上 下
58 / 125
第三章 《ハンティング祭》の騒乱編

第58話 認められない恋心

しおりを挟む
《三人称視点》

「な、あ……あ」

 あまりの衝撃にしばし、潮江かやは思考が空白になっていた。
 酸素を求める金魚のごとく口をパクパクさせ、その場で固まっていた。

「おーい。もしも~し。ご注文したいんですけど?」
「え? あ、はい……どうぞ」

 英次の言葉で、なんとか意識を現世に戻す。

(い、今はバイトに集中しなきゃ……!)

 このテンパった状況で、逃げ出さなかっただけでも褒めて欲しいと、潮江かやは強く思う。
 顔を真っ赤にしながらその場を乗り切り、その後もなんだかんだで平静を取り繕って仕事を続けた。
 もっとも、店長に「七番テーブルは、なるべく外してください」と頼んだのだが。

 そんなわけで、およそ30分後。

「お疲れ~。なんかいろいろ大変そうだし、休憩入っていいからねぇ~」

 という、ゆるふわ店長のご厚意に甘えて、潮江は速めに休憩をもらい、例の更衣室みたいなスタッフの休憩所で休むことになったのだが――

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~」

 その場で崩れ落ちた。
 ホールでは平静を取り繕っていたが、ここにきて一気に恥ずかしさと混乱が少女の胸に容赦なく襲いかかる。

 今までなんとかなっていたのは、仕事に没頭していたからだ。
 人間、休日だというのに、そういう日に限って仕事の心配を思い浮かべてしまうもの。
 つまり、普段は忙しさで忘れていたネガティブな思考が、手持ち無沙汰になったことで一気に襲いかかってきたのである。

(み、見られた……見られちゃった!)

 顔を真っ赤にして、両手で顔を覆いながら呻く潮江。
 誰かと関係を持つことで、大切なものを失うなら、そんなのはいらない! と無駄に中二臭い覚悟を決めておいてこれである。

(最悪! 覚悟決めて高校生活に望んで二週間ちょいでもうバレたとか、マジ!? しかも、よりによってあ、あああ、アイツに!!)

 八代英次。
 よりによって、一番バレたくないヤツにバレた。
 ……なんで英次にバレたくないと思ったのか、よくわからないけれど。とにかく、こうなってしまった以上、もう今まで通りにはいかない。

「さよなら。あたしの日常」

 どっかの誰かと同じような台詞をはき、半べそをかきながら少女は休憩室を出る。
 この休憩室に窓がないから、窓がある廊下に出て少し外の空気を吸おうとしたのだ。
 それがマズかった。

 ばったりと。であった。
 
「あ」
「あ」

 「staff only」と書かれた扉を開けて廊下に出た瞬間、金髪の眩しい美少女と鉢合わせた。
 ――お手洗いを借りに、一度客席を抜けて出てきた高嶺乃花だった。

「うわー、ビックリした」
「……」
「えと、潮江ちゃん……だよね?」
「……エ、ダレデスカ、ソノヒト。アタシ、シリマセーン」
「反応に困ってカタコト外国人みたいになってる!?」

 きょどりまくる潮江かやに対し、高嶺乃花はあくまで真摯に向きあった。

「ごめんね。急に来て……迷惑だったよね?」
「……どうして、ここがわかったの」

 ぼそりとそう問いかけると、乃花は少し後ろめたそうに苦笑いしながら、真実を話した。

「えと、私もかっく――詳しいことはわからないけど、八代くんがね。なんで潮江ちゃんが君塚くんに従ってたのか、疑問に思ったらしくて。それで取り巻きの子に聞いたら、潮江ちゃんのバイト先をバラすみたいに脅してたって知った感じになる……のかな」
「はぁあああ~~」

 潮江かやは、呆れと諦めと怒りが入り交じった複雑な息を吐きながら、その場にくずおれた。

「しんっじらんない。あのバカ。普通知っても、来ようと思うかな。弱みだって知ったんなら、むしろ気を遣って来ないのが普通でしょ……!」
「うん。私も翔くんも、同じ事言って止めようとしたんだけどね……結果的に来ることになっちゃったから、そこは本当にごめんなさい」
 
 乃花はその場で頭を下げる。
 
(二人で止められたのに、あのバカは尚更なんで来るのよ。デリカシーなさすぎでしょ!)

 最悪だ。
 心のどこかで、ちょっとカッコいいと思ってしまった(ような気がする)のが、バカみたいではないか。
 そう思って、いっそ惨めになってくる潮江だったが。

 高嶺乃花の次の一言で、思わず呼吸を止めていた。

「翔くんが「行かない方がいいんじゃない?」って聞いたとき、八代くん言ったんだって。「」って」
「っ!」
「ここに来てみて、私も同じ事を思ったよ。勝手に来て、都合の良い話かもしれないけど……潮江ちゃんが仕事してるとこ、本当にカッコいいと思った。この場所が本当に好きで、メイドが好きで、こういう可愛い空気が似合うなって、すごく思った。だから、もっと自分の好きなことに自信持って欲しいな」
「…………」

 しばらく、潮江かやは黙っていた。
 が、その口元は確かに綻んでいた。

「まったくもう。英次のバカに丸め込まれて、ここに来たってことね」
「そうなるかな。まあ、来ちゃった時点で同罪だけどね」
「はぁ……あのバカ。ほんっっっとデリカシーないし。何よ、「来たら変わるかも」って。変わらなかったらどうする気だったの」

 それは、既に変わったことを無意識に示す口調だったが、本人は果たして気付いていただろうか。

「ていうか、デリカシーないくせに、たまにカッコいいこと言うのなんなの? バカなの? 中二病こじらせすぎでしょ。そんなベッタベタのキザな台詞で、女の子がおちるわけないのに!」

 一気にまくし立てた潮江だったが、それに対し高嶺乃花は苦笑いしながら、

「随分彼について喋るね。実はもう言ってる本人がおちてたとか、そんなことない?」 
「え?」

 不意を突かれた潮江は、目を白黒させる。

「い、いやいや。ないない……そんなわけが」

 笑い飛ばして否定しようとする潮江かやだったが。

(あ、あれ? 好き? あたしが、アイツのことを? いやいやいやいや、有り得ないって。だってあのデリカシー死滅ド変態キザ野郎だよ! 好きとか、絶対無い! 無いから!)

 しかし、思い返してみれば。
 なぜ、無意識の内に、自分のバイトをアイツにだけは絶対に知られたくないと思ったのか。それは、知られることで軽蔑の目を向けられるのが、他の誰よりも耐えがたいと思ったからではないのか?
 つまり、誰よりもアイツのことを意識しているわけで――

(だから、絶対にゃいからぁああああああああああああっ!!)

 ――が。
目をグルグル回し、混乱の渦中にある潮江かやを見て、高嶺乃花は苦笑いをしていた。

(う~ん。これは……図星を突いちゃった、かな)


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?~穀潰しのための奮闘が賞賛される流れに~

果 一
ファンタジー
リクスには、最強の姉がいる。  王国最強と唄われる勇者で、英雄学校の生徒会長。  類い希なる才能と美貌を持つ姉の威光を笠に着て、リクスはとある野望を遂行していた。 『ビバ☆姉さんのスネをかじって生きよう計画!』    何を隠そうリクスは、引きこもりのタダ飯喰らいを人生の目標とする、極めて怠惰な少年だったのだ。  そんな弟に嫌気がさした姉エルザは、ある日リクスに告げる。 「私の通う英雄学校の編入試験、リクスちゃんの名前で登録しておいたからぁ」  その時を境に、リクスの人生は大きく変化する。  英雄学校で様々な事件に巻き込まれ、誰もが舌を巻くほどの強さが露わになって――?  これは、怠惰でろくでなしで、でもちょっぴり心優しい少年が、姉を越える英雄へと駆け上がっていく物語。  ※本作はカクヨムでも公開しています。カクヨムでのタイトルは『姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?~穀潰し生活のための奮闘が、なぜか賞賛される流れになった件~』となります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。

さこゼロ
ファンタジー
俺のステータスがこんなに強いわけがない。 大型モンスターがワンパン一発なのも、 魔法の威力が意味不明なのも、 全部、幼なじみが見つけてくれたチートアイテムがあるからなんだ! だから… 俺のステータスがこんなに強いわけがないっ!

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...