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第9話

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 急ぐことはないとハルトは自分に言い聞かせる。言われたではないか。ロールキャベツは普通の人間である。どうして自分を異世界に戻す力があろうか。期待しすぎてはいけない。
「ではなぜ会う必要がある」
 ひとりつぶやくが、それはわからない。当てがそれ以外にない、頼る人なんていないから会う。どうなるかなんてわかりはしない。
 もしかしたら、この世界にも異世界を渡れる能力者がいるかもしれない。魔法少女もいるのだから、と。頭の片隅にそんな考えが浮かんだが、それこそそんな当てがない。実在すら不明なのだから。
 彼は自分の家でただ待つ時間を過ごすが、思うに、快適になりすぎている。もっと……地べたで寝てた頃の気持ちを忘れないようにしなくては……。
 細々した大変な仕事、人探しとか、荷物運びとか、何でも屋の仕事をしつつひたすら待った。とてつもなく長い気がしたが、1週間後に電話が来た。会っても良いというのだ。

 ふたたびロールキャベツの自宅へ来た。ポールが出迎え、キャベツ氏は居間で気難しそうな顔をして出迎えた。今回も、ハルトは異世界フル装備である。キャベツ氏は素晴らしい美人であったが、顔色が悪く目にくまがあった。生活習慣に乱れがあると見える。
「どうだい彼は」とポールが言った。「実にクレイジーじゃないか。ハルトに生き写しだろう?」
「さあね」不機嫌そうにキャベツは答えた。「言いたいことがないでもないけど、まずは話を聞きましょう」
 全員ソファに腰掛けてハルトが話し始める。
「信じていただく他ないのですが、私は本の世界からこの世界に転移してきました。それも、どうやらロールキャベツ様のお書きになった本の世界からなんです」
「そんなバカな。あなた、頭は大丈夫なの?」
「いや、彼はすごいよ、ハルトのように超能力が使えるんだ」ポールが助け舟を出した。
「だからってそれがハルトとは限らないじゃない」
「これはどうでしょうか」
 ハルトはアイテムボックスから小さな宝石を取り出した。それはストーリー上で重要な、人から託された形見の宝石なのだ。
「……ああ、これは……」
 まさしく作中の描写通りのものだが、実はキャベツ、こと龍神丸子自身の憧れの品でもあったらしく、それを作中に登場させたのだ。丸子が持っていたというわけではなく、有名な憧れの宝石というだけだが……。まさしくそのものに見えるものを見て少し気持ちを動かされた。だが、まだまだである。
「でも、あなたは私のハルトじゃないわ。あなたの姿は私のとは違うもの。それは挿絵の姿じゃないの」
「本当は違うとおっしゃるのですか?」
「私の心の中では違うのよ」
「それは……なぜ違うのかは……わかりません。本の世界であって内心の世界ではないのかも……」
「じゃあ、私には関係ないじゃない! 何を求めているの、私に! あのね、私ははっきりいって行き詰まってるわ。確かに、続きを出せなくて、困ってる。それで何かアイデアにでもなるかと思ってあなたに会ってみようと思ったけど、あなたは何を求めているの」
「それは……一番の願いがあります。あの世界に戻りたいということです。ご存知の通り、私は戦わなければならないからです」
「それは最新刊のあの世界の続きになりたいってこと? でも勝てないわよあのままじゃ」
「それでも、戦って死にます。仲間も皆死なせてしまったのですから……」
「私の書いたことに不満があるっていうの!」
「いやそんなことは……いえ、そうです。不満があります」
「ああ聞きたくない聞きたくない。そりゃあ、私だってなんでこうなったかなんてわかんないわ!」
 ヒステリックにキャベツは叫んだ。ハルトもつい声を高めた。
「ロールキャベツさん、創造主、あなたはどうしてこんなひどい世界を創ったのですか! 人々はなんのためにあんな悲惨な世界に生きていくことになってしまったのか、騙し合い、裏切りばかりで、教育も食料もない世界に」
「そんなの知らないわよ、私が作者なんだから勝手だわ! 神様に逆らうな! お前たちがどうなろうとひたすら崇めていればいいのよ。だいたいこっちの世界だって、中世はもっとひどかったことも知らないの?」
 あざけるように言い返した。
「でも、創るのは今のあなたなんだから、もっとよくできたはずじゃないですか、私のために言ってるんじゃないんです、生きていけなかった人たちのために!」
「それで? 私のことを責めて、それからどうしようっていうの? 自称ハルトさんは」
 その質問に深く息を吸い、決意した声でハルトは話した。
「あなたが書いた世界でこうなったんだから、これから全員が救われるようにしてもらえませんか。私があの世界に戻るのはもう無理だとしても、誰かが代わりに悪魔王を倒して、それから世界が平和で豊かになるようにしてほしいんですけど……それとできたらそのために死んだみんなを生き返らせて……」
 横で聞いていたポールが驚いて口を挟んだ。
「それでいいのか? 君自身が全然救われないじゃないか。でも作中では全員救われるのか……?」
「いいんです。別に死ぬわけじゃないと思いますし……どうなるんでしょうね? どっちにしても覚悟はできてますから」
 そんなハルトに余計ロールキャベツは怒って立ち上がった。
「そういう話にはしないから。絶対にしないわ。黙って悲惨に死ね! 作品のために!」
「生み出した世界や人間への愛はないんですか」
「愛があるからやってんのよ。あの子たちも喜んでいるはずだわ。だってその御蔭で作品が売れてるんだもの」キャベツの作品が売れ始めたのは今作からであった。「だいたい、あんたはハルトじゃないわ。そう言ったじゃない。ってことはあなたの世界とやらも私とは無関係!」
 キャベツは怒って自分の部屋にこもってしまって、それで話は終わりとなった。

 仕方なく退出するしかないハルトを見送りするポールが、気の毒そうにしていた。
「彼女もずっと行き詰まって神経質になっていてね……全員殺して終わりにしたいと言ってるくらいなんだよ。まあ、私は本人がするならそれも仕方がないと思ってたけど、まさかそこから人が出てくるとは……」
「お二人には申し訳なくも思っています、でも私も諦めるわけにはいきません。ただ、途方に暮れる思いもします。どうすればいいのか……私も少し考え方を変えないといけないのかも……またお会いしに来るかもしれません。お元気で」
「ああ。じゃあ、ハルトさん、お身体に気をつけて」
 来たのが遅かったので、外はすっかり夜だった。

 雲の上、月まで届くかというくらい高く飛び、ふわふわ浮かびながらハルトは考える。世界をハッピーエンドにしてもらえれば、きっとあの世界の人々も幸せになれるに違いない。だが、逆に皆殺しにされたらどうなるのか。私も死ぬのだろうか。小説の上では、仲間は皆死んだが私はまだ生きている。主人公が生きているから話が一応続いている。
 あのキャベツの様子だと当てつけに自分も殺されるなんてこともあるかもしれない。だが、そんな作家ではないだろうとも思う。彼女はそんなことで話を変えない、立派な作家のはずだ。だから困っているのだが。
 それにしても、「あんたはハルトではない」とキャベツは言った。確かに他人の脳内のイメージを完璧に絵にできるわけもないだろう。そこは、ずっと不思議な話ではあるものの、何かのヒントでもあるのかもしれない。彼女がすべてをコントロールできるわけではなく、あくまでも本の世界なのではないだろうか。そして、それが……それがどうなる。例えば、別の人間が続きを書けば……。そんなこと、キャベツが許すわけはない。同人誌だったらどうだろう? 勝手にネットに連載してしまえば? ただの単なる勝手なファンの二次創作扱いで、彼女も読者も認めないだろう。
 ともかく、色んな可能性を考えないといけないとハルトは思った。そういうのはあまり得意ではないのだ。自分の仲間に賢者がいて、いつも困った時はあの人に頼っていた。仲間が死に始めた最初の方で死んでしまったが。あの人が生きていれば! 作者次第で生き返るかもしれないが。
 ハルトは世界を救いたい一心なので、芯からそれが良いと思っているが、作品としてははたして良いのかはわからない。それぞれの視点が違いすぎるのだ。
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