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第1章:池の霊コーディ
第6話:コーディの仇
しおりを挟む「待たせてごめん」
「ううん、時間通りだよ」
土曜日の朝。待ち合わせ場所はアカデミーの東門。デートに身構えていると思われたくなくて約束の時間5分前に寮を出たルイスだったが、結局はフィオナを待たせてしまって後悔することになった。
(次は絶対早めに来よう)
(ついてきてくれた……)
人知れずルイスが決意する一方で、フィオナは彼の背後にちゃんとコーディがついてきていることを確認して安堵していた。
「行きたいとこってどこ?」
「王立図書館」
「……」
行き先は若い男女がデートをするような場所ではなかった。買い物だとか美術館だとかを予想していたルイスは、目的地を聞いて正直テンションが下がった。
(何か企んでんのか……?)
そして何故図書館に行くのにわざわざ自分を誘ったのか、その理由が気になった。
ルイスの立場上、命を狙われる可能性は常に念頭に置いている。ただ、フィオナが敵であるとはどうしても思えなかった。胸元の赤いオーラが、はっきりとルイスに対する好意を示しているからだ。
「……あ!」
微妙な距離感で歩いていると、前方を横切る男性にフィオナが駆け寄った。
「エイマーズ卿、こんにちは」
「きみはこの前の……」
(コイツと俺を会わせたかったのか……?)
社交的なイメージのないフィオナがこの状況でわざわざ彼に近づいたのには理由があるはずだとルイスは考えた。エイマーズ卿と呼ばれた男性をじっくり観察したが、もちろん見覚えはなかった。
「彼は友達のルイスです」
「ルイス・ブローンです」
「こんにちは。クリス・エイマーズです。王立図書館の司書をやってます」
『……』
フィオナはルイスを紹介しながらチラチラとコーディの表情を窺うが、なかなか感情を読み取れない。少なくとも喜んでいるようには見えなかった。
「今日はお休みですか?」
「ああ。毎年コーディの誕生日と命日にはお墓に花を供えに行くんだ」
「そうなんですね……」
私服で花束を手に持つクリスが向かう先はコーディのお墓。偶然にも今日はコーディの誕生日だった。生きていたら22歳になるが、霊は歳をとらない。コーディの見た目は学生の時のまま変わっていなかった。
「あの……私達も一緒に行っていいですか?」
「え……でも、どこか行くところがあったんじゃないのかい?」
「大丈夫です。ね、ルイス」
「俺は別にどこでもいいよ」
「ほ、本当に??」
友達だと紹介されたものの、この年頃の男女が二人で出掛けるなんてそうあることではない。二人の関係を"いい感じ"だと思い込んでいたクリスは、デートの行き先がお墓で本当にいいのかと気が引けて何度も聞き返した。
『何か企んでるとは思ってたけど……余計なことをしてくれたな』
「このにおい……レモングラスですか?」
自分とクリスを引き合わせるためにルイスを連れ出したのだと知ったコーディは文句を口にした。予想外の反応に内心戸惑いながらも、反応するわけにもいかずフィオナは会話を続ける。
「ああ。これを嗅ぐと集中力が増すって言って、試験前によく置いていたよ」
「リラックス効果もありますね」
「よく知ってるね。僕も最近紅茶で飲んでるんだけど、寝つきがよくなったんだ」
『……紅茶飲めなかったくせに』
コーディの眉間に深く刻まれていたシワが少し和らいだ。
余計なことだと小言を言ったものの、コーディはクリスに対して憎しみを抱いているわけではない。
4年が経った今でもコーディに関する思い出話をしてお墓に足を運んでくれる友人はクリスだけだろう。嬉しくないわけがなかった。
「クリス……? クリスじゃないか!」
「……!」
『!!』
大通りから小道に入ったところで見知らぬ男が寄ってきた。金髪のオールバックに無精髭。そして手や首にジャラジャラと重ねられたアクセサリー……正直、クリスと仲が良いタイプの人間には見えなかった。
男はクリスの名前を親しげに呼んだが、クリスは眉間に皺を寄せて険しい表情を見せた。
「俺だよデリックだよ!」
「ああ……久しぶり」
男の名前はデリック・カルヴァート。4年前、クリスを脅してコーディを池に突き落とした張本人である。
「お前今何してるんだ? 教師か?」
「いや、司書だよ」
「へーえ……」
デリックはクリスの背後にいるフィオナとルイスに視線を向けたが、クリスはそれを遮るように前に出た。
「なあ、稼いでるなら10万リルくらい貸してくれないか?」
「……」
「すぐ返すさ! 10倍にして返してやる!」
クリスがデリックと顔を会わせたのは卒業以来だったが、彼が今日までどんな人生を歩んできたかは大まかに知っていた。
卒業してすぐ、デリックは病に臥せた父の代わりに侯爵家の当主代理を務めることになった。最初こそ大胆な経営戦略を称賛されていたものの、1年も経たずに投資に失敗。赤字が続きついには領地を手放すまでに至ったと新聞に載っていた。
アクセサリーで着飾ってはいるが、見る人が見れば高価な物じゃないとすぐわかるだろう。今や高位貴族の面影はなく、お金に困っていることは容易に想像できた。
『クズが……!!』
「絶対に嫌だ」
不躾なデリックの態度に、コーディは怒りが爆発する寸前だった。
今にも力を使いそうなコーディにフィオナがハラハラしていると、クリスがキッパリと断った。その語気は強く、明確に拒絶を示していた。
「君に貸す金は1リルたりともない」
「何だと……!」
「暴力で解決するのかい? あの時みたいに」
「ッ!」
「その結果が今の君の姿だろう」
怒りを露わに詰め寄ってきたデリックに対してクリスは一歩も引かなかった。
気弱で自分の言いなりになっていたクリスが真っ向から反抗してくるとは思わなかったんだろう。デリックは思わず怯んだ。
「ここで騒ぎを起こしたとして、浮浪者の君と司書の僕……治安隊はどちらの言葉を信じるかな」
「クソッ」
今となっては社会的な地位はクリスの方が上だと言える。治安隊を呼ばれたら分が悪いのは間違いなくデリックの方だった。勝ち目がないと判断したデリックは逃げるように去っていった。
「……あんな大人になっちゃダメだよ」
「はい」
振り返ったクリスは苦笑して言った。
「彼は侯爵家の長男だったんだけど、今じゃあの有様だ」
侯爵家の長男と聞いて、先程の男がコーディを池に突き落とした張本人だったんだとフィオナは察した。
「報復しようとは思わなかったんですか?」
「……過らなかったわけじゃないけど……あんな奴のことを考えるより、コーディと自分のために勉強していた方が有意義だろう?」
「……そうですね」
『……』
コーディの意志を継いで司書になり、デリックを前に気丈に振る舞った友の姿が、コーディにはどう映っただろうか。フィオナは背後にいるコーディの表情が穏やかであることを祈った。
***
「今日はありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「はい」
その後、フィオナとルイスはコーディのお墓の掃除を手伝って祈りを捧げた。コーディはその間もブツブツと文句を言っていたが満更でもない様子だった。
「図書館は行かなくていいの?」
「あ……うん。連れ回してごめんね」
「別にいいよ」
『まったくだ! 彼からしてみたら知らない人の墓参りとか意味わかんないだろ』
フィオナはコーディの言う通りだと思った。図書館に行きたいと連れ出したくせに、結局訪れたのは他人の墓地。
元はと言えばルイスのよからぬ噂を払拭するためだったが、ファーノン教授やクリスの話を聞くうちに、コーディが抱く憎しみや憤りを少しでも軽くしてあげたいと考えるようになったのだ。
(変に思われたよね……)
こういう行動が人から気味悪がられるということはよくわかっていた。フィオナはルイスの顔色を窺う。普段と変わらない態度のように見えたが、その心中はわからない。
「えっと……ルイスはどこか行きたいところある?」
「……」
「ルイス?」
時刻はお昼前。どうせならお昼ご飯を一緒に食べるくらいはしたいとフィオナは考えて、ルイスに声をかけるも返事はない。無視してるわけではなく、前方を注視しているからだった。
「おー、マジで超可愛いじゃん」
「へへへ、でしょう? 紹介料を……」
「ほらよ」
「ありがとうございます!」
ルイスの鋭い視線の先には4人の男がいて、そのうちの1人はデリックだった。
どうやら午前中に会った時、容姿の整ったフィオナに目を付けたらしい。デリックが連れてきた男達は裏社会で人身売買を生業としている犯罪者達だ。
「ルイス、逃げて……!」
「友達を見捨てるわけねーだろ」
「!」
フィオナはルイスに逃げるように促したが、彼はフィオナを庇うように前に出た。
ルイスの口から当たり前のように出てきた「友達」という単語に、フィオナの胸がドクンと高鳴る。意味不明な行動で振り回した直後に、こうもはっきり「友達」と言ってもらえたことが予想外で、嬉しかったようだ。
「ダサい男は需要ねーんだよ」
「さっさと消えグハッ!!」
「なッ……!?」
ルイスに詰め寄った男が吹っ飛んだ。一瞬の出来事に、この場にいた全員が唖然とする。
「この……ッ!」
「うぐッ!!」
続いて同時に襲いかかってきた残りの二人も、ルイスはいとも簡単に返り討ちにしてみせた。
振りかざされた拳を最小限の動きで避け、一人は脇腹に、もう一人には鳩尾に一発ずつ蹴りを入れた。学校で「ダサい」と言われているルイスからは想像できない身のこなしだった。
男達は全員地面にひれ伏し、ピクリとも動かない。気を失っているようだ。
「ひいい……」
『救いようのないクズだな……』
「うわああ!?」
予想外の展開に狼狽え、金を持ってこっそり逃げようとしたデリックだったが、コーディがそれを許さなかった。
路地裏でゴミを漁っていたカラスにデリックを襲わせる。彼がジャラジャラと付けているアクセサリーはカラス達のお気に召したようで、コーディが能力を使わずとも次々とカラスが集まってきた。
呪いでもかけられたかのような状況に恐怖心を煽られ、デリックは気絶した。
「あ……ありがとう。強いんだね……」
「……護身術だよ。俺はコイツら縛っとくから、治安隊呼んできてくれる?」
「わかった」
護身術にしてはすごすぎる気がしたが、フィオナは突っ込んだ質問はやめておいた。
「……コーディさんもありがとう」
『俺は長年の鬱憤を晴らしただけだ。あースッキリした』
ルイスと離れて、後ろについてきたコーディに対してもお礼を伝えると彼はニカっと笑った。その表情から彼の晴れやかな気持ちが伝わってくる。
『ここを曲がってすぐ右側にパン屋がある』
「?」
『そこで売ってるたまごサンドがすごく美味しいから食べてみるといい。……クリスとよく、一緒に食べたんだ』
「……!」
その情報は土地勘のないフィオナにとってありがたかった。左手に見える路地に可愛らしい看板を確認して、フィオナは小さく頷いた。
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