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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第32話 退学の警告は、逆効果?

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《三人称視点》



 予想外の事態に、バルダは動揺していた。

 いや、彼だけではない。

 バルダとリクスの直接対決で、2人の実力は互角かリクスがやや勝る程度と証明されていたからだ。



 だから、中級魔法を放たれた時点で、少なからず傷を負うことは確定していた。

 それが、全くの無傷。どころか、詠唱する素振りもないまま上級魔法を放った。



 ここにいる面子は、サリィを除いて、編入試験でのリクスの大立ち回りを見ている。

 けれど、学内序列上位の生徒2人をあっさりと完封してみせた姿は、あまりにも現実離れしていた。



 だから、「勇者の弟という名を利用し、あらかじめ勝つよう根回ししていたんだろう」と、そういう考えを持った生徒も少なくない。

 加えてリクスは、バルダやサリィとの戦いで、自らの目的のために手を抜いていた。



 だからこそ、彼の本当の実力が読めない。

 否。編入試験での行動がイカサマだったことを裏付ける証拠として認識され、バルダはリクスが同程度の実力者だと、完全に誤認していた。



 しかし、無詠唱で上級魔法の“ノックアップ・ストーム”を起動する様を見て、バルダはようやく事実を受け入れた。

 

 成り行きを見守っていたフランとサルムも、ここで改めて確信を得る。

 編入試験での冗談のような強さも、イカサマやハッタリではなく、これがリクスの実力なのだと。



 もっとも、純粋で聡いフランだけは観客席で見ていたリーシスが褒めているのを聞いて、純粋にリクスの強さを信じていたから、リクスに確認こそとっていないが「バルダとの戦いは手を抜いていたんじゃないか?」と疑問を持っていたのだが。



 とにかく、事ここに至って、ようやくリクスの底知れぬ強さに勘付いたバルダは、滝のような冷や汗を流していた。



 だからこそ、口を突いて出たのは、リクスを脅すための「退学」という言葉。

 勇者の弟であるリクスは、英雄としての将来を期待されているだろう。リクスも、その道が閉ざされることは不本意だろうと思っての言葉責め。



 普通、退学したい生徒なんていない。

 入学することすら誉れと言われるラマンダルス王立英雄学校に入った人達は、尚更プライドの高い人間が多い。



 まして、それが勇者の家族ともなれば、言うべくもない。

 少なからず、リクスが本気を振るうのを躊躇うだろうと思っての言葉だったのだが――バルダは致命的な過ちを犯してしまった。



「退学……?」

「そうだ、退学だ! これ以上攻撃したら、お前もこの学校にはいられなくなる! お前としてもそれは避けたいだ……ろ……」



 必死に説得を試みるバルダの顔が、青ざめる。

 今まで静かな怒りを燃やす無表情だったリクスが、不意に笑ったのだ。瞳に映す烈火はそのままに、どこか希望を見つけたように笑みを浮かべる。



「そうか、お前が俺を退学に導いてくれるのか!!」

「……は?」



 呆けたように声を漏らすバルダの前で、リクスは剣を抜いた。

 その様子に動揺の色は一切無い。むしろ、この状況が待ち望んでいたものかのようにすら思える。



(なんだ。こいつは一体、なんなんだ……!?)



 バルダの頬を、冷や汗が伝う。

 

「お前は、退学が怖くないのか!?」



 思わず、バルダの口を突いてその言葉が出る。

 

「ん? むしろウェルカム!!」



 吹っ切れたように即答したリクスは、抜き身の剣先をバルダの喉元へ突きつけた。



「とりあえず、続きをやろうか」

「ひっ!」



 バルダは我を忘れて腰を抜かし、その場に倒れ込む。

 その拍子に、制服のポケットから小瓶が落ちた。

 それは、もしもの保険に《指揮者コンダクター》から受け取っていた力増幅パワーライズの魔法薬だ。



「そ、そうだ。俺にはまだ、これがある!!」



 リクスより強い(と思っていた)サリィを下したことで、もう必要ないと頭の隅からこの存在を追い出していた。

 リクスの強さに気圧されそうになったが、これさえあれば戦える。いや、勝てる!



 バルダは反射的に小瓶をひっつかむと、中身を全部口に放り込んだ。



 ドクンとバルダの心臓が大きく胎動する。

 それに伴い、全身に力が漲っていく。体力も、魔力も。

 

「はは、あっははは!! すげぇ!! この力さえあれば俺は無敵だ!!」



 自らの恐ろしいほどの変化に高笑いするバルダ。

 溢れた魔力の波動が、大気を振るわせる。

 膨れあがるバルダの存在感を前に、動向を見守っていたサリィ達の顔が青ざめる。



「よかったな、リクス! お前は苦しまずに一撃で仕留めてやるぜ!」



 バルダは、様子を窺っていたリクスに声を投げかける。

 対するリクスは、顔を伏せて呟いた。



「――ああ、よかった」



 諦めともとれる、そんな台詞を呟く。

 その言葉を拾ったバルダは、リクスの心が折れたのだと思い、ニヤリと不敵に笑う。



「そうさ、感謝しろよリクス」

「感謝しているさ。お前は一発、全力で殴りたかったんだ。これでようやく、そこそこ本気で殴ってもお前を殺さずに済む」

「あぁ!?」



 バルダの額に青筋が浮かぶ。

 リクスの反応はただただ、相手を格下としか見ていないものだったからだ。

 力を得て有頂天になったバルダの怒りを買うには、十分過ぎた。



「抜かせぇっ!!」



 バルダは怒りのままに、莫大な魔力を放出してリクスへと飛びかかった。
 
 それが――自身を完膚なきまでに打ち負かす、悲劇の始まりだとも知らずに。

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