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罪の在り方2
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まさか救護団と共にいらっしゃるとは、思いもよりませんでした」
ルドルフはハーミヤに湯気の上がるマグカップを手渡しながらそう言った。物資の提供や諸作業を終えて、二人は兵舎の一室で休憩していた。
「ダーウェントの窮状を知り、どうしても力になりたくて。飛び出してきてしまいました」
あっけらかんとして言うハーミヤに、ルドルフは目を瞬かせた。
「飛び出して……、ということは」
「はい、お兄様やお姉様には酷く反対されました。それからお父様にも」
ハーミヤはテーブルの下で手遊びしながら罰が悪そうな顔をした。
「それはそうでしょう。疫病が広まっている街に王女自ら赴くなんて、本来ならあり得ないことですよ」
「でも、王族である私自ら足を運ぶことで苦しんでいる人々を勇気づけることができたら、それは十分意味のある行動だとは思いませんか?」
ルドルフは先程ハーミヤが感染者達の前に出て行った時のことを思い出す。
ハーミヤは持ってきた薬や物資を直接患者達へと手渡すと、話し相手になったり介抱したりと忙しなく動き回った。
ルドルフが温石を渡した老爺もまた、ハーミヤから毛布を手渡されて鼻をすすっていた。
ハーミヤの来訪によって暗く閉鎖的だった部屋が、随分と明るくなった。そのことを思えば、ハーミヤの軽率とも取れる行動を批難することはできなかった。
「それにしても、ハーミヤ様が私のことを覚えていて下さったことには驚きました」
ルドルフがハーミヤと初めて会ったのは、ヨハンス三世によって連れてこられたこのダーウェントに連れてこられた六年前のことだ。二週間ほどしか共に過ごした時間はなかったので、ハーミヤには既に忘れられていると思っていた。
「忘れるわけありません」
ルドルフの言葉にハーミヤは僅かに拗ねたような口調で言った。
「ああ、この容姿では記憶に残りますよね」
「確かにそれは否定しませんけれど、それだけではなくて。ルドルフは私にとって大切な友人であり、同じようにお父様から名前を頂いた家族でもあるのですから」
親はなく、名前すらなかった素性の知れないルドルフのことを、王族であるハーミヤは気にした風もなく家族と呼んだ。
恐れ多いことではあるが、それ以上に嬉しくてルドルフは顔を綻ばせた。
「でも私も驚きました。まさか貴方が騎士団にいるなんて。どうして入隊したのですか?」
「これは私の思い上がった考えなのですが」
「なんです?」
ルドルフは口ごもりながらも促されて言葉を続けた。
「少しでも陛下やハーミヤ様の力になりたくて、微力ながら国を守ろうと思い立ち、騎士団に入隊したのです」
ヨハンス三世は孤児であったルドルフを拾い名を与えてくれた大恩のある人物で、ハーミヤは他者と異なる容姿であったルドルフを差別から庇ってくれた人物であった。
二人は共にルドルフにとって大切な存在で、今度は自分が守っていく対象でもある。
しかしどんなに思いが強くとも、一介の兵士であるルドルフができることなど限られている。
なんだか気恥ずかしくなって、ルドルフはハーミヤと目を合わせることができなかった。
そんなルドルフにハーミヤは微笑んだ。
「思い上がりだなんてとんでもないです。そんな風に思ってくれていたなんてとても嬉しいです」
ハーミヤの反応にルドルフは安堵した。
「あの、どうしても聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
ハーミヤは視線を彷徨わせたあと、躊躇いがちに口にした。
「昔、貴方は他の人と容姿が異なることをとても気にしていましたよね。それでも自分と同じ人がどこかにいるかもしれないって話してました。でも、結局この国にも貴方と同じ人はいなかった。失望、してしまいましたか?」
気落ちした風に語るハーミヤにルドルフは首を横に振った。
「いいえ。私はハーミヤ様が私の髪と瞳の色を好きだと言って下さった時から、もう自らの容姿が他者と違うことに悲観することはなくなりました。私の祖国は、このクライネ王国以外どこにもありません」
晴れやかな表情でルドルフが語ると、ハーミヤは安堵の表情を浮かべた。
「なんだか変わりましたね、ルドルフ」
「そうでしょうか。私はハーミヤ様の方がお変わりになられたと思います」
「私ですか?」
「はい。あまりにもお美しくなっていらっしゃったので、すぐにハーミヤ様とは気付けませんでした」
ハーミヤは顔を赤らめると、ソワソワとしだした。
「な、なんだかやっぱり変わりました。そんなことを言うなんて」
「そうでしょうか? でも、本当のことですから」
ルドルフが淡々と事実を述べると、ハーミヤは困ったように俯いた。
ハーミヤ達救護団がダーウェントに滞在すること二週間。未だ病の治療法は発見できず、体力のない子どもお年寄りを中心に被害は拡大していった。
いつものように病人の看病を行なっていたルドルフの目に、咳き込むハーミヤの姿が映った。
しかし当の本人はそれを気にも留めずに介護を行う為に走り回っていた。
たまらずルドルフはハーミヤへと駆け寄り声を掛けた。
「ハーミヤ様、先程咳き込んでいらっしゃったようですが……」
「大丈夫よ、朝から走り回っていたから少し疲れているだけだから」
ハーミヤはなんでもない風に言って笑った。
しかしその額には大粒の汗がびっしりと浮かんでおり、とても大丈夫そうには見えなかった。
なんだか嫌な予感がしてルドルフはなおも進言した。
「ハーミヤ様、少し休みましょう。貴女が倒れては元も子もありません」
「……わかりました。でも、このタオルを取り替えてからでもいいですか? すぐに終わりますから」
そう言って踵を返そうとするハーミヤの手首をルドルフは掴んだ。不敬だとは思ったがすぐにでも休ませたかった。
「ハーミヤ様、お願いですから」
「ルドルフ……」
真剣な表情で言うと、ハーミヤはやがて頷いた。
ルドルフがハーミヤの手を引いて歩き出すと、すぐに疑問の声が飛んできた。
「ルドルフ? そっちは居室ではないです。どこへ行くのですか?」
しかしその声も今のルドルフにはきちんと聞こえていなかった。
咳、玉のような汗、覚束ない足取り、そして何より触れた手首は人の体温とは思えぬほどに熱い。
ひと月この兵舎で病人の世話をしてきたルドルフにはすぐにわかった。
医務室へとハーミヤを連れてくると、すぐに医師に診察をさせた。出された結果は耳を塞ぎたくなるものだった。
「感染しております……。ハーミヤ様」
ハーミヤはそれをどこか他人事のような顔で聞いていた。それからルドルフの方を振り返って困ったように微笑んだ。
「助けに来た筈なのに感染してしまうなんて、本当に駄目な王女ですね、私」
ハーミヤは自らを責める物言いをして、そしてなんでもない風に笑って見せた。
それが強がりとわかってはいても、彼女が必死に平常心を保って付けた仮面をはがすような真似はルドルフにはできなかった。
ルドルフはハーミヤに湯気の上がるマグカップを手渡しながらそう言った。物資の提供や諸作業を終えて、二人は兵舎の一室で休憩していた。
「ダーウェントの窮状を知り、どうしても力になりたくて。飛び出してきてしまいました」
あっけらかんとして言うハーミヤに、ルドルフは目を瞬かせた。
「飛び出して……、ということは」
「はい、お兄様やお姉様には酷く反対されました。それからお父様にも」
ハーミヤはテーブルの下で手遊びしながら罰が悪そうな顔をした。
「それはそうでしょう。疫病が広まっている街に王女自ら赴くなんて、本来ならあり得ないことですよ」
「でも、王族である私自ら足を運ぶことで苦しんでいる人々を勇気づけることができたら、それは十分意味のある行動だとは思いませんか?」
ルドルフは先程ハーミヤが感染者達の前に出て行った時のことを思い出す。
ハーミヤは持ってきた薬や物資を直接患者達へと手渡すと、話し相手になったり介抱したりと忙しなく動き回った。
ルドルフが温石を渡した老爺もまた、ハーミヤから毛布を手渡されて鼻をすすっていた。
ハーミヤの来訪によって暗く閉鎖的だった部屋が、随分と明るくなった。そのことを思えば、ハーミヤの軽率とも取れる行動を批難することはできなかった。
「それにしても、ハーミヤ様が私のことを覚えていて下さったことには驚きました」
ルドルフがハーミヤと初めて会ったのは、ヨハンス三世によって連れてこられたこのダーウェントに連れてこられた六年前のことだ。二週間ほどしか共に過ごした時間はなかったので、ハーミヤには既に忘れられていると思っていた。
「忘れるわけありません」
ルドルフの言葉にハーミヤは僅かに拗ねたような口調で言った。
「ああ、この容姿では記憶に残りますよね」
「確かにそれは否定しませんけれど、それだけではなくて。ルドルフは私にとって大切な友人であり、同じようにお父様から名前を頂いた家族でもあるのですから」
親はなく、名前すらなかった素性の知れないルドルフのことを、王族であるハーミヤは気にした風もなく家族と呼んだ。
恐れ多いことではあるが、それ以上に嬉しくてルドルフは顔を綻ばせた。
「でも私も驚きました。まさか貴方が騎士団にいるなんて。どうして入隊したのですか?」
「これは私の思い上がった考えなのですが」
「なんです?」
ルドルフは口ごもりながらも促されて言葉を続けた。
「少しでも陛下やハーミヤ様の力になりたくて、微力ながら国を守ろうと思い立ち、騎士団に入隊したのです」
ヨハンス三世は孤児であったルドルフを拾い名を与えてくれた大恩のある人物で、ハーミヤは他者と異なる容姿であったルドルフを差別から庇ってくれた人物であった。
二人は共にルドルフにとって大切な存在で、今度は自分が守っていく対象でもある。
しかしどんなに思いが強くとも、一介の兵士であるルドルフができることなど限られている。
なんだか気恥ずかしくなって、ルドルフはハーミヤと目を合わせることができなかった。
そんなルドルフにハーミヤは微笑んだ。
「思い上がりだなんてとんでもないです。そんな風に思ってくれていたなんてとても嬉しいです」
ハーミヤの反応にルドルフは安堵した。
「あの、どうしても聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
ハーミヤは視線を彷徨わせたあと、躊躇いがちに口にした。
「昔、貴方は他の人と容姿が異なることをとても気にしていましたよね。それでも自分と同じ人がどこかにいるかもしれないって話してました。でも、結局この国にも貴方と同じ人はいなかった。失望、してしまいましたか?」
気落ちした風に語るハーミヤにルドルフは首を横に振った。
「いいえ。私はハーミヤ様が私の髪と瞳の色を好きだと言って下さった時から、もう自らの容姿が他者と違うことに悲観することはなくなりました。私の祖国は、このクライネ王国以外どこにもありません」
晴れやかな表情でルドルフが語ると、ハーミヤは安堵の表情を浮かべた。
「なんだか変わりましたね、ルドルフ」
「そうでしょうか。私はハーミヤ様の方がお変わりになられたと思います」
「私ですか?」
「はい。あまりにもお美しくなっていらっしゃったので、すぐにハーミヤ様とは気付けませんでした」
ハーミヤは顔を赤らめると、ソワソワとしだした。
「な、なんだかやっぱり変わりました。そんなことを言うなんて」
「そうでしょうか? でも、本当のことですから」
ルドルフが淡々と事実を述べると、ハーミヤは困ったように俯いた。
ハーミヤ達救護団がダーウェントに滞在すること二週間。未だ病の治療法は発見できず、体力のない子どもお年寄りを中心に被害は拡大していった。
いつものように病人の看病を行なっていたルドルフの目に、咳き込むハーミヤの姿が映った。
しかし当の本人はそれを気にも留めずに介護を行う為に走り回っていた。
たまらずルドルフはハーミヤへと駆け寄り声を掛けた。
「ハーミヤ様、先程咳き込んでいらっしゃったようですが……」
「大丈夫よ、朝から走り回っていたから少し疲れているだけだから」
ハーミヤはなんでもない風に言って笑った。
しかしその額には大粒の汗がびっしりと浮かんでおり、とても大丈夫そうには見えなかった。
なんだか嫌な予感がしてルドルフはなおも進言した。
「ハーミヤ様、少し休みましょう。貴女が倒れては元も子もありません」
「……わかりました。でも、このタオルを取り替えてからでもいいですか? すぐに終わりますから」
そう言って踵を返そうとするハーミヤの手首をルドルフは掴んだ。不敬だとは思ったがすぐにでも休ませたかった。
「ハーミヤ様、お願いですから」
「ルドルフ……」
真剣な表情で言うと、ハーミヤはやがて頷いた。
ルドルフがハーミヤの手を引いて歩き出すと、すぐに疑問の声が飛んできた。
「ルドルフ? そっちは居室ではないです。どこへ行くのですか?」
しかしその声も今のルドルフにはきちんと聞こえていなかった。
咳、玉のような汗、覚束ない足取り、そして何より触れた手首は人の体温とは思えぬほどに熱い。
ひと月この兵舎で病人の世話をしてきたルドルフにはすぐにわかった。
医務室へとハーミヤを連れてくると、すぐに医師に診察をさせた。出された結果は耳を塞ぎたくなるものだった。
「感染しております……。ハーミヤ様」
ハーミヤはそれをどこか他人事のような顔で聞いていた。それからルドルフの方を振り返って困ったように微笑んだ。
「助けに来た筈なのに感染してしまうなんて、本当に駄目な王女ですね、私」
ハーミヤは自らを責める物言いをして、そしてなんでもない風に笑って見せた。
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