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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第8話 サルムの夢、リクスの怒り

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「き、君……どうしたんだよ、この傷」

「げほっ、ごほっ……リクス、君」



 苦しそうに顔をしかめながら、サルム君が俺を見る。



「あら。気絶してたんじゃないの? ああ、私が怖くて気絶のフリをしてたのね。きゃはは! だらしないの~!」



 キャピキャピお姉さんが、俺の方を見て何か言っているが、まったく耳に入らない。



「大丈夫だよ、この程度。僕は、まだ……やれる!」



 サルム君はよろよろと立ち上がり、魔法を行使するための杖――魔杖まじょうを構える。

 その視線の先には、例のゴリラ――たしかブロズと言ったか? がいた。



「へっ。情けねぇ。ちょっと蹴り飛ばしただけで吹っ飛びやがって。道端の石ころの方がまだ根性あるぜ」



 ブロズは、見下したようにそう言いながら、歩いてくる。

 ていうかコイツも蹴ったんか。見た感じ先輩2人とも魔法剣士なのに、足癖が悪いな。



 サルム君は杖の先に魔力を溜め、魔法を放とうとする。



「はぁ……、はぁ……“ファイア・ボール”」

「遅ぇええ!」



 火の玉が生まれ、ブロズへ飛んでいく前にブロズが動いた。

 サルム君の方へ一足飛びに近づき、膝蹴りを喰らわせる。



「っ! ガハッ!」



 何やら肋骨が折れたような鈍い音がして、サルムくんは血を吐きながらその場に蹲った。



「なぁ? まだ立てるだろ。続けようぜ試験。お前だってここに受かりたいんだろ? 受かるために来たんだろ?」



 ブロズは煽るように言う。

 

 サルムくんは全身ボロボロだ。

 万が一にも勝ち目はない。相手は残虐非道な大男だ。放っておけば、彼が気絶するか、自ら負けを認めるまで続く。



 先生が止めないのか?

 そう思うかも知れないが、あいにくとそんなことはないだろう。

 基本的に、怪我であれば治癒魔法で後遺症なしに治療することが出来る。



 これは姉さんから聞いたのだが、実技試験の担当者は、致死レベルや、即死攻撃でなければ何をしても構わないとなっている。

 そして、受験する側もそれは承諾した上で受験するのだ。



 サルムくんは激しい痛みに襲われているだろうが、致死レベルの傷はない。

 故に今の状況は、何の問題もないと判断されるのだ。

 だから俺は、サルムくんに諭すように言った。



「もういい。この男の挑発に乗る必要はないだろ。これ以上君が傷付くなんて――」

「いや……それでも、僕は受からなくちゃいけないんだ。妹と、約束したから……」



 震える脚で立ち上がるサルムくん。



「そんなに大事なの? ただの約束が」

「ただの約束じゃない!」



 語気強い彼の言葉に、俺は気圧された。

 血だらけなのに、その目は死んでいない。



「僕は……治癒魔法使いになるんだ。妹と一緒に、この学校を卒業して!」

「それが、君の夢なのか?」

「うん。普通の治癒魔法じゃ、病気には効果がないってことは知ってるよね?」

「あ、ああ……一応」



 治癒魔法は、どんな傷も治すが、病気には効かない。

 もちろん病気に効く治癒魔法も開発されているが、それを扱えるのは一握りの高位魔法使いだけだ。



「僕の家は、貧乏だった。父さんも母さんも、僕が幼い頃に病気で亡くなった。お金が無かったから、魔法薬を手に入れることも、病気を治せる治癒魔法使いに診せることもできなかった。だから僕は、病気も治せる治癒魔法使いになる! それで、妹と一緒に魔法病院を開いて……僕のような境遇の人を救うんだ!」



 だから、と震える手で魔杖を握る。

 

「おうおう、泣かせるねぇ。だがよ、治癒魔法使いを目指すヤツが、ボッコボコにやられてるって……くっははは! こいつぁ傑作だぜ!」



 ブロズは愉快に笑い飛ばす。

 そのまま、魔力を練り上げるサルム君の魔杖を剣で切り落とし、胸に傷を付けた。



「くっ!」



 パッと、血華が舞う。



「まだ倒れんなよ! 俺はこの試験が大好きなんだ! 合法の名の下に弱ぇクズをいたぶれるからなぁ!」



 声高に叫び、サルムくんを傷つける。

 彼の膝が折れ、倒れ込んでも、刃を振るうのをやめない。



 誰もそれを止めようとしない。

 ルールは守っている以上、ブロズが正義だからだ。

 気にくわないのは――そのルールを利用して、まるで楽しむようにサルムくんを痛めつけているブロズ。



 そのとき、俺の中の何かがぷつんと切れた。



「いい加減にしろよ、ゴリラ」



 俺は、ブロズを睨み挙げる。



「――あ?」



 ブロズの愉悦に満ちた表情が一転、俺を生ゴミでも見るような目で睥睨へいげいした。



 なんで、こんなクズの食い物にされなきゃならない。

 浅く呼吸を繰り返すサルムくんを庇うように立ちながら、俺は物思う。

 彼がこの学校を目指すのは――誰かを救うためだ。 

 俺のように、姉の臑をかじって生きるため……自分のためしか考えられないヤツとは正反対。

 まして、己が享楽のために剣と魔法を使うゴリラとは、比べるのも烏滸がましい。



 自分本位のクズの相手は、自分本位のバカがするのがお似合いだ。

 だから――



「俺が相手になってあげるよ。全力でかかってこい」



 俺はブロズに向かってそう言った。



「む、無茶だよ……リクスくん」



 サルムくんは、そう声をかけてくる。



「心配するなって。君は寝ててくれ。コイツは俺が潰すから」

「はぁ? 舐めてんじゃねぇぞクソが!」



 ブロズは苛立ったように言う。



「きゃははは! そうよ! あんたみたいな雑魚が粋がっているんじゃない――」

「あんたはちょっと黙ってろ。キャピキャピうるさい」



 俺は無造作に折れた剣を投げる。

 折れた剣は音速を超える速度で飛翔し、一切の対応を許さず、彼女のみぞおちにめり込んだ。



「――ぅ!」



 の一撃で、彼女は白目を剥き、あっさりとくずおれる。



「なっ!」



 その光景を見て、ブロズは目を剥いた。

 何を驚く必要があるんだろうか? こっちは手加減してやったのに。

 俺は、ブロズを睨み上げる。



 さあ、報復開始だ。
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