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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第31話 リクスVSバルダ(Ⅱ)

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《三人称視点》



 急に視界を横ぎった拳に、サリィは目を剥く。

 その拳は自身を追い詰めていたバルダの横っ面に突き刺さり、瞬く間に吹き飛ばした。

 

「……え」



 掠れた声を上げるサリィ。

 呪縛から解放された身体は、支えを失ってゆっくりと頽れる――その前に、細い腕が彼女の上半身を抱き留めた。



「ふぅ、もしかしなくてもピンチだったか」



 サリィの上から、少し安堵したような声が聞こえてきた。

 思わず上を見上げたサリィの目に、黒髪赤眼の少年が映る。

 その少年を見て、サリィは小さく呟いた。



「リクス、さん……」

「おお、平気? ……ではなさそうだけど、とりあえず生きていたようでよかった」



 リクスは、片手で抱き上げる形になったサリィを見下ろし、柔らかい笑顔で答える。



「遅くなってごめんな」

「いえ……そんなことは」



 サリィは、リクスが助けに来てくれたことで心底安堵していた。

 しかし、すぐに現状に気付き、顔を青ざめさせる。

 リクスでは、バルダと五分である可能性よりも、今リクスが“身体強化《ブースト》”を――魔法を使い、バルダに危害を与えたからだ。



「クックック……残念だったな」



 前方の土煙の中から、笑みを浮かべたバルダが立ち上がる。

 その表情は「してやったり」というものだった。



「残念だったな、リクス。お前は颯爽とお姫様を助けて、英雄気取りになっていることだと思うが……お前も俺と同罪だよ」



 殴られた側の頬を腫らしたバルダが、眼光鋭くリクスを睨みつける。



 敷地外で他者を傷つける行為をした者は、退学となる。

 リクスのこの行為が学校側に伝われば、退学は免れない。



「同罪? 言ってる意味がよくわからないな」

「ははっ。わからないならそれでいいさ。どのみち、お前はだ。抵抗しようが服従しようが、お前はここで潰して、ヤツをおびき出す餌にしてやるぜ」



 バルダは舌なめずりする。

 その様子はまさにどう猛な獣のようで、自身の勝利を微塵も疑っていないようだった。

 

「純粋な疑問なんだけど……俺に勝てると本気で思ってる?」

「いけ好かねぇな。ギリギリで俺に勝った分際で、いい気になってんじゃねぇぞ!」



 バルダは、そう叫ぶ。

 端から見れば、リクスは身の丈に合わない挑発をしている。

 バルダの方が論理的で正しいことを言っている。それは誰にでもわかる。

 だからこそ――バルダは困惑していた。



 なぜ、目の前のリクスに恐れているのか。何か、触れてはいけない琴線に触れてしまったのでは無いか。そう思わせるほどの、得体の知れないオーラがリクスから放たれていた。



「ひ、火魔《ひま》よ、我が声を聞きて力と成せ――“ファイア・ウェーブ”!」

 

 己の心に一瞬湧いた恐怖を振り切るように、バルダは魔法を放つ。

 中級火属性魔法“ファイア・ウェーブ”。

 その名の通り、紅蓮に燃えあがる炎が、打ち寄せる波のようにリクスへと襲いかかる。



△▼△▼△▼



《リクス視点》



「……はぁ」



 目の前に迫る紅蓮の大波を見据えながら、俺は深いため息をついた。

 大口を叩くバルダのしょぼい魔法に落胆したからではない。これは、腸が煮えくりかえるほどの怒りを、吐き出すためのもの。



 俺は今、猛烈に激怒している。

 もし相手が今目の前に立っていたら、危うく細切れにしてしまいそうなくらいに。

 ぶっちゃけ俺は、割と温厚な方だと思っていた。

 

 ゲームで負けてもゲーム機を投げ捨てたりしないし、姉さんの理不尽にも従う。いや、訂正。従わされる。

 マクラが早朝にたたき起こしてきても、ちょっとムッとするけど、じゃれ合い程度に小言を言うだけだ。



 この、胸の奥がグツグツと煮えたぎるほどに熱くて、反面頭の中は冷えていくような怒りは、人生で二度目だ。

 一度目は、編入試験でサルムが傷付いたとき。そして二度目は――今。身動きがとれないフランとサルム。そして、首を締め付けられて涙を流しているサリィを認識したときなんかは、俺の理性は完全に飛んでいた。



 今理性が辛うじてあって、暴走せずにいられるのは、最初の一撃でバルダを殴ったからに他ならない。

 それでも、友達を傷つけられた怒りは、まだまだ燻っていた。



「参ったな。手加減なんて、したくないんだけど……“ノックアップ・ストーム”」



 俺は、サリィが俺に放った上級風属性魔法を無詠唱で起動する。

 瞬間、俺を中心に巨大な風の渦が生まれ、迫り来る炎の大波を受け止め、押し返し、四方八方に吹き飛ばした。



「な、なんだと!?」



 驚愕に目を見開くバルダ。

 視界の端で、サリィも驚いているのがわかる。



「くっ! 風魔よ、我が――」

「遅い」



 体勢を立て直したバルダが魔法を放とうとする前に、俺は一瞬で距離を詰める。

 すぐに魔法が間に合わないと悟ったバルダが、詠唱を辞めて剣を振るう。

 俺は魔力を通した拳を振り抜き、迫る剣ごとバルダの顔面をぶち抜いた。



「ぐぅうううっ!」



 剣が粉々に砕け、顔面に拳を喰らったバルダが鼻血を吹き出しながら飛び下がる。



「ば、かな――剣が、素手に負けた、だと……」



 現実を受け止め切れていないバルダへ、一歩足を踏み出す。

 俺の足が、砕けた剣の破片を踏み抜いた。

 その音にバルダが身震いする。情けないことに、もう心が折れているようだった。



「ま、待てよ。お前、これ以上俺を殴ればどうなるかわかってるのか?」

「お前の顔が骨格ごと別人になるかも」



 たぶん今の一撃で鼻の骨折れただろうし。

 

「くっ、退学だよ、退学! お前は学校外で加害をしてはいけないというルールに抵触している!」

「なん……だと!?」



 俺の頭の中に、電気が走ったような感覚が訪れる。

 こいつは今、自分を追い詰めることで俺がめでたく退学になれる、と言ったのか?
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