フィレディック・マーニー

puco

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第一章 

それはまるでホラー映画のような

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 長いようで短いような眠りから浮上した意識から重い瞼を開くと、目の前を見たこともない風景が耳障りな音を立てながら流れていた。窓を向かいに椅子に腰かけて眠っていたようだ。生き物の息遣いを外に感じるこの乗り物は、舗装されていない道を走っているらしく、時折ガタゴトと体を揺らす。

(――いつの間に馬車になんて乗っていたのだろうか)
「――は?馬車?」

 んなわけない。そんなもん有名な観光名所か北の国くらいだろ。
 寝ぼけた頭で聞こえた声にツッコミを入れる。

「は……?」

 よくよく目を凝らして見れば、目の前にあったのは窓ではなく、窓の外を映したテレビだった。どうやら車窓からの景色を流しているらしい。ナレーターの声はなく、風景にそぐわないノイズがブチブチと切れながら流れている。なんだかな。
 あたりを見渡すといっても、テレビの発するブルーライトが淡く広がるだけの真っ暗な部屋の中で、一人ポツンと座ってテレビを見ている状況。違和感があるとしたら、周囲は右も左も天井も背後も、目を凝らしても壁らしい壁は見えず、深い闇に覆われてる。人の気配は無く、皮膚を通して感じるのは、この部屋の外にそれなりに大きな何かが蠢いているような感覚だけという、なんともホラー的な展開だ。そういえば、数年前に似たような映画が流行ったな。
 ジジジと不協和音がいっそう不規則に鳴り、青白い光を放つテレビは、違う風景を映し出す。何々?と覗き込んですぐに体を仰け反らせた。

「っ!?」

 画面の切り替わりの際、何か巨大な生き物の目に見つめられた気がした。
 赤い目だった。下瞼からは溢れた赤黒い血が幾筋も流れ、白目を充血させたそれはぎょろりと動き、俺と視線が合わさったその時、けたたましい騒音と共に画面を砂嵐が襲い、そして先ほどの風景へと変わった。マジか。ここはホラーな世界観かよ。
 冷や汗を浮かばせた俺を置き去りに、テレビは何事もなかったかのように草原の変わりゆく風景を映し出す。もしかしてホラー映画の序盤なのか。時折画面が酷い靄で覆われながら次から次へと映像が流れていく。暫くの間、またさっきの画像が出てくるんじゃないかと戦々恐々としながらも見つめていたら、画面は構内で電車を待つ人々を映した。

(―――なんと面妖な……)
「いや、これが普通なんだけど。」

 膝丈より上のスカート履いた女子高生に、似た色のスーツを着た複数のサラリーマン。母親とてを繋ぎ何かを一生懸命話している幼児。備え付けのベンチに腰掛けて、難しく顰めた目で本を読む老人。自販機前で屯っているのは外国人観光客だろう。
 学校へ行く際に見かけるいつもの光景だった。だけど、あたりを見渡せば見渡すほどに違和感がじわじわと侵食してくる。見慣れた格好の人達のなかに、世界史の教科書で見た下半身ががっつり膨らんだドレスを身に着けた若い女性達に、音楽教室に飾られた人物像と同じ髪型をした男達が片手にワイングラスを傾けていた。その団体の側には、硬そうな鎧を身にまとい、腰に剣を帯刀して整列する人達もいる。それも凡そ一個小隊ほどだ。確かに面妖だ、なんだありゃ。
 近くで映画の撮影でもするにしても、これだけの人数なら、製作会社がマイクロバスとか手配しそうなもの。とういうか、普通に他の乗客に迷惑だろ。包丁だって鍵付きのトランクケースに入れて運ばないと捕まるんだぞ?精巧に造られたニセモノだからっていいわけじゃない。

『―――、ハ……―で―――カ――……』

 壊れている音声が何かを呟いた。

『――――は、ちゃ……ビ―――んいか……』
「あ、電車がくるのか」

 ゆるく動いた風景は次に地面を映す。いつも履いているお気に入りのスニーカーだった。その切っ先から画面を分ける黄色の横線の上で、信じられないほど速い何かが通り過ぎていく。これ、通過電車だよな?
 パッと電車の行く先へ視線を映しても、すでに電車の後ろ姿さえ見えなかった。あんなにアクセル全開させて、カーブが曲がれるのだろうか。

「大丈夫かよ、あれ……」

 電車の旅番組系は見たことがある。あれの撮影場所に、今回俺が普段から利用している駅が使われたのだろう。電車を近くから撮影していれば当然だ。だけど、それ以上に何か引っかかる得体のしれない靄が胸の中を占めた。

(――― 一体何を見せられているのでしょうか……)
「ホント、ソレな。オレ、さっさとかえりたいんだけど……」
(――かえりたい?……どこに?)

 目を開ける前のことを思い出そうとするけれど、記憶は白く霞んでいる。というか。

「――なんで声が聞こえるんだ?」

 さっきからちょこちょこ聞こえる声。なんとなく女の人だろうと思う。

「おーい、誰かいるのか――?」

 背後に声をかけても返答はない。左右を見て、まさかなと思って天井を見ても、女性の姿らしき気配もなければ、オバケが出るわけでもない。なら、一体何処から?

「――いっ」

 後ろへ振り返ると、首の後ろから額に向けて鋭い痛みがはしった。肩こりのときによくあるやつ。いきなり動かしたらズキンってはしるアレ。今更だけど、結構な時間座ったまま寝ていたらしい。

「――ぁ、ぇ」

 唐突に映像が頭をよぎる。目の前のテレビで見た風景よりも鮮明に、走馬燈のように脳裏を駆け巡って、そして思考はぽつんと白く染まった。
 
 ――名前が思い出せない。
 
 血の気が引いた。自分がどこの誰なのか、どこで生まれて何をしていたのか。思い出そうにも手遅れだというように靄のかかる頭は何の回答も導いてはくれない。恐る恐る自分の顔に触れた。いや、触れたはずだった。

「顔が……俺の顔が無い……!」

 触ればわかるはずの自分の顔に触れられない。焦って手を視界に収めてみれば、そこには半分透けた小さな手があった。腕をさすろうにも透けてしまい、触れられない。頭に手を当てようにも同様だった。

「なんで!?」

 パニックに陥った途端、壁も天井もない部屋を震わせる激しい警音と恐怖に満ちた絶叫が響いた。テレビにうつるのは飛び散った肉片と夥しい赤、赤、赤。

『―ぁ、』 
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