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第16話

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 朝日が昇れば仕事に行かないといけない。メグはミコトを残すのが心配で仕方がなかったが、普通の人間として生きるためには千華の生活も守らなくてはならない。いやいやながら家を出て、バレないように千華に変身してから出勤した。
 ミコトは大人しくしているように言われたが、実を言うとそれに従うつもりはなかった。大人しくしているのでは、何をしに来たのかわからない。別に、鍵がかかっていたとしても問題はない。彼は壁をすり抜けることができた。服や持ち物ごと。

 街を歩けば、通りすがりの人が振り返るほどに彼の外見は目立って輝いていた。小学生だとしたら学校はどうしたんだろうという違和感を持たれたのもある。というのもあって、警察官に捕まってしまった。
「きみ、学校はどうしたの?」
 青年男性の警察官が、背を低くして尋ねた。ミコトは微かに笑った。
「お巡りさん、パトカーに乗せてくれる?」
 そう答えると、警察官は、一瞬固まったが、いいよ、と答えた。
 といってもその時は徒歩で、パトカーが近くにあるわけでもない。
「交番に行かないとないんだけど、歩いて付いてこられる?」
「おぶってよ」
 警察官はしゃがみ込んでミコトを背に乗せた。周りの人が何事かと一瞬見たが、すぐに気にしなくなった。
 どうやら、ミコトには人の心を操る能力があるらしい。ただし完全な能力ではない。一瞬、変だなと思うこともあるし、何かのきっかけで我に返ることもある。それに、ものは違えど同じように不思議な力を持つメグには効きめが薄いようだ。メグは素でミコトに惑わされているだけである。しかし、その外見や仕草を含めてミコトの能力だから、やはり効いているのかもしれない。それから、ハルトにはまったく効かない。

 無事パトカーの後部座席に乗ると、ミコトは喜んで大はしゃぎした。そして警察官はいつも通りパトカーをまるでミコトを忘れたみたいに発進させ、いつもと同じコースで街を回った。サイレンを鳴らしてと言われると言われた通りに鳴らした。そのうちミコトが自分で前に移ってきて、色々いじり始めた。ミコトは非常に頭が良いため、運転を見ているだけで車の操作まで全部覚えてしまったのだが、実際に操作するには手足が短くて難しい。その身体がハンドルやペダルに届かなければ運転はできない。

 ひとしきり楽しんでから交番に戻った。ミコトは未練なく交番を出て、一人散歩を続けた。困ったことに、そろそろ戻ろうと思っても、道がわからなくなった。いくら記憶力があっても人間の街というのは慣れていないので難しい。ではまずメグの元に来たのはどうやったのかというと、メグ本人がいる場所は神通力でなんとなくわかった。そこで適当な車を捕まえてむりやり自分を連れて行かせたのだった。ところが今はメグが会社にいるので、家の場所がわからない。つまり、メグより先に帰ることができない。
(どうしよう、これじゃお姉ちゃんを心配させてしまう……)
 さすがにその程度は気になった。そうなると選択肢は、2つ。諦めてのんびり過ごして、メグを心配させるか、会社に会いに行くかだろう。
 まあ、後はメグのことは忘れてまた別の適当な家に転がり込むのでもいいが……さすがに、信義にもとるというもの。一宿一飯の恩がある。ミコトは人外だが、そこまで善良な心がないことはない。昨日は食事もさせてもらって、服とか買ってもらって……それが惜しいというのもあるのはあるが。

 ミコトは会社に向かうことにした。とはいうものの、今すぐに会社に入ると迷惑だろう。ましてあんまり長居すると、彼が会社の人をみんな魅了してしまうことになりかねない。なので、会社のそばまで来てから、メグが帰る時に合わせて会おうと思った。あとはそれまでどこか、近くで過ごせる場所もあるだろう。
「あれ、なんかすごいかわいいのがいる」
 自分のことが呼ばれた気がしてミコトが振り返ると、若い女性が三人いた。それぞれずいぶんと髪の色からつま先まで個性的で派手な格好をしている。おそらくはギャルというものだろう。
「え、迷子? お母さんお父さんはいる?」
「ううん、いないよ」
「一人でここまで来たの?」
「そうだよ」
 女性たちは顔を見合わせた。保護すべきものかどうなのか。
「まあ、言うて私らだって補導される立場だし」
「それはそう」と少女らは笑った。見た目よりも実際には幼いらしい。
 ミコトはそれを見上げてまっすぐに言った。
「お姉ちゃんたち、ぼくと一緒に遊ばない?」
「えっ、こんな子供にナンパされちゃった」
「街を色々見て回ったりしたいの」
「なんだ観光客かあ?」
「みんなが普段行ってるとこでいいから」
 ひそひそと少女らは集まって相談する。
「どうしよう? いくらなんでも、今日行くところには連れていけないよね」
 今日行こうとしているところというのはとても子供には見せられない、本来なら少女たちでも犯罪というところなのだが、悪い子なので遊ぶ金欲しさもあってそれをやっている。
「じゃ、今日は行くのやめよっか」
 一人がいうとあっさり少女たちはそれに同意し、ミコトのために今日を使うことにした。金はほしいが、それよりもなんとなくミコトのためにそうした方がいいような気がした。
 ミコトとしてはその悪いところにも行ってみたかったが、少女たちの良心がその通り働いていたし、まあ今のところどちらでも良かったので特に何も言わなかった。
 悪いところといっても、人間というか生き物であればミコトに危害を加えることはできない。あるいは桁違いに強力な相手だと少し危ない。でもそれは近づく前にミコトの方が気配を察して逃げることもできるし、そもそもハルトみたいなやつはめったにいるものではないはずだ。
 みんなでカラオケに行ったり喫茶店に行ったりした。ミコトは歌なんて知らないから少女たちが歌うのに合わせてなんとなく声を出すだけだが、それが良かったようですごく可愛がられた。
 二時間くらい遊んだが、そろそろ本当におうちに帰らないといけないんじゃないのかと心配された。しかしその帰る家の場所がわからない。それを言うとややこしくなるので、ミコトは気にしないでいいよと答えた。
「そっか……じゃあ、またね」
 それから、あっさりとその場で少女たちと別れた。彼が人の心を操る能力を使ったのは、声をかけた時と別れの時に、相手の違和感を消した二回だった。お巡りさんと違って、職務があるわけでもないし、性格も軽かったから、あんまり誘導とかする必要なくミコトと遊んでくれた。ミコトとしては満足な結果だった。

 ふっと、何か急に、太陽が雲に隠れたかのような錯覚を覚えた。自分のいた場所が切り取られ、違う空間がその場に現れたかのようだ。空間の中からは外が見える。人々がみんな時間がゆっくりであるかのようになっている。上を見ると、輪郭がはっきりしないが、なんだか怪物かぐちゃぐちゃにレゴを組み立てたおもちゃめいたものが浮かんでいる。かっこいいともなんとも思えない、なんだこれというようなもの。そしてその見た目のように、何も目的がないかのようにふらふら漂っていたが、ミコトと目が合った。目というが、どこが目なのか、とにかくこちらを認識した気がした。ミコトはちょっとだけ怖いと感じた。あれは生き物ではなさそうで、操ることが不可能らしい。といって強いとも思えない、動きも鈍そうだし。何がしたいのかわかんない。
 その時だ。西洋の鎧みたいなのがどこかから飛んできて、その空間に入ってきた。あれも、人間が入ってないのはミコトにはすぐにわかった。しかしあっちは子供心にもカッコいい、飾りっ気のない灰色なのがまたなんとなく渋い気がした。そいつは剣を持ち怪物を倒した。倒してしまうと、特に感慨もなくどこかへ帰っていって、空間も元に戻った。
「人の世にも変わったやつがいるんだなあ」
 面白いとは思うけど、困ったとも思う。さとり妖怪というのがいて、心を読むことができたが、偶然飛んできた斧が当たって退治されたとかいう昔話をミコトは知っている。ミコトも、人の心をいくら操れたとしても、ああいうヘンテコなのに襲われでもしたらちょっと困る。ハルトは無理でも、せめてメグを操って守ってもらえたらいいと思うけど、まだまだそれには力が足りないようだ。

「古在さん、お迎えが来てますけど……」
 会社の受付をやっていた同僚に言われて、魔法少女メグの正体、あるいは世を忍ぶ仮の姿、普通OL古在千華はまた首を傾げた。なんかこんなこと前もあったな。
「もしかして前も来た若い男性ですか?」
「いいえ、なんていうか……ちっちゃな子なんですけど、すごく不思議な感じの……」
「えっ、ミコトくんかな」
 てっきりハルトかと思い少し迷惑だったが、そっちは予想外だった。ミコトは入口のソファに座ってもらったジュースを飲んでいた。
「ミコトくん、どうしたの? よくここまで来れたね、お金あった?」
 うちに置いてたお金があったのかな、それとも、子供だとタダで電車とか乗れるんだったかな……。だが、それ以前にこの会社の場所がわからないはずだった。
「お姉ちゃんについてきました」
 千華はメグと呼ばれたら困るなと思ったが、お姉ちゃんと呼んでくれて嬉しかった。
「いや、ついてきたって、朝から!? それは大変だったでしょう、もしかしてそれで今までずっと迷ってたの?」
 今というのはもうほとんど終業時間に近く完全に夕方だった。
「あ、いや……」
 ミコトは口ごもった。千華もここで話すとちょっとアレかな、良くないかなと思った。
「後で話を聞かせてね、私はもう少し仕事があるから……もう少しだけ待てる?」
「待ってますよ」
 ホッとして千華は仕事に戻ったが、今の姿でミコトくんと顔を合わせるのは初めてだったよなと思うと冷や汗が出る。できたらずっとメグのままでいたかった。あの子も、ハルトくんと同じで、外見はあまり気にしない方なのだろうか。それはそれで微妙な気持ちにならないでもない。可愛くなっても褒めてくれないし……と、そういうところは不満もあるのだった。
 でもそれは自分が悪いのだ。彼らがそういう存在なのはわかっているから、褒められたければ違う相手にアプローチをしなければならない。違う相手というのは今まで私をブサイクとかそういう目で見てきた連中のことだ。そういう連中だからこそ、かわいい子には手のひらを返して褒めるし、こちらだって見返してやりたい思いもあったが、目の前にするとそういうのに近寄りたいと思えなかった。だからこそハルトくんが察して私を褒めてくれたらいいのに!
 おそらくは無茶なことを期待しているのは千華も自覚している。けど、と葛藤してしまうことが多い。もうずっとメグの姿でいたいくらいだというのに、仕事があるせいで長い時間をこの、あまり好きじゃない「千華」として過ごさないといけないのは、とてもつらいこと。とも思うし、それでも素直にとらえれば今までの生活より単純に楽しみが追加されたともいえる。明日は何をしようかと寝る前にベッドの中で嬉しく考えたりする。まあ、今のところやりたいことほとんど実現できていないけれど……。
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