから曲作りは身内で固めたいんだよね。あうとそーしんぐ? って言うんだっけ? 正直外部の人間入れるとかマジ勘弁なんだよね」
やれやれ。また京極さんのワガママが始まった。彼女にはこういうところがあるのだ。よく言えばこだわりがある。悪く言えば独りよがりって奴だ。
「ねぇ京極さん。あなたが言いたいことは十二分に分かるわ」
私はわざわざあらたまった言い方をして京極さんの目を真っ直ぐ見つめた。
「でもね。やったことないならやるべきだと思うよ? それでやってダメだったらやめればいいだけだしね。やりもしないで否定するのは良くないわ。まずは行動! で、失敗したらやり直すかやめるかするわけ。トライアンドエラーよ? 分かる?」
私はできる限り諭すように彼女にそう伝えた。そして「それでもダメなら蹴っ飛ばせばいいよ」と付け加える。
「うーん。……。まぁね。陽子さんの言いたいことは分かるよ? 西浦さんの言ってることだって分かるさ」
京極さんは絞りきったレモンを無理矢理搾るみたいな顔をしながら続ける。
「なんつーかさ! 私バカだから陽子さんみたいに『ろんりてき』なことは言えないけど。なんとなく嫌なんだ。理由なんて単純だよ。それこそ気に入らないってだけ。だからさ」
京極さんはそこまで吐き出すと「ふぅー」と不細工な表情でため息を吐いた。
「あんまりその顔はしないほうがいいよ? 京極さんってしゃべらなければ綺麗に見えるんだから」
「ん? 何だよ。褒めてんのか貶してんのか分かんないこと言って」
京極さんは少しだけ嬉しそうにむくれた顔になった。やはりこの子は可愛いのだ。単純なルックスだけなら上の下ぐらいになると思う。上の下。世の男どもが最も求めるルックスだ……。
「とにかく! プロジェクトは動き出してるわ! だからある程度のところまではやるしかないのよ。……。まぁ、それで問題の方が多ければやめればいいんじゃない?」
「……腑に落ちないなぁ。まぁいいよ。今回は付き合う。私はただの運転手だしね」
京極さんはそう言うと長い黒髪を掻き上げた――。
コーヒーショップを出ると目の前の路肩に彼女の車が停まっていた。太陽を反射するレッドメタリックのボディ。家族向きじゃないツーシーター。マツダのロゴ。私でも知っているスポーツカー。ロードスターだ。
「ピカピカだね」
私は彼女の車を感心するように見渡した。指紋の跡一つない。低い車高のせいで天井の輝きが目に染みる。
「でしょ? めっちゃ気ぃ遣って乗ってるからねぇ」
「まさか土禁?」
「……まぁいいよ。泥がついてなけりゃそのままで」
京極さんはそう言いながらも私の足下に視線を落とした。きっと汚れているかどうか確認したのだろう。
「大丈夫よ。先週おろしたばっかだから」
私はそう言うと真新しいパンプスの靴底を彼女に見せた。
「ん? ああ、そうね……。じゃあ乗って! 約束の時間まで余裕あるけど早めに出よう」
京極さんはそう言うと私に助手席に乗るように促した。
「高速乗るからね」
「うん。どれくらい掛かりそう?」
「うんとねー。だいたい二時間ってことかなぁ。私の母方の実家の近くなんだよねー」
京極さんはそう言うとナビに住所を打ち込んだ。山梨県甲府市。私の知らない土地だ。
「山梨ってことは従兄弟くんのご実家?」
「そだよー。あいつんち! ま、今回はあそこには寄らないけどね」
「あら? 寄ってもいいのよ? 時間はあるから」
「いや……。いいよ。行ったら行ったで気を遣わせそうだしね」
京極さんは語尾を濁しながら苦笑いを浮かべた。おそらく今はあまり親戚と顔を合わせたくないのだろう。
そうこう話していると車は首都高速に乗った。ペーパードライバーという割には運転が上手く感じる。
「運転上手いのね」
「ありがとう。……いや、実はさ。私、中学の頃から無免でよく運転してたんだよね」
京極さんは悪びれる様子を見せながらそんなことを言い出した。中学生で無免。ということは運転歴は私よりずっと長いかもしれない。
「はぁーん……。やっぱり不良ね」
「……否定はしないよ。でも上京してからは控えたんだよ? 茨城の叔父さんがなかなかイカれててさ。私に色んなこと教えてくれたんだ」
彼女は懐かしそうに言うとカップホルダーからマルボロを取り出して一本口に加えた。
「土禁なのにタバコはいいのね?」
私はそんな皮肉を彼女に投げつけた。京極さんは私に構うことなくタバコに火を点ける。
「ああ、こればっかりはね。自分の車買ったら綺麗に乗って喫煙車両にしたかったんだよね」
「本当はタバコやめてほしいのよね。一応あなたヴォーカルよ?」
「まぁ……。ねぇ。そうだね。気を付けるわ」
気を付けるわ。その言葉とは裏腹に彼女はタバコの煙を思い切り吸い込んだ。この嫌煙のご時世にはあり得ないような吸いっぷりだ。もし今でもタバコのCMが放送していたらオファーがくるかもしれない。
「タバコもそうだったなぁ。叔父さんから教わったよ。あとはパチンコと酒ね。マジで不良だよ。今はその延長線って感じ」
「……まぁいいわ。昔は昔だもんね。でも! お願いだからメディア露出でそれを言わないでね! 絶対干されるから!」
「ああ、分かってるよ……。今は簡単に炎上すっからね」
京極さんは苦い顔をして言うともう一口煙を吸い込んだ――。
移動中。私は京極さんから預かった資料に目を通した。最初に西浦さんに貰った資料より少しだけ情報が増えている。
作曲志望者の名前は鍵山月音。年齢は一七歳。山梨県甲府市在住。生まれつき目が不自由でずっと盲学校に通っている。好きな音楽のジャンルは古典音楽。現在はクラシック曲調のボーカロイド楽曲を製作している……。そんな内容だ。
「ねえ京極さん? ボーカロイドに詳しい?」
「ああ、ボカロね。使ったことはないけど何となくは分かるよ」
「そっかぁ……」
ボーカロイド。これも私にとってはだいぶ縁遠い世界だ。
「鍵山さんボカロPらしいねー。ま、これは西浦さんからの受け売りだけどさ。陽子さんは鍵山さんの曲聴いた?」
「一応はね。でも……。正直よく分からなかったのよね」
「ハハハ、だろうね……。確かに鍵山さんの書いた曲って陽子さんの好みじゃなさそうだったからね」
京極さんはそう言うと嬉しそうに「私もわかんねーから大丈夫」とダメ押しした。
「たぶん……。私はあの手のテイストは苦手なんだと……思うかな」
そこで一旦言葉を句切る。このままではいけない。京極さんにやることの素晴らしさを訴えなければ。そんな浅ましい考えが打算的に脳をかすめる。
「でもやるさ……。まずはやる! それが大事だからね」
どうにかそれだけ絞り出す。でもその言葉は最高に歯切れが悪かった。打算と信念。残念ながらその相反する思いが含まれた言葉しか吐き出せない。
「おいおい……。大丈夫かよ」
京極さんは呆れながら言うとまたタバコを口に加えた。狭い車内に再びタバコの匂いが充満した。
ページを捲るたびに新しい発見があり、思わせぶりな台詞の一つ一つが興味を引く。そんなエンタメ作品だ。単純に面白い冒険活劇。素直にそう思った。
そうやってページを捲っているとあっという間に第一章を読み終えてしまった。かなりのハイペース。この調子なら今日中にこれ一冊読み切れるかも知れない。
「お疲れ様です!」
私が読書に集中していると後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声。黒髪で長いポニーテール。メイクのせいで目つきが悪そうに見えるつり目の女性……。弊社の問題児。京極裏月だ。
「お疲れ様です。早かったね」
私はそう言いながら小説に栞を挟んでテーブルの上に置いた。
「うん、道空いてたからねぇ。ってか珍しいね。ラノベ読むなんて」
京極さんはそう言うと私の本を手に取った。
「ああ、今この本の作者さんと面談してきたからね……」
「ふーん……。あ、この作者知ってるよー。冬木紫苑じゃん! 人気だよね」
「あら? 京極さんも小説読むの?」
「ん? ああ、私はあんまり読まないよ。でもこの人だけは知ってた。ほら、何ヶ月か前に『異世界奇譚』ってアニメの主題歌の話回ってきてたじゃん」
そう言われて私はハッとした。『異世界奇譚』という名前。思えばそれ自体聞き覚えがあったのだ。
「そうだったね。すっかり忘れてたよ……」
「おいおい、一応企画部だろ? 大丈夫かよ?」
「うっさいなぁ。私だって何から何まで把握はしてないっつーの」
「うっわ! 開き直りやがったよ! マジないわー」
京極さんは呆れたような顔をするとケタケタ笑った。つられて私も笑う。
「とにかく! 今回はそれとは別件なのよ。冬木さんに歌詞を書いて貰う予定だからね」
「ああ、西浦さんから聞いたよ。……しっかし、本当にあのばあちゃん変なこと思いつくよねぇ。内部で作詞作曲したって変わんないと思うんだけど」
どうやら京極さんは今回の企画に否定的なようだ。まぁ当然だろう。彼女のバンドはインディーズ時代からずっと自分たちで作詞作曲しているし、そもそも今回の企画には乗り気ではないのだろう。
「そうねー。言いたいことは分からなくもないけど……」
「じゃん! つーかさ。ウチらは自分で演奏したり歌ったりすんだから曲作りは身内で固めたいんだよね。あうとそーしんぐ? って言うんだっけ? 正直外部の人間入れるとかマジ勘弁なんだよね」
やれやれ。また京極さんのワガママが始まった。彼女にはこういうところがあるのだ。よく言えばこだわりがある。悪く言えば独りよがりって奴だ。
「ねぇ京極さん。あなたが言いたいことは十二分に分かるわ」
私はわざわざあらたまった言い方をして京極さんの目を真っ直ぐ見つめた。
「でもね。やったことないならやるべきだと思うよ? それでやってダメだったらやめればいいだけだしね。やりもしないで否定するのは良くないわ。まずは行動! で、失敗したらやり直すかやめるかするわけ。トライアンドエラーよ? 分かる?」
私はできる限り諭すように彼女にそう伝えた。そして「それでもダメなら蹴っ飛ばせばいいよ」と付け加える。
「うーん。……。まぁね。陽子さんの言いたいことは分かるよ? 西浦さんの言ってることだって分かるさ」
京極さんは絞りきったレモンを無理矢理搾るみたいな顔をしながら続ける。
「なんつーかさ! 私バカだから陽子さんみたいに『ろんりてき』なことは言えないけど。なんとなく嫌なんだ。理由なんて単純だよ。それこそ気に入らないってだけ。だからさ」
京極さんはそこまで吐き出すと「ふぅー」と不細工な表情でため息を吐いた。
「あんまりその顔はしないほうがいいよ? 京極さんってしゃべらなければ綺麗に見えるんだから」
「ん? 何だよ。褒めてんのか貶してんのか分かんないこと言って」
京極さんは少しだけ嬉しそうにむくれた顔になった。やはりこの子は可愛いのだ。単純なルックスだけなら上の下ぐらいになると思う。上の下。世の男どもが最も求めるルックスだ……。
「とにかく! プロジェクトは動き出してるわ! だからある程度のところまではやるしかないのよ。……。まぁ、それで問題の方が多ければやめればいいんじゃない?」
「……腑に落ちないなぁ。まぁいいよ。今回は付き合う。私はただの運転手だしね」
京極さんはそう言うと長い黒髪を掻き上げた――。
コーヒーショップを出ると目の前の路肩に彼女の車が停まっていた。太陽を反射するレッドメタリックのボディ。家族向きじゃないツーシーター。マツダのロゴ。私でも知っているスポーツカー。ロードスターだ。
「ピカピカだね」
私は彼女の車を感心するように見渡した。指紋の跡一つない。低い車高のせいで天井の輝きが目に染みる。
「でしょ? めっちゃ気ぃ遣って乗ってるからねぇ」
「まさか土禁?」
「……まぁいいよ。泥がついてなけりゃそのままで」
京極さんはそう言いながらも私の足下に視線を落とした。きっと汚れているかどうか確認したのだろう。
「大丈夫よ。先週おろしたばっかだから」
私はそう言うと真新しいパンプスの靴底を彼女に見せた。
「ん? ああ、そうね……。じゃあ乗って! 約束の時間まで余裕あるけど早めに出よう」
京極さんはそう言うと私に助手席に乗るように促した。
「高速乗るからね」
「うん。どれくらい掛かりそう?」
「うんとねー。だいたい二時間ってことかなぁ。私の母方の実家の近くなんだよねー」
京極さんはそう言うとナビに住所を打ち込んだ。山梨県甲府市。私の知らない土地だ。
「山梨ってことは従兄弟くんのご実家?」
「そだよー。あいつんち! ま、今回はあそこには寄らないけどね」
「あら? 寄ってもいいのよ? 時間はあるから」
「いや……。いいよ。行ったら行ったで気を遣わせそうだしね」
京極さんは語尾を濁しながら苦笑いを浮かべた。おそらく今はあまり親戚と顔を合わせたくないのだろう。
そうこう話していると車は首都高速に乗った。ペーパードライバーという割には運転が上手く感じる。
「運転上手いのね」
「ありがとう。……いや、実はさ。私、中学の頃から無免でよく運転してたんだよね」
京極さんは悪びれる様子を見せながらそんなことを言い出した。中学生で無免。ということは運転歴は私よりずっと長いかもしれない。
「はぁーん……。やっぱり不良ね」
「……否定はしないよ。でも上京してからは控えたんだよ? 茨城の叔父さんがなかなかイカれててさ。私に色んなこと教えてくれたんだ」
彼女は懐かしそうに言うとカップホルダーからマルボロを取り出して一本口に加えた。
「土禁なのにタバコはいいのね?」
私はそんな皮肉を彼女に投げつけた。京極さんは私に構うことなくタバコに火を点ける。
「ああ、こればっかりはね。自分の車買ったら綺麗に乗って喫煙車両にしたかったんだよね」
「本当はタバコやめてほしいのよね。一応あなたヴォーカルよ?」
「まぁ……。ねぇ。そうだね。気を付けるわ」
気を付けるわ。その言葉とは裏腹に彼女はタバコの煙を思い切り吸い込んだ。この嫌煙のご時世にはあり得ないような吸いっぷりだ。もし今でもタバコのCMが放送していたらオファーがくるかもしれない。
「タバコもそうだったなぁ。叔父さんから教わったよ。あとはパチンコと酒ね。マジで不良だよ。今はその延長線って感じ」
「……まぁいいわ。昔は昔だもんね。でも! お願いだからメディア露出でそれを言わないでね! 絶対干されるから!」
「ああ、分かってるよ……。今は簡単に炎上すっからね」
京極さんは苦い顔をして言うともう一口煙を吸い込んだ――。
移動中。私は京極さんから預かった資料に目を通した。最初に西浦さんに貰った資料より少しだけ情報が増えている。
作曲志望者の名前は鍵山月音。年齢は一七歳。山梨県甲府市在住。生まれつき目が不自由でずっと盲学校に通っている。好きな音楽のジャンルは古典音楽。現在はクラシック曲調のボーカロイド楽曲を製作している……。そんな内容だ。
「ねえ京極さん? ボーカロイドに詳しい?」
「ああ、ボカロね。使ったことはないけど何となくは分かるよ」
「そっかぁ……」
ボーカロイド。これも私にとってはだいぶ縁遠い世界だ。
「鍵山さんボカロPらしいねー。ま、これは西浦さんからの受け売りだけどさ。陽子さんは鍵山さんの曲聴いた?」
「一応はね。でも……。正直よく分からなかったのよね」
「ハハハ、だろうね……。確かに鍵山さんの書いた曲って陽子さんの好みじゃなさそうだったからね」
京極さんはそう言うと嬉しそうに「私もわかんねーから大丈夫」とダメ押しした。
「たぶん……。私はあの手のテイストは苦手なんだと……思うかな」
そこで一旦言葉を句切る。このままではいけない。京極さんにやることの素晴らしさを訴えなければ。そんな浅ましい考えが打算的に脳をかすめる。
「でもやるさ……。まずはやる! それが大事だからね」
どうにかそれだけ絞り出す。でもその言葉は最高に歯切れが悪かった。打算と信念。残念ながらその相反する思いが含まれた言葉しか吐き出せない。
「おいおい……。大丈夫かよ」
京極さんは呆れながら言うとまたタバコを口に加えた。狭い車内に再びタバコの匂いが充満した。
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