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7.説明と謝罪

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「由里香が、神子でこちらへ呼ばれたと……?」

僕は偶然にも由里香と接触していたため、巻き込まれてしまったんだろうか。

答えを求めてアステールを見つめたが、その問いには答えず、彼は話を続けた。

「百年に一度、この国ウェールス王国は魔物の大群に襲われるーースタンピードと呼んでいるんだが、その時に神子を通して女神の力を借りている」

「魔物……」

「ユキトの世界には魔物がいなかったのか」

「はい。動物しか知りません」

そう答えると、アステールは眉を顰めた。

「そんな世界から連れてきてしまったのかーー。魔物は動物とは全く異なる生き物だ。大きなものだとこの宿屋より大きく、力も凄まじく強い。大きさは人間と変わらないほどのものでも、魔法を使ったり毒や火を吹くものもいるな」

漫画や小説の中の生き物が、この世界では現実にいる。そして、それが大群となって街を襲う。
想像しただけで恐ろしく、身体が震えた。

「そんな奴らが数万、数十万と集まり、街を壊し、農地を荒らし、人を殺す。女神の力を借りなければ、1月も経たないうちにこの国は滅んでしまうといわれている。過去の記録では、我が領地は1日と保たなかったこともあるそうだ。城壁を築き、武器を改良し、強兵に務めても、情けないことに女神の力を借りなければ民を守れない」

情けない、と言ったアステールは口唇を歪め、固く拳を握りしめる。何かを飲み込むように一呼吸おくと、再び口を開いた。

「そして、前回のスタンピードから今年が百年目に当たる。魔物たちの様子からしても、今すぐと言うわけではなさそうだが、間も無く起こるのは間違いない。ーーそこで今回も神子の力を頼るべく、お前たちをこちらの世界へ召喚した。いや、拐ってきたんだ」

きつく握った拳をアステールはじっと見つめ、ゆっくりとこちらへ視線を移す。

「俺たちが無力なせいで、巻き込んでしまって申し訳ない」

「……」

懺悔するような言葉に何と返していいか分からない。
きっとこの人は、僕たちを喚びたくて喚んだわけじゃない。

「それだけではないな。ユキトには怖い思いもさせてしまった。イクスが、王太子があんな態度を取ってしまったが、本来であれば召喚で現れた者が何人いても、丁重にもてなさなければならないのに罪人扱いなど許されない」

王城でのことはアステールのせいではない。寧ろ、守ってくれた。
あの王太子からも、そして結果的にだが由里香からも。

「罪人は俺たちの方で、ユキトは犠牲を受けた側だ。こちらの都合だけで無理やり拐って来たんだからな」

自虐的ではなく、真実を告げるようにアステールはそう言った。

あの時、召喚されなければ、僕はきっと由里香に切り刻まれていたと思う。髪だけじゃなく、制服も身体も。
ひんやりと首筋にあたる刃の冷たさを思い出す。由里香はあの時、事故を装って殺そうとしたのかもしれない。耳に残るのは、そんな狂気をはらんだ笑い声だった。

だから、召喚されたからこそ僕は。

「僕は……助かりました」

「助かった?」

聞き返されてハッとする。アステールは親切にしてくれるし、王太子から守ってくれたけど。
神子である由里香のことが絡めば分からない。
神子同様に丁重に扱うと言ってくれはしたけど、下手なことを話して嘘つきだと思われたり、由里香に危害を加えかねないと思われたら。
遠くにいるとはいえ、由里香が何かしてきたら。
もし、クラスメートや教師たちみたいにアステールに犯罪者を見る目で見られたら。

首を振るしかなかった。

「いえ、何でも、ないです……。ええと、だから、その僕はこちらに来て、戸惑いもありましたが、優しくしてもらえて……嬉しかったです」

誤魔化すように、けど、後半は本当のことを伝えた。
久しぶりに人から優しくしてもらえて、すごく嬉しかったから。

気持ちが少しでも伝わるようにアステールの目を見て言うと、急に抱きしめられた。

「ユキト」

耳元で低く甘やかな声に名前を呼ばれる。
吐息が耳朶にあたってくすぐったい。身を捩って離れようとしたが、逆に拘束が強まった。

「あ、あの、アステール様、少し離してもらえませんか」

「なぜだ」

なぜって訊かれても。どうして抱きしめられているのか、僕の方が聞きたいです。
どうしようかともがいている間も髪や背を撫でられる。

子ども扱いされているんだろう。
食事の前みたいにお兄ちゃんモードになっているのかもしれない。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちで固まっていると。

「はいはい。そこまでですよ。まだ話は終わっておりませんでしょう」

さっきと同じようにセルバが止めに入ってくれる。僕の腰に回った腕を引き剥がし、間に割って入ってくれた。2人掛けのソファだけど、ソファが大きめせいか、僕が標準より小さいせいか何とか座れている。

「セルバ、邪魔だ」

主人であるアステールに文句を言われても、セルバはにっこりと笑うだけで見向きもしない。

この世界の主従関係は緩いのかな?

そんなことを思っていると、神妙な顔のセルバに切り出された。

「ユキト様、今後についてのお話ですが、よろしいでしょうか」

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