Face of the Surface

悟飯粒

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彼らは新人類編

闇に蠢く

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 「くそっ………くそっっ!」

 それは闇に身を潜めていた。腹から滴り落ちる血を両手で押さえながら、追跡してくる勇者をどうにか撒こうと身を縮める。

 「こんなはずじゃないのに!なんであそこで炎帝が!」

 初めて味わう火傷の痛みに目を白黒させながら男は悪態をつく。カースクルセイドはもっと大きくなるはずなんだ!それなのにあんな………あまりにも予想外すぎるだろ!なんで魔王が勇者の味方してるんだよ!

 「あっはっはっはっ!確かに確かに!狩虎ちゃんが炎帝だったのには驚いちゃったなー!流石にそこまではわからなかったよねぇ!」

 一緒に隠れているすばるが大きな声で笑う。

 「おいっ。大きな声出すなバレちまうだろうが。」
 「いいんだよ別に、バレても。」

 しかし昴はそういうと、俺の眉間に人差し指を突きつけた。

 「確かに炎帝が現れるのは予想外だった。まさかあそこまでバカだったなんてねぇ、大したタマだよ彼は。…………でもね、君が今回の戦いで負けるのは予定通りなんだよ。わかる?僕が言いたいこと。ああ、暴れないほうがいいよ一瞬で撃ち殺すから。まぁ僕には君程度の炎は効かないからさ、攻撃したところで意味なんてないんだけども。」

 恐怖と緊張と共に、冷えた汗が身体の中から溢れ出しているのがわかる。ま、まさか裏切るのかこのタイミングで?………勇者領の二重スパイだったのか!?

 「それも違うなぁ。僕は勇者領の敵だよ。………僕の所属先は勇者領にバレちゃいけなくてね、カースクルセイドを隠れ蓑にしよと思ってたんだ。安心しなよ、僕らに服従する限り殺しはしないから、多分。気が変わらなきゃね。」
 「な、なんの話を………」
 「君には難しいか。うんうん、やめておこう。簡潔に言ってあげよう。僕達を受け入れたらカースクルセイドはもっと強くなれるし、君も強くなれる。…………もしかしたら、あの炎帝すらも倒せるようになるかもしれない。どう?」

 炎帝を倒せるようになるだって?俺の脳裏に昨日の記憶が流れる。たった一撃で俺を倒したあの炎帝を倒せるようになるだなんて…………今俺の心にあるのは復讐心だ。黒くてギスギスしている、粘っこい塊。一泡吹かせてやりたいと思っていたあいつを倒せるだなんて!

 「…………本当に俺は強くなれるんだな?」
 「約束しよう。僕ともう1人、素敵な助っ人が君を強くしてあげる。」
 「いたぞここぎぃっ!?」

 俺達を発見した勇者が一瞬のうちに闇に飲み込まれて消え去った。そしてその闇から出てきたのは3人の男。………こいつら見たことあるぞ。確か勇者の………

 「さぁ!勇者領を滅ぼそうじゃあないか!新生カースクルセイドが!」

 俺達は闇の中に消えていった。



 ~2日後~

 「勇者の失踪が相次いでいます。」

 俺の裁判が終わり、切り落とした両腕の治療をする為にベッドに横たわっていると、慶次さんが来て俺にそう言った。

 「カースクルセイドの仕業かどうかわかりませんが、何者かの陰謀を感じます。原因を究明して即刻解決してきてください。」
 「…………え?俺に言うんです?そこはほら、もっと扱い易い勇者に言うべきじゃないですか?」

 一応俺魔族だからね?裏切る可能性があるんだからね?

 「貴方なら死んだってこっちのプラスになりますからね。それに裏切ったところでボタン1つで殺せるわけですし。」

 俺は自分の左胸につけている装置を見た。この魔力制御装置に付随する遠隔で人を殺す機能。成り行きでこれをつけることになったわけだが………やっぱりこうなるよなぁ。だからこの提案だけはしたくなかったんだ。雑に扱われすぎてしまう。

 「………先に言っておきますが私は中立の立場です。あなたを積極的に殺すつもりはないし、擁護するつもりもない。使えるものは使う、ただそれだけです。」

 俺の嫌そうな表情を見て何かを察した慶次さんが付け加えた。俺からの敵意をなくしておきたいのだろう。まぁわかるけどさぁ。

 「わかってますよ………前に俺の魔力を[爆発]の魔力だって言った時からよくね。」

 俺と慶次さんが初めて会った時、俺の魔力を偽って勇者の重役に伝えてくれた。ここで殺すぐらいならカースクルセイドにぶつけてから殺したほうが得策だと考えていたのだろう。まったく酷い人だ。仕事ができる人は冷血だよなぁ本当。

 「それ故に貴方に利用価値がないと分かればさっさと殺しますし、変な動きを見せても殺す。それさえわかっていただければ、今回の任務は快く引き受けてくれますよね?」

 ああなるほどね。俺からの敵意をなくす為じゃなくて脅す為にそう言ったのか。…………ふぅーー悲しいなぁ。

 「わかりました………やらせていただきます。」
 「そうですか、それじゃあ怪我が治り次第すぐにでも出発してください。幸運を祈っております。」

 そして慶次さんはここからすぐに出ていった。つ、つめてぇ。冷酷だよ。俺は寝転がり天井を眺める。
 奴隷だなぁこりゃ。テキトウなことやってたらすぐに殺されてしまいそうだ。…………そうだよなぁ、魔王を恨む奴らなんてたくさんいるもんなぁ。殺したがる奴らなんてそこら辺にゴロゴロいるだろうし、今日なんて俺の死刑を見るためだけにアホみたいな人数集まってたわけだし………路地裏で人に刺されるかもな。ははっ、身バレってつれーわ。だがまっ、殺されるわけにはいかないか。なんつったって……………

 「…………やぁ。」

 イリナが部屋に入ってきた。俺の正体が知られてからこの世界で初めて対面する。彼女はゆっくりと俺の元へと歩いてくる。カツンカツン………カツンカツン………と、音が響く。彼女の顔は険しく、俺の目を見つめていた。

 「………………」
 「………………」

 イリナが俺の隣に立ってから、2人は無言になった。ただ俺から言うことは何もない。俺の願いはずっとイリナに言い続けていたからだ。イリナはそれにどう答えるのか…………俺達が出会ってから言わなきゃいけないのはただのそれだけなのだ。

 「…………君は私に殺されたいの?」
 「…………ああ。」

 イリナの口から悲しそうな声が漏れた。俺も吐き出すように言葉を漏らす。

 「…………なんで?」
 「…………人を殺したら裁かれるべきだろ?ただのそれだけだ。」
 「それだけ?」
 「それだけ。」

 俺はイリナの目から逃げた。床のただただ白い壁を眺めていたが、あまりにも白くて眩しいから自分の布団に視線を移す。

 「じゃあさ、殺してあげるよ。カースクルセイドを倒したその日に。」
 「…………そうか、楽しみに待ってるよ。」

 そしてイリナはこの部屋から去っていく。

 「…………ごめん。」

 罪悪感でいっぱいになって、俺はイリナに聞こえないように謝った。

 ~第一章 魔王との邂逅編 end 第二章に続く~
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