私はガチファンなので!!

itoma

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第5話:刺繍コンテスト

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「今年もたくさんのご令嬢に参加頂き、とても嬉しく思います」

 今日はついにやってきた、刺繍コンテストの日。
 皇宮の西館のイベントホールに集まった令嬢は約30人。賞金のおかげもあって過去最高の参加者らしい。
 皇后陛下をこんなに間近で見るのは初めてだ。さすが帝国一の女性権力者……立って挨拶の言葉を述べているだけなのに気品が溢れ出ている。ただ美しいだけではなく、その表情、語気から芯の強さのようなものを感じた。

「今回は特別審査員がいます」
「皆さんご機嫌よう。ラウラ・ホルヴァートでございます」

 そしてその隣に立つ可愛らしい皇女様。12歳ながらも完璧な挨拶を見せてくれた。

「今年のテーマは……''動物"です」
「制限時間は6時間。お飲み物や軽食はご自由にお取りください」

 コンテストでは当日にテーマが発表されて、そのテーマに沿う作品を制限時間内に完成させる。優勝者を決めるのは毎年皇后陛下だったけど、今回は皇女様が選ぶらしい。
 参加者からは戸惑う様子が見られた。おそらく皇后陛下好みの刺繍を練習してきたんだろう。審査員によって好みが分かれるのは当然のこと。12歳の皇女様が気に入る動物は何なのか……参加者達は周りの様子を窺い、なかなか刺繍に手をつけようとはしなかった。

「モニカさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう……ソフィア様」
 
 ソファ席で刺繍に取り掛かろうとした私の前に現れたのは……伯爵令嬢のソフィア様だった。
 社交パーティーでは適当に過ごしているからあまり人の名前は覚えていない。彼女は社交界でも目立つ存在だったから、なんとか名前を思い出せてよかった。
 
「モニカさんは何をお作りになるのかしら」

 にこやかで愛想の良い笑顔を浮かべているけど、おそらく刺繍が上手いと噂の私の真似をしようという魂胆だろう。

「よかったらこちらにお掛けになって、一緒にやりましょう」
「え、ええ」

 私はソフィア様を自分の隣に誘導した。
 私が今からする刺繍は、見られたところで真似できないだろうし、真似しようとも思わないだろう。


***


「そこまで。完成品はこちらのテーブルに置いてください」

 6時間が経過し、令嬢達の作品が長机に並べられていく。
 審査するのが皇女様ということで、ネコやウサギなどの可愛らしい動物の作品が多いようだ。そんな中、私の作品は異質だった。
 私が刺繍したのは熊。「くまさん」ではなく「熊」である。鋭いキバと爪を特に丁寧に仕上げた結果、周りのウサギを捕食してしまいそうなくらいリアルに出来上がった。
 私の刺繍が完成に近づくにつれドン引きしていくソフィア様は少し面白かった。

「今から審議を始めますので……」
「いいえお母様。もう決まりましたわ」
「あら」
「この刺繍が一番素敵です」

 皇女様が目を輝かせて手に取ったのは私の作品だった。

「この大きなお口に鋭いキバ……熊の獰猛さがよく表現されていてとてもかっこいいです!」
 
 そう……私は、皇女様は強いものが好きだと知っていた。熊を選んだのは、3年前の狩猟大会でクリスト騎士団長が皇女様に献上したことがあるからだ。
 
「優勝は……モニカ・シュレフタ子爵令嬢です」

 こんな恐ろしい熊が12歳の少女に選ばれるとは思わなかったんだろう、まばらな拍手から戸惑いが伝わってくる。

「おめでとうございます」
「光栄でございます」

 前に出て、皇后陛下から宝石がついたネックレスを貰う。トロフィーのようなものだけど、きっとこれも高価な物に違いない。

「賞金をお渡ししますので、別室にご案内します」
「はい」

 本当に……1万イエンを戴けるのね……!
 念願のカメラが一歩近づいたという事実に、私はゴクリと生唾を呑んだ。


***
 

「まずはおめでとうございます。素晴らしい作品だったわ」
「ありがとうございます」
 
 まさか皇后陛下と皇女様と向かい合って座る日が来るなんて。
 背筋を伸ばして綺麗な姿勢を意識しつつも、ついつい目線は賞金が入っているであろう鞄にいってしまう。やべ、侍従の人と目が合ってしまった。

「刺繍はいつからやっているの?」
「14歳くらいからです」
「たった3年でこんなに上手になれるのね。先生はどなたなの?」
「特には……あ、姉ですかね」
「あら」

 刺繍はアメリア姉さんにやり方を教えてもらったくらいで、特に誰かに師事してもらったことはない。一人で黙々とクリスト騎士団長にまつわる物を刺繍していたら勝手に上達していっただけだ。

「実は……今回賞金を設定して参加人数を増やしたのは、皇女の刺繍の先生を捜していたからなの」

 今年の参加者が多かったのは私のように賞金に釣られた人がいたから。そこまでして分母を増やしたのは、別の目的があったのか。

「モニカさん……ラウラの刺繍の先生になってくれないかしら」
「!」
「授業は週に1回、契約期間はとりあえず1年。給料は……月に6000イエン」
「!!」

 月に4回の勤務で6000イエンということは日給にして1500イエン。これは魅力的すぎる……!
 
「やらせていただきます」
「ありがとう」
「やったあ! よろしくお願いします、モニカ先生!」
「はい。よろしくお願いします」

 私の刺繍のスキルがこんなに役に立つとは思わなかった。皇室との契約期間が終わったら刺繍教室を開くのもいいかもしれない。
 
「では私達は失礼するわ」
「はい」
「それでは早速契約書を……」


***


「大金を持つことになりますので、帰りは皇室の馬車をご利用ください。護衛の騎士も付けますのでご安心を」
「ありがとうございます」

 何枚かの契約書にサインをして、賞金1万イエンを確認して手続きは終了。あとは親の同意書を貰ってこなくちゃだけど、自分でお金を稼ぐことにお父様が反対するわけがないから大丈夫だろう。

「!」
「……!?」
 
 侍従の人と部屋を出たところにクリスト騎士団長がいて、二人揃って固まった。偶然通りかかったわけではなくて、扉の前で待ち構えていたという感じだ。皇后陛下と皇女様はもう戻ったのに、何でだろう。

「クリスト騎士団長……どうされたんですか?」
「護衛が要ると聞いた」
「そうですが……だ、団長がですか……?」
「ああ」

 たかが子爵令嬢の送迎に帝国最強の騎士団長が??いやいや、そんなわけないでしょ。

「ここからは俺が案内する」
「か、かしこまりました」

 かしこまらないでよ!!私の必死の訴え(目線)も虚しく、侍従の人は賞金の入った鞄をクリスト騎士団長に預けてそそくさと去ってしまった。

「……ラドミール・クリストです」
「ぞ、存じております。モニカ・シュレフタです」

 何千、何万回と心の中で呼んだ名前。それでも本人の口から紡がれるその名前のパワーはすごかった。
 どうしよう、緊張で足が動かない。

「……あ……気が利かなくて申し訳ありません」
「へっ!? ち、違っ……自分で歩けます! 何なら走れます!!」
「走るのはどうかと……」
「そうですね……!!」

 いつまでも動こうとしない私を見て、「エスコートしろ」の意味だと勘違いしたクリスト騎士団長が手を差し伸べてくれた。
 この手を取るわけにはいかない。私は震える足に鞭を打って前へ前へと動かした。

「刺繍コンテスト、優勝したんですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます……!」

 推しの隣を平常心で歩くなんて不可能だ。今の私は歩くという基本動作さえままならないのに、更に優勝を祝ってもらえるなんて何事か。私……明日死ぬのかな。

「あ、あの……馬車は私一人で大丈夫ですので……」
「いえ、一緒に乗ってお護りします」
「でも、お忙しいのでは……」
「いえ全然」

 これ以上推しの空気を浴びたら確実に召される。一緒に馬車に乗ることだけはなんとしてでも避けたいのに、何でこんなに食い下がってくるの……!

「……ティナ!」
「え……モニカ? 何で団長と……」

 外に出て馬車まであと50メートルくらいというところで、特訓を終えたらしい騎士達を見つけた。こんなに騎士がいるんだから、私なんかの護衛にクリスト騎士団長が付かなきゃいけない理由なんてないはずだ。私は一目散にティナに駆け寄った。

「訓練終わった? 一緒に帰ろ!!」
「終わったけど……」
「護衛はティナにしてもらいますので!」
「しかし、彼女はまだ訓練生です」
「団長! 皇帝陛下がお呼びです」

 ほらやっぱり忙しいじゃん!クリスト騎士団長を呼びに来てくれたアプソロン卿が救世主に見えた。

「ここまで送っていただきありがとうございました」
「……また会えますか?」
「!?」

 深々と下げた頭を戻すと、目の前のクリスト騎士団長は捨てられた子犬のような顔をしていた。普段のクールフェイスからは考えられない言動に、私だけでなくティナもアプソロン卿も目を見開いて驚いていた。

「む、無理です……」
「エッ」
「で、では!!」

 こんな奇跡のような一日は、人生で一度だけで十分だ。私はティナの手を引っ張って馬車へ駆け込んだ。
 
「……」
「団長……ドンマイです」
「無理って言われた……」
「き、きっと照れてるんですよ!」

 
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