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第二章 《最凶の天空迷宮編》

第三十八話 両手に花?

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「だはぁ~、一時はどうなるかと思った……」



 街の大通りを歩きながら、僕はげっそりと肩を落とした。

 両手にぶらさげた、金貨入りの革袋が重りとなって、身体を下に引っ張る。



 ダンジョンを攻略した者が出てくるという噂のある、教会の裏口。通称《開かずの扉》を出たあと、集まった人達にあらぬ誤解をされ、三十分近くかけて弁明をした(ちなみに、意地悪なのか知らないが、クレアは頑なに僕の彼女だと言い張っていた)



 なんとか誤解を解いた後、第三迷宮サード・ダンジョンの入り口付近に存在する攻略者ギルドに立ち寄って、ゲットしたアイテムをお金と交換した。(ちなみに、ゲットした魔鉱石を全て売り払った結果、大量に金貨の入った袋六つ分になった。贅沢をしなければ、一生不自由なく暮らせるくらいの量である)



 とにかく、今はその帰りというわけだ。



「まったく。お前が意地張って彼女だとか言い張るから、いろいろややこしい事になったじゃないか」



 右隣を歩くクレアに話しかける。

 彼女もまた、両手に金貨いっぱいの革袋を持ち、頭の上にとーめちゃんを乗せている。



「えぇ~、いいじゃん。この際彼女にしちゃえば。私、なんでも尽くしちゃうけど?」

「いや、そういうわけには……」

「それとも、私が恋人じゃイヤ?」

「……いや、そんなことはないこともないこともないけど」

「……どっちよ」

 

 ジト目で流し見てくるクレア。



 こ、こういうときどうすればいいんだ!?

 反応に困ってしまい、左隣を歩くエナに助けを求めようと、彼女の方を見る。

 すると、視線に気付いたエナがちらりと目を向けてきた。



 僕の意図をくみ取ったのか、エナは小さくため息をついて、クレアに向き直った。



「要するに、エランくんはあなたを彼女とするつもりはないってことよ、クレアさん」

「えー、そうなの?」



 少し残念そうに、上目遣いで聞いてくるクレア。

 捨てられた子犬のような表情で、思わず「やっぱ付き合って!」と言いそうになったが、気合いで堪えた。



「ま、まあ。そういう……こと」

「ふ~ん。そっか」



 クレアは一瞬残念そうに顔を伏せたかと思うと、急にずいっと顔を近づけてきた。



「じゃあ、これから彼女にしたいって思って貰えるよう、ご奉仕頑張るね!」

「え?」



 な、なんでそうなるの?

 困惑する僕を差し置いて、クレアはエナに向かって毅然と言い放った。



「だから、負けないよ! エナちゃん!」

「え? な、なんで私?」



 突然のことに驚きを浮かべるエナ。

 が、そんなことはお構いなしとばかりに、クレアはずいずいとエナに迫った。



「私、わかるよ。エナちゃん、エランくんのこと好きでしょ」

「はぁ?」



 あまりに唐突な発言に、僕は眉をひそめる。



「ち、ちち、違う! 私は別に、エランくんをそういう目で見てるわけじゃ――第一、私達はただの仲間ってだけで――ッ!」

「ふ~ん。ほんとーに?」

「え、ええ! 本当に!!」



 いつも落ち着いている彼女が、何故かきょどっている。

 しかも、耳まで真っ赤になっている辺り――なんというか、満更でも無さそうなのが気がかりだ。



「な~んか怪しいけど、ただの仲間っていうなら私が貰っちゃってもいいよね!」



 ふとクレアは足を止めて、両手に持った袋を投げ捨てて、僕の右腕に抱きついてきた。



「ちょっ!? い、いきなり何を――!」

「ふふ~ん。ついでに、どことは言わないけど私の発展途上のおっ◯いも、堪能して貰おうか」

「言ってんじゃん!」



 にやにや笑いながら、クレアは自身の胸をぐいぐい腕に押しつけてくる。



「こ、こら! 安易に胸を押しつけてくんのやめなさい!」

「えぇ~、もしかして照れてるの?」

「か、からかうな! エナからもなんか言ってやってくれ――」



 再度エナに助けを求め、彼女の方を振り返る。

 が――なぜか彼女は、金貨入りの革袋を捨て置き、さりげなく僕の服の袖を握っていた。



「も、もしも~し? なんでそんなトコ掴んでるの?」

「! な、なんでもないわ。気にしないで」

「あ、うん」



 何事もなかったかのようにさっと手を離し、そっぽを向くエナ。



(なんか今の、すごく――)

「今のすごく恋人っぽいよね! それも成り立てほやほやの!」



 思いかけたことを、クレアがドストレートに切り込んだ。



「そ、そんなことないわよ!」



 とたん、エナは顔を真っ赤にして反論した。



「えぇ~、ホントかなぁ? 怪しいなぁ~」



 クレアは意味深な表情でエナに詰め寄る。



「だから、そんなことは――」

「ないんだったら、耳まで赤くしないよね~? 恋人っぽい仕草だって、自覚してやってるんじゃないの?」

「ち、ちが――」

「わかるよ、わかる。エランくんを、私に譲りたくないんだよね? 嫉妬しちゃったんだよね?」

「~~っ!」



 エナは両手で顔を押さえ、すっかり縮こまってしまった。



(よ、容赦ないな。クレアの奴……)



 正直、エナには深く同情する。

 クレアの言ったことが図星だとしても、そうでないとしても、そんなことを言われるのは恥ずかしくて耐えられないはずだ。



 というか、僕も話題の中心人物+共感性羞恥により、相当恥ずかしい。



「ま、まあそのくらいにしておこうよ(僕ももう聞きたくないし)」



 僕は脂汗を垂らしつつ、クレアを説得するのであった(エナとクレアを引きはがす過程で更に一悶着あったことは、言うまでもない)



 ――そんなこんなで、しばらく両手に花? という状況に浸る僕。

 けれど、そんな優しい日常に帰ろうとする裏で。

 密かに、もう一つの日常であるダンジョン世界で異常が起き始めていた。

 そして、その渦中に否応なく巻き込まれていくことは、もうすぐ知ることになるのだ。
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