上 下
13 / 48

第13話 勘違い

しおりを挟む
 ちょっと待て!
 何か今、とんでもない爆弾発言を聞いた気がするのだが?

 思わず一歩後ずさる俺へ、追い打ちをかけるように高嶺さんは目を輝かせて。

「昨日はありがとうございました。それと、 
「うぇっ! あ、あー……ど、どういたしまして」

 俺は苦虫をかみ潰したような顔になりそうなのを我慢して、必至にポーカーフェイスを作る。(なお、本当にポーカーフェイスができているかは、はなはだ疑問ではあるが)
 
 ヤバい。
 そういえば昨日廊下で高嶺さんをフォローした時も、俺のことを“弓使い”と称していた気がする。
 つまり昨日、俺がミニ弓矢で豪気の盗撮スマホをぶち抜いたのを見られていたみたいだ。
 そして、全国ニュースになってしまうレベルで昨日の一件が鬼バズりしているこのタイミングで、「 」という核心的発言。

 これはもう確定だ。
 この子、俺の正体に気付いてるっ!!

「どうかされたんですか? なんか、汗が凄いですけど」
「え!? あ、だ、大丈夫大丈夫! 今日ちょっと暑くて汗掻いてるだけです」

 4月の夕方で「暑い」とは、これいかに。
 100%無理のある言い訳を連ね、俺は愛想笑いを作る。
 そんな俺に対し、不意に高嶺さんは、胸元に手を当ててもじもじし出した。

 あ、これマズい。
 なにか、後戻りができないことを言われる予感が。

「……あ、あの!」
「な、なんです?」
「私の勘違いだったらごめんなさい! たぶん私、かっく……、――息吹くんのこと、というか……その」
「ッ!!??」

 上目遣いで聞いてくる高嶺さんに、俺は二つの意味で心臓をぶち抜かれた。

 可愛い、可愛すぎる! その仕草はズルいだろ。
 いやでも、この質問にどう答えればいいんだ俺は!
 これあれだよな? 「昨日の“弓使いアーチャーが俺だって、私知ってますよ」ってことだよな!?

「そ、それは――」

 暴れる心臓の音を感じながら、乾ききった口を開いた――そのときだった。
 不意に地面が震動し、ドドドドドという音が聞こえてくる。
 何事かと音がする方角を見た俺は、唖然とした。
 
「クソッ! 帰りのホームルーム長すぎだろ! 遅くなっちまったじゃねぇか!」
「マジそれなぁ!」
「ねぇあかね、あんたダンジョン鉱石研究部に入るって言ってたじゃない! なんで弓道部なのよ」
「うっさいわね! あたしは流行に敏感なの! あんたこそ、集中力ないくせに弓道部に仮入部なんてどういうつもりよ! あんたこそミーハーなんじゃないの?」
「アーチャーがあんな強えって知らなかったぜ! ここで練習して、俺も“弓使いアーチャー”でヒーローになってやる!」

 見ただけで、ざっと50人。たぶんもっと多いだろう。
生徒達の大群が、年始のバーゲンセールばりの勢いで迫ってきて――俺達の横を通り過ぎ、弓道場に吸い込まれていく。
まるで嵐が過ぎ去った後のように、辺りには土煙だけが残った。

「ま、マジか……」
「凄いですね。人気の運動部でも、毎年10人入れば良い方だって話なのに……」

 俺達は、人の波が去った方を見送りながら、唖然としていた。

 ダンジョンに関わる部活ならともかく、運動部にこれだけの人数が仮入部するというのは異常事態である。
 たぶんこれは――

「――やっぱり、昨日の配信の影響ですよね」
「え? あーうん、たぶん」

 たぶんというか、それしかない。
 これは面倒なことになった。もしここで、高嶺さんの予想を肯定してしまえば、噂はたちまち学校中に波及するだろう。
 何せ彼女はこの学校のアイドル。あらゆる方向に繋がりコネクションを持つ、有名人だ。そんな彼女の口から放たれた言葉を疑う者など、誰もいないだろう。

 そうなれば、ようやく掴んだ平穏な高校生活はジ・エンドである。
 それだけは絶対に避けたい。

 中学に上がってすぐに両親が事故で他界し、それから三年間、俺はまともな中学生活を送ることができなかった。
 遠く離れた土地に住んでいる叔母さんに引き取られ、今は妹と三人暮らし。

 慣れない土地、会ったとことのない叔母、両親を失ったショックが重なり、妹は二年近く家に引きこもっていた。
 俺も引っ越した先の学校に馴染めず、妹の世話で学校を休むことも珍しくなかった。
 そんな俺に引け目を感じていたのか、クラスメイトはどこか遠慮じみた距離感で接してきていたから、友達と呼べる人もいない。

 だから俺は今度こそ、部活に励んで、放課後フライドポテトを食べながら友人とテスト勉強をして、真面目に授業を受けて――でもちょっぴり居眠りをして。
 そんな当たり前の学校生活を送りたいのだ。
 ゆえに――
  
「ごめんなさい、高嶺さん」
「え?」
「さっき、俺のこと知ってるって言ったけど――それ、
「っ!」

 俯いたまま、俺は噛みしめるようにそう告げた。
 これでいい。たぶん高嶺さんは、ただ俺が昨日の“弓使いアーチャー”であるという確信を得たかっただけだ。
 申し訳ないけど、ここは真実を伏せておこう。

 そう思いつつ、顔を上げた俺は、そのまま凍り付いた。
 目の前に立つ高嶺さんの頬を、冷たく透明な雫が伝っていたから。

「え……なんで。高嶺さん?」
「……そう、ですよね」

 高嶺さんは消え入りそうな声で呟く。
 彼女の小さな肩は、何かを必死に堪えているかのように、小刻みに震えている。
 あまりに予想外な事態で、俺は一瞬思考が停止してしまった。
 
「ごめんなさい、困らせちゃって。やっぱり、私の気のせいでした」

 そう言って涙を拭うと、高嶺さんは踵を返して走り出した。
 おそらく、彼女も入ろうとしていたであろう、弓道場を背にして。

「ちょ、待っ――」

 我に返った俺は、彼女に手を伸ばす。
 が、既に高嶺さんの背中は小さくなっていて、俺は伸ばしかけた手をゆっくりと戻した。

「……どういう、ことなんだ?」

 俺は、やり場のない気持ちを抱きながら、力なく呟く。
 なんでこうなった? ただ、高嶺さんの認識は間違いだと言っただけなのに。確かに期待を裏切ったのは悪いことをしたと思うが、泣くほどのことじゃないはずだ。
 ただ、期待していた人物ではなかっただけで、「私の勘違いでした、ごめんなさい」で済む話。どう考えたって、あんなに落ち込むのは不自然……ん? 

「もしかして……」

 俺は自分の口元に手を当て、とある可能性に思い至った。

 もし、高嶺さんが“知っている”と言っていたのが、例のアーチャーの正体ではなく。俺と彼女に関わる、何か別の重要なことだとしたら。

「俺、何かとんでもない勘違いをしていたんじゃ……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

処理中です...