63 / 83
鏡にキスを編
勇者誕生の瞬間!
しおりを挟む
「え、えーー………終わり?」
倒れている狩虎を見ながら亜花は困惑し、その後ろで下品な笑い声を響かせる魔剣。………こいつはなんでこうも意味のわからない場面を作れるんだ。とグレンは思った。しかしそのグレンの考えは簡単に覆される。
魔剣がある場所から水が発生!それは魔剣を狩虎の元まで流すと、狩虎は魔剣に肘打ちをかまし立ち上がると同時に蹴り上げ握り手を掴むと逃走を図った!
「これで1人助けたな!俺は逃げるぞ!」
「………………」
「…………お前、プライドってないの?」
「そんなものを持てるほど俺は強くありませーん!ふわっはっはっ!」
グレンの人生における最低ラインをこの一瞬で2回も更新した狩虎はなりふり構わず逃げる。あと30秒逃げれば亜花は20秒間、強制的に狩虎を見逃さなきゃいけないからだ。
「………おい、亜花」
「わかってる」
しかしここまでのデタラメをされて亜花とグレンが黙っているわけがない。亜花は全速力で飛び出し狩虎との間合いを0.2秒で詰め
バチィインン!!!
詰めきる前、最高速度になった瞬間、トラックがぶつかり合ってひしゃげたような音が響いた。目に見えない水の壁にノーガードでぶつかったのだ。いかに亜花といえど身体は魔族。勇者ほど頑丈ではなく、さらにノーガードだったこともあり彼は顔を押さえてうずくまる。
「まず1回目は俺の勝ちだな。逃げさせてもらうよーん」
そして狩虎は見事にこの場から逃げ切った。
光の屈折率をいじったのか?それともイリナや他の奴らから報告があった[魔法エネルギー]ってやつか?………どちらにしろ光を屈折しない水ってのは厄介だな。頭に入れておかないと。
「おう亜花、大丈夫か?」
「うん………なんとか。まだジンジンするけど」
亜花の鼻が真っ赤だ。しかしその程度のダメージ。致命傷にはならない。意識さえすればそこまでの脅威ではないな。
「いいか亜花、あいつはイリナとは真逆の人間だ。プライドもへったくれもない、人の弱さをつくのが得意なタイプ。ああいうのをぶっ倒すのに1番大切なのは圧倒的な実力差で叩き潰すことだ。………次やつを見つけたら空間の全てを破壊しながら全力を持って倒しにいけ」
「うん、わかった」
グレンは亜花が狩虎を倒す為に走り出したのを見送った。
狩虎は自分の弱さを理解し、卑怯に徹しきることを選んだようだ。あいつの性格からすれば当然の判断か。あいつは合理主義者で可能性が高い手段を常に選び続ける。奇跡や幸運なんていう有難いものに望みを託さない。俺はあいつのそういう部分は評価してるんだけどな………今のお前はその選択を出来ていない。気がついているだろう?お前は今、2つの大きな矛盾の中にいる。その殻を破らないと、どちらにしろお前に未来はないんだぞ。
飯田狩虎は自信がない。というか自信を行動の原動力にしたくないと考えている。自信とは過去の積み重ねによって生じるのだ、要は過去の栄光でしかない。そんなもので自分を励ますぐらいなら、[頑張らないと将来はないぞ]と自分を追い詰めた方が幾分かマシとすら思っている。未来を思うから人は成長できるのだ、過去に縛られていては立ち止まり周りの人間に抜かされていくだけ………飯田狩虎は強迫観念で行動している。
「……………」
握り締めた拳を俺は見つめた。
やはり魔力を集中させる防御は上手くいく。問題はそれを攻撃に利用することだ。いままで運動せずに勉強してきたからなぁ、宏美みたいに殴る蹴るが慣れてないのだ。頭の中ではなんとなくイメージできているけれど、いざやってみると力の入り方が微妙すぎる。インパクトの瞬間が合ってない。
防御だけは上手くいく、さてどうしたものか………
「……………」
「難しい顔をするな小僧」
うるさいなぁこのガラクタ。
「小僧は物事を難しく考え過ぎている。もっと楽に行動するべきだ」
「………才能がない俺にそんなことはできないよ。余裕っていうのは有り余る才能と自信がないと生まれないんだ。一切当てはまらない要素だよ今の俺には」
「………それは違うだろう」
魔剣が目を大きく広げて俺を見てくる。
「罪悪感のせいでその力を使いたくないだけだろう。自信だとか才能だなんてズルい言葉を使って言い訳するな」
………こんな赤ちゃん魔剣に言われたらおしまいだな。
「…………はぁ。なーんであの時、勇者殺しちゃったのかなぁ俺」
俺は項垂れた。これを言われたのが魔剣じゃなくてイリナだったら、きっと俺は強がって嘘をついていただろう。でも相手が無生物だというのがあって心に隙が生まれてしまったんだ。俺はポツポツと感情を吐露していく。
「殺さなきゃこんな想いせずに済んだのに………過去の自分をぶん殴りたいわ」
「狩虎が過去の狩虎を殴るのか」
「そう。狩虎が過去の狩虎を殴って狩虎を止めてあげたい」
わかってる。全ては俺が悪いのだ。青ローブが暴れたのも、勇者を殺したのも、頑なになって更にもっと大勢の人間を殺したのも、全て俺が悪いのだ。
「勇者を大量に殺してしまった手前、彼らの力に頼るのには気が引けるというわけか………だから小僧なのだ」
「わかってるつもりなんだけどな………」
「わかってるなら解決策を出してもう解決しているはずだ」
「………これが正解だと思っているんだよ」
「だったら葛藤などしない」
強がるにしてももっとマシな嘘つけよ俺。
俺自身がよく分かっているのだ、今俺はかなり追い詰められている。イリナに魔族側の魔力を封じられ、使えるのは勇者の魔力だけ。それに頼らないとどう頑張っても亜花君と戦うことはできないのに…………俺の弱さが邪魔している。
「更に人を殺すという地獄を選択したのは小僧だろう。それ相応の覚悟をもってこの選択をしたはずだ。それなのに今更罪悪感なんかで躊躇うな」
………こいつは正しいことを言っている。自分の決断で人を殺しまくった俺が、罪悪感なんかで苦悩するのはちゃんちゃらおかしいのだ。
「でもこのラインを超えてしまったら、俺はもう生きていけないと思う。プライドとかそういう話じゃなくて俺の心のキャパが崩壊する………俺は強くないからな」
俺は物陰から抜け出し正面に目を向けた。そこには俺を追ってきた亜花君がいて、彼は一瞬で飛び出した。彼を中心にした半径5mの空間が消えていく。全ての元素と熱が脇に追いやられ、完璧な真空状態を作り出している。あそこに水を投げても亜花君に当たることは絶対にないだろう。
「……………」
だから俺はあえて何もせずに突っ立っていた。そして彼の攻撃が当たる瞬間、俺は両手を重ねて攻撃を防ぐ!しかしあまりの衝撃に俺の上半身はのけぞり3歩後退する!彼の能力は物理法則を好き勝手に変更することができる。攻撃の衝撃を何倍にも跳ね上げるのは容易だろう。
更にガードした腕の皮が剥がれ血管が破裂する!衝撃の浸透の仕方すらも変更できるのだ、彼の攻撃をガードするのはまずすぎる!
けれど俺は反撃することなくひたすらに亜花君の攻撃をガードし続ける。
「何か策でもあるのかな?お兄さん?」
「………まぁ見てろって」
第一類勇者クラスの頑丈さで防御しているとはいえ、亜花君の破壊力は馬鹿げている。俺の両腕から凄まじい量の血が流れ落ちていく。骨ももう限界だな………そろそろ骨折してもおかしくないぞ。
今の俺を突き動かしているのは罪悪感だが、俺の成長を止めているのもまた罪悪感だ。カイを殺して手に入れた力に縋るぐらいならさっさと死ねばいいのだ。大量殺人鬼が生にしがみつくなんて反吐が出る。それに亜花君がある程度賢いってこともわかったから、彼が魔王の力を引き継いだら勇者領を守ってくれるはずだ。俺が死んでもイリナが死なないのなら、もうそれでいいんじゃないかな。
俺はひたすらに亜花君の攻撃を受け続ける。
つーかカースクルセイドに大打撃与えた時点で俺の仕事は終わってる感じしない?マジで俺がもう頑張る必要ないじゃん。勇者領を救うのは勇者に任せてさ、場違いな魔族はゆーったりと現実世界で勉強してればいいんですよ。
「じゃあ正義のヒーローになればいいだけだろ」
グレンが近づいてくる。彼の右手には風が集まり、葉っぱを空高くへと飛ばしている。
「お前は勇者に嫌われながら勇者領を救おうとしている。だからお前の計画と行動はチグハグなんだ。勇者の力は借りたくないが勇者は助けたいだなんて………甘ったれるのもいいかげんにしろよ」
そんな簡単なものじゃないだろ。俺は拳を握りしめた。
「今のお前には勇者の、お前が殺したカイの力しかねーんだよ。現実見ろよアホンダラ」
「だからってそんな簡単に縋り付けるわけがないだろ!」
亜花君の攻撃を右手でそらしガラ空きの胴体に向けて放水するが、彼の魔力によって水の軌道が逸れた。そしてガラ空きになった胴体目掛けて放たれるパンチをモロに喰らい膝が震える!でも堪えて倒れなかった俺は、再度水を生み出し壁を作り出すと亜花君から逃げる!が、その壁すらも彼は簡単に吹き飛ばし俺との間合いを詰めた!もう1発殴られた俺は吹き飛ばされ地面に倒れる!
「1年前に勇者を大量に殺して、そして今回もまた勇者を大量に殺した!イリナや他の大勢の人達を絶望に追いやった俺を受け入れる人間なんていないだろ!俺自身すら自分のことを受け容れられてないってのにさぁ!」
「そうだな、お前が魔王だって分かっても、それでもお前に期待していたイリナを裏切ってお前は大量の人間を殺した。受け容れられないのは当然だ」
「だったら!」
その後に続いた俺の言葉を風がかき消した。埃を舞い上げ、空に消えいく様を俺は見上げていた。
「そんなお前をイリナは許した。カイを殺され、苦悩の中で導き出した信頼を裏切られ、大量の勇者を殺したお前をそれでもイリナは殺さなかった。お前すら受け容れられなかったお前自身を、イリナだけは受け容れてくれたんだ。それなのにお前はまたあいつの期待を裏切るのか?」
「………………」
言葉が出なかった。頑張って何か反論しようとしても、喉から言葉が出てきてくれない。俺の心が拒絶してるんだ。「言葉に出して否定したら、俺はもう後戻りができない」………そんな気がしたから。
「今の無力なお前が本当にイリナを助けられるのか?なぁ?………甘えてるだけなんだよお前はよ。御託並べて理由をつけて、自分が傷つかないようにただただ逃げている」
グレンが俺の目の前に立ち、膝を曲げ腰を下ろした。視線を微動だにもさせずに俺のことを見下ろしてくる。
「お前が決めたことだろ?なら最後までやり遂げろや」
「………言ってくれるじゃないかグレンさん」
俺は震える両腕に力を込めて立ち上がる。くそっくそっ!言われっぱなしなのも癪だが、それ以前に言われたこと全てが的を射ている自分に腹が立つ!
「魔王の力が戻ったら真っ先にあんたをボコボコにしてやる。上から目線で俺に説教できるのは今だけだからな!」
「アホンダラ、その時には俺に感謝しまくりで頭すら上がんねーよ」
立ち上がった俺は両目を閉じながら自分の頬っぺたを両手で引っ叩いた!衝撃で目の奥に広がる痛みを噛み締める。そして目を開けた俺はゆっくりと前へと進む。
「逆だ逆。その時には俺が勇者領を救って全平民が俺に首を垂らすんだ。まっ、それまでは勇者の力を使ってやるよ」
「ふーーん………その前に亜花を倒せんのか?」
「そりゃあ当然さ」
襲い掛かろうとする亜花君に、俺は右手を挙げて静止する。
「憶えているだろう?1分間鬼ごっこした後には20秒のインターバルだ。その間君は俺を襲うことはできない」
俺はゆっくりと亜花君へと向かっていく。
「まさか鬼ごっこで鬼が逃げるなんてことはないよなぁ?んーー?」
そして勢いよく飛び出し殴りかかる!
「20秒間殴り続けてやるぜぇ!俺が勇者になる瞬間を目に焼き付けるがいい!」
「なんて汚いんだこいつ!」
ふっはっはっはっ!なんとでも言えぇぇええ!勝利すればよかろうなのだぁあ!!
ペチン!
「……………」
腰の入ってないヘナヘナパンチが見事炸裂するが、亜花君にはノーダメージ!………確かに心理的な苦手意識は克服したが、そもそも俺が喧嘩慣れしてないことに変わりはない。これはあれですね、ダメですね。
「んじゃあ小生は逃げさせていただきまーす。あっ、絆創膏置いとくんで殴られた場所に貼ってくださいね!怪我が長引いたら大変ですからそれでは!」
何度も何度も頭を下げながら距離を取り、そして最後に俺は全力で逃げ出した!
「…………マジでこの世で1番だせーなあいつ」
こうしてまたグレンの最低ラインを更新する狩虎であった。
倒れている狩虎を見ながら亜花は困惑し、その後ろで下品な笑い声を響かせる魔剣。………こいつはなんでこうも意味のわからない場面を作れるんだ。とグレンは思った。しかしそのグレンの考えは簡単に覆される。
魔剣がある場所から水が発生!それは魔剣を狩虎の元まで流すと、狩虎は魔剣に肘打ちをかまし立ち上がると同時に蹴り上げ握り手を掴むと逃走を図った!
「これで1人助けたな!俺は逃げるぞ!」
「………………」
「…………お前、プライドってないの?」
「そんなものを持てるほど俺は強くありませーん!ふわっはっはっ!」
グレンの人生における最低ラインをこの一瞬で2回も更新した狩虎はなりふり構わず逃げる。あと30秒逃げれば亜花は20秒間、強制的に狩虎を見逃さなきゃいけないからだ。
「………おい、亜花」
「わかってる」
しかしここまでのデタラメをされて亜花とグレンが黙っているわけがない。亜花は全速力で飛び出し狩虎との間合いを0.2秒で詰め
バチィインン!!!
詰めきる前、最高速度になった瞬間、トラックがぶつかり合ってひしゃげたような音が響いた。目に見えない水の壁にノーガードでぶつかったのだ。いかに亜花といえど身体は魔族。勇者ほど頑丈ではなく、さらにノーガードだったこともあり彼は顔を押さえてうずくまる。
「まず1回目は俺の勝ちだな。逃げさせてもらうよーん」
そして狩虎は見事にこの場から逃げ切った。
光の屈折率をいじったのか?それともイリナや他の奴らから報告があった[魔法エネルギー]ってやつか?………どちらにしろ光を屈折しない水ってのは厄介だな。頭に入れておかないと。
「おう亜花、大丈夫か?」
「うん………なんとか。まだジンジンするけど」
亜花の鼻が真っ赤だ。しかしその程度のダメージ。致命傷にはならない。意識さえすればそこまでの脅威ではないな。
「いいか亜花、あいつはイリナとは真逆の人間だ。プライドもへったくれもない、人の弱さをつくのが得意なタイプ。ああいうのをぶっ倒すのに1番大切なのは圧倒的な実力差で叩き潰すことだ。………次やつを見つけたら空間の全てを破壊しながら全力を持って倒しにいけ」
「うん、わかった」
グレンは亜花が狩虎を倒す為に走り出したのを見送った。
狩虎は自分の弱さを理解し、卑怯に徹しきることを選んだようだ。あいつの性格からすれば当然の判断か。あいつは合理主義者で可能性が高い手段を常に選び続ける。奇跡や幸運なんていう有難いものに望みを託さない。俺はあいつのそういう部分は評価してるんだけどな………今のお前はその選択を出来ていない。気がついているだろう?お前は今、2つの大きな矛盾の中にいる。その殻を破らないと、どちらにしろお前に未来はないんだぞ。
飯田狩虎は自信がない。というか自信を行動の原動力にしたくないと考えている。自信とは過去の積み重ねによって生じるのだ、要は過去の栄光でしかない。そんなもので自分を励ますぐらいなら、[頑張らないと将来はないぞ]と自分を追い詰めた方が幾分かマシとすら思っている。未来を思うから人は成長できるのだ、過去に縛られていては立ち止まり周りの人間に抜かされていくだけ………飯田狩虎は強迫観念で行動している。
「……………」
握り締めた拳を俺は見つめた。
やはり魔力を集中させる防御は上手くいく。問題はそれを攻撃に利用することだ。いままで運動せずに勉強してきたからなぁ、宏美みたいに殴る蹴るが慣れてないのだ。頭の中ではなんとなくイメージできているけれど、いざやってみると力の入り方が微妙すぎる。インパクトの瞬間が合ってない。
防御だけは上手くいく、さてどうしたものか………
「……………」
「難しい顔をするな小僧」
うるさいなぁこのガラクタ。
「小僧は物事を難しく考え過ぎている。もっと楽に行動するべきだ」
「………才能がない俺にそんなことはできないよ。余裕っていうのは有り余る才能と自信がないと生まれないんだ。一切当てはまらない要素だよ今の俺には」
「………それは違うだろう」
魔剣が目を大きく広げて俺を見てくる。
「罪悪感のせいでその力を使いたくないだけだろう。自信だとか才能だなんてズルい言葉を使って言い訳するな」
………こんな赤ちゃん魔剣に言われたらおしまいだな。
「…………はぁ。なーんであの時、勇者殺しちゃったのかなぁ俺」
俺は項垂れた。これを言われたのが魔剣じゃなくてイリナだったら、きっと俺は強がって嘘をついていただろう。でも相手が無生物だというのがあって心に隙が生まれてしまったんだ。俺はポツポツと感情を吐露していく。
「殺さなきゃこんな想いせずに済んだのに………過去の自分をぶん殴りたいわ」
「狩虎が過去の狩虎を殴るのか」
「そう。狩虎が過去の狩虎を殴って狩虎を止めてあげたい」
わかってる。全ては俺が悪いのだ。青ローブが暴れたのも、勇者を殺したのも、頑なになって更にもっと大勢の人間を殺したのも、全て俺が悪いのだ。
「勇者を大量に殺してしまった手前、彼らの力に頼るのには気が引けるというわけか………だから小僧なのだ」
「わかってるつもりなんだけどな………」
「わかってるなら解決策を出してもう解決しているはずだ」
「………これが正解だと思っているんだよ」
「だったら葛藤などしない」
強がるにしてももっとマシな嘘つけよ俺。
俺自身がよく分かっているのだ、今俺はかなり追い詰められている。イリナに魔族側の魔力を封じられ、使えるのは勇者の魔力だけ。それに頼らないとどう頑張っても亜花君と戦うことはできないのに…………俺の弱さが邪魔している。
「更に人を殺すという地獄を選択したのは小僧だろう。それ相応の覚悟をもってこの選択をしたはずだ。それなのに今更罪悪感なんかで躊躇うな」
………こいつは正しいことを言っている。自分の決断で人を殺しまくった俺が、罪悪感なんかで苦悩するのはちゃんちゃらおかしいのだ。
「でもこのラインを超えてしまったら、俺はもう生きていけないと思う。プライドとかそういう話じゃなくて俺の心のキャパが崩壊する………俺は強くないからな」
俺は物陰から抜け出し正面に目を向けた。そこには俺を追ってきた亜花君がいて、彼は一瞬で飛び出した。彼を中心にした半径5mの空間が消えていく。全ての元素と熱が脇に追いやられ、完璧な真空状態を作り出している。あそこに水を投げても亜花君に当たることは絶対にないだろう。
「……………」
だから俺はあえて何もせずに突っ立っていた。そして彼の攻撃が当たる瞬間、俺は両手を重ねて攻撃を防ぐ!しかしあまりの衝撃に俺の上半身はのけぞり3歩後退する!彼の能力は物理法則を好き勝手に変更することができる。攻撃の衝撃を何倍にも跳ね上げるのは容易だろう。
更にガードした腕の皮が剥がれ血管が破裂する!衝撃の浸透の仕方すらも変更できるのだ、彼の攻撃をガードするのはまずすぎる!
けれど俺は反撃することなくひたすらに亜花君の攻撃をガードし続ける。
「何か策でもあるのかな?お兄さん?」
「………まぁ見てろって」
第一類勇者クラスの頑丈さで防御しているとはいえ、亜花君の破壊力は馬鹿げている。俺の両腕から凄まじい量の血が流れ落ちていく。骨ももう限界だな………そろそろ骨折してもおかしくないぞ。
今の俺を突き動かしているのは罪悪感だが、俺の成長を止めているのもまた罪悪感だ。カイを殺して手に入れた力に縋るぐらいならさっさと死ねばいいのだ。大量殺人鬼が生にしがみつくなんて反吐が出る。それに亜花君がある程度賢いってこともわかったから、彼が魔王の力を引き継いだら勇者領を守ってくれるはずだ。俺が死んでもイリナが死なないのなら、もうそれでいいんじゃないかな。
俺はひたすらに亜花君の攻撃を受け続ける。
つーかカースクルセイドに大打撃与えた時点で俺の仕事は終わってる感じしない?マジで俺がもう頑張る必要ないじゃん。勇者領を救うのは勇者に任せてさ、場違いな魔族はゆーったりと現実世界で勉強してればいいんですよ。
「じゃあ正義のヒーローになればいいだけだろ」
グレンが近づいてくる。彼の右手には風が集まり、葉っぱを空高くへと飛ばしている。
「お前は勇者に嫌われながら勇者領を救おうとしている。だからお前の計画と行動はチグハグなんだ。勇者の力は借りたくないが勇者は助けたいだなんて………甘ったれるのもいいかげんにしろよ」
そんな簡単なものじゃないだろ。俺は拳を握りしめた。
「今のお前には勇者の、お前が殺したカイの力しかねーんだよ。現実見ろよアホンダラ」
「だからってそんな簡単に縋り付けるわけがないだろ!」
亜花君の攻撃を右手でそらしガラ空きの胴体に向けて放水するが、彼の魔力によって水の軌道が逸れた。そしてガラ空きになった胴体目掛けて放たれるパンチをモロに喰らい膝が震える!でも堪えて倒れなかった俺は、再度水を生み出し壁を作り出すと亜花君から逃げる!が、その壁すらも彼は簡単に吹き飛ばし俺との間合いを詰めた!もう1発殴られた俺は吹き飛ばされ地面に倒れる!
「1年前に勇者を大量に殺して、そして今回もまた勇者を大量に殺した!イリナや他の大勢の人達を絶望に追いやった俺を受け入れる人間なんていないだろ!俺自身すら自分のことを受け容れられてないってのにさぁ!」
「そうだな、お前が魔王だって分かっても、それでもお前に期待していたイリナを裏切ってお前は大量の人間を殺した。受け容れられないのは当然だ」
「だったら!」
その後に続いた俺の言葉を風がかき消した。埃を舞い上げ、空に消えいく様を俺は見上げていた。
「そんなお前をイリナは許した。カイを殺され、苦悩の中で導き出した信頼を裏切られ、大量の勇者を殺したお前をそれでもイリナは殺さなかった。お前すら受け容れられなかったお前自身を、イリナだけは受け容れてくれたんだ。それなのにお前はまたあいつの期待を裏切るのか?」
「………………」
言葉が出なかった。頑張って何か反論しようとしても、喉から言葉が出てきてくれない。俺の心が拒絶してるんだ。「言葉に出して否定したら、俺はもう後戻りができない」………そんな気がしたから。
「今の無力なお前が本当にイリナを助けられるのか?なぁ?………甘えてるだけなんだよお前はよ。御託並べて理由をつけて、自分が傷つかないようにただただ逃げている」
グレンが俺の目の前に立ち、膝を曲げ腰を下ろした。視線を微動だにもさせずに俺のことを見下ろしてくる。
「お前が決めたことだろ?なら最後までやり遂げろや」
「………言ってくれるじゃないかグレンさん」
俺は震える両腕に力を込めて立ち上がる。くそっくそっ!言われっぱなしなのも癪だが、それ以前に言われたこと全てが的を射ている自分に腹が立つ!
「魔王の力が戻ったら真っ先にあんたをボコボコにしてやる。上から目線で俺に説教できるのは今だけだからな!」
「アホンダラ、その時には俺に感謝しまくりで頭すら上がんねーよ」
立ち上がった俺は両目を閉じながら自分の頬っぺたを両手で引っ叩いた!衝撃で目の奥に広がる痛みを噛み締める。そして目を開けた俺はゆっくりと前へと進む。
「逆だ逆。その時には俺が勇者領を救って全平民が俺に首を垂らすんだ。まっ、それまでは勇者の力を使ってやるよ」
「ふーーん………その前に亜花を倒せんのか?」
「そりゃあ当然さ」
襲い掛かろうとする亜花君に、俺は右手を挙げて静止する。
「憶えているだろう?1分間鬼ごっこした後には20秒のインターバルだ。その間君は俺を襲うことはできない」
俺はゆっくりと亜花君へと向かっていく。
「まさか鬼ごっこで鬼が逃げるなんてことはないよなぁ?んーー?」
そして勢いよく飛び出し殴りかかる!
「20秒間殴り続けてやるぜぇ!俺が勇者になる瞬間を目に焼き付けるがいい!」
「なんて汚いんだこいつ!」
ふっはっはっはっ!なんとでも言えぇぇええ!勝利すればよかろうなのだぁあ!!
ペチン!
「……………」
腰の入ってないヘナヘナパンチが見事炸裂するが、亜花君にはノーダメージ!………確かに心理的な苦手意識は克服したが、そもそも俺が喧嘩慣れしてないことに変わりはない。これはあれですね、ダメですね。
「んじゃあ小生は逃げさせていただきまーす。あっ、絆創膏置いとくんで殴られた場所に貼ってくださいね!怪我が長引いたら大変ですからそれでは!」
何度も何度も頭を下げながら距離を取り、そして最後に俺は全力で逃げ出した!
「…………マジでこの世で1番だせーなあいつ」
こうしてまたグレンの最低ラインを更新する狩虎であった。
0
お気に入りに追加
15
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる