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悪魔の化身~絶対的な暴力による支配~

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「は? 嘘、でしょ……?」
 バタッ。
 最後の一人。私達が囲んでいた男の内、最後の一人があっという間に床に倒れた。
 いつも通り。今日の放課後に遊ぶお金を、ちょっとだけせびろうとしただけなのに。
 いつもと違ったところで言えば、私達がせびった時に渋って直ぐにお金を出さなかったこと。だから、忘れてしまったらしい私達とアイツの立場ってやつを分からせてやろうと思って、1:5でボコしていたはずなのに。
 気が付いたら、床に倒れたのは5人。唯一立っているアイツは、腕をポキポキと鳴らしながらこちらを見ていて……。

「あ……、う……ッ」

 なんと言えばいいんだろう。
 果ての無い闇を内包しているというか、見ているだけで呑み込まれそうになる感覚が私を襲った。

「ね、ねぇ沙耶? どうするの? 絶対ヤバいって……」
「に、逃げようよッ! わ、わたしら女だし? 手までは出してこないって……」
「俺さぁ? そうやって自分の罪を償わないで逃げようとするやつと、自分たちの弱い部分を逆手に取って翳してくる奴って、大っ嫌いなんだよね?」
「「「ッ⁉」」」

 ゾッと、底冷えする様な声でそんな言葉を放ってくる。
 その瞬間、私は理解した。これまで、私達はアイツの掌の上で調子に乗っていただけなんだってことに。
 そして、もう一つ。
 私達はこの場から、何の代償も無しには逃げられないってことも。

「お、お前さぁッ⁉ 調子に乗ってるんじゃないよッ! そ、そいつらを倒したくらいで調子に乗って? なんなの? 私に手を出したら、絶対に彼氏が黙ってないんだからねっ!」
「へぇ? なら、今すぐに呼んで来ればいいじゃん? まぁ、呼ぶ時間を待ってあげる程、俺は優しくないけどね?」
「と、止まれよッ⁉」

 一歩、また一歩。
 今度は首をコキコキと鳴らして近付いてくる。そんな様子に、彼氏を盾にして逃げようと算段を立てていた愛子は顔を引きつらせて恐怖に慄いていた。
 この時までは、何の代償も払わないで済むわけはないと理解しつつも、だけどどこかで『女だから』という理由を盾にしていた。
 そう、この時までは。

「はい、時間切れ。後で彼氏に言っても良いけど、その彼氏の命までは保証できねぇわ」
「ヒ……ッ」

 ドスッ、ドカンッ!

「「ッ⁉」」

 私の目では追い切れない速度で繰り出された攻撃で、気が付いたら愛子の身体が吹き飛んで校舎の壁に叩き付けられていた。
カハッ、と愛子が咳き込むと、そこから血が吐き出されたのが見えた。

「チッ。雑魚の癖に調子に乗ってたのはテメェだろうが? なんでそれが理解できねぇんだか。なぁ、お前ら?」
「あ、あぁ……。愛子が……」
「ッ……」

 蛇に睨まれた蛙とは、まさにこんな気分なんだろうか?
 その時、私は生まれて初めて本当の恐怖と言うものを知った。
 パパ活中に、男に強引に本番を迫られたりするのとは訳が違う。女としてではなく、一生命体として、アイツに恐怖を感じている。

「小岩井……。いや、沙耶だっけか? テメェは後でたっぷり懲らしめてやるよ。いつも言ってた、分からせってやつ? 今度はお前に体験させてやるから。そのつもりで覚悟してろ。んで、西條? お前には質問しようか。今からあそこに倒れてる女みたいになるか、それともこれで、そこに転がってるお前の彼氏を殺すか。どっちか選べ」
「へ?」

 そう言って差し出したのは、差し照らす太陽光を反射する銀色の刃を持つ……、ナイフだった。

「ちょ、ちょっと本気で言ってるのっ⁉ な、なんで私が成君(なりくん)を殺さないといけないのよッ⁉」
「そうか? 別にいいんだ。俺は選べって言ったからな。つまりお前は、あそこでちぃ吐いている女みたいになりたいってことだろ?」
「そ、それは……」

 そう言って指し示された愛子は、先ほどよりもグッタリとしていて気絶しているようだった。その様を見れば、女であろうが容赦なく手を下すことは理解できるし、何よりその惨状を実際に見ている以上、恐怖は通常のそれではない。
不意に殴られるのと、理解した状態で殴られるの。後者の方が断然怖いのと同じだ。

「最後に聞くぞ? あの女みたいにボコられるか、そこの男を殺すか。あぁ、伝え忘れてたが、ようやっと肩もあったまって来たからな? もしかしたら、顔の骨が砕けるかもしれねぇが、それもお前らへの罰ってことで許せな?」
「ほ、骨が砕けるって……」

 ただの脅し。
そう割り切るには悲惨すぎる状況が転がり過ぎている。実際、気絶している愛子はあばらの一本か二本は折れていてもおかしくない。
 
「早くしろ。じゃないと、両方にするぞ?」
「そ、そんな……ッ⁉ ね、ねぇ沙耶ッ⁉ 助けてよッ!」
「ッ……」

 私は縋られて、けれど何とも答えることが出来ない。この後、自分に襲い掛かる災厄がどの程度のモノなのか。それを考えるだけで精一杯なのだから。

「はぁ、ったく。んじゃ、両方な? 決まり~」
「ま、待ってッ⁉ わ、分かった殺すッ! 殺せばいいんでしょうッ⁉」
「ちょ、ちょっとッ⁉」
「だ、だってしょうがないじゃんっ! 愛子を見てよッ⁉ わ、私はあんなになりたくないっ! 死にたくなんかないよッ⁉」
「それは、そう、かもだけど……」

 涙ながらに気持ちを吐露されれば、私は強く否定できなかった。幾ら好きな相手のためとはいえ、自分を犠牲にするかと問われればそうじゃないからだ。
 けれど、それと実際に殺すかはまた別問題。だけど、この場においてはそうじゃない。アイツはここまで、生命を脅かす圧倒的な力を見せつけてきた。それはつまり、私達が死ぬ可能性があるという事。であれば、その身代わりとして彼氏の息の根を止めるのも、まぁ理解はできる、かもしれない。
 ナイフを持って、小夏は鼻息荒く転がる彼氏の元まで歩いていく。その目は血走っていて、明らかに精神状態がイカれてる。
隙を見てチラリとアイツの様子を窺えば、ニヤニヤと楽しそうに小夏の状況を眺めていた。

――悪魔。

 それを見て、私はそんな言葉が脳裏に浮かんだ。
力の元に支配して、その絶対的な力で下々の者達で弄ぶ。それが例え最愛の人であっても、生存本能の元に殺させるくらいには、絶対的な力の下で。

「ごめん、ごめんね成君……。でも、でもね? しょうがないの。これだって、私が生きる為なんだからっ!!!」

 あぁあああああああああっ⁉
 ズブッ!

 自分を奮い立たせるためなのか叫び声をあげて、振り被ったナイフをそのまま彼氏の首へと突き刺した。直後、ぶしゅっ! と、赤い鮮血が舞う。
『首には太い血管が流れているから、ここを切ると大量の血液が流れるんだよ』なんて話は聞いたことがあったけれど。それをいざ、こうして生で見てみても、まったくと言って実感が湧かなかった。
 ただ、血に宿った生命の温度は誤魔化せない。

「キャぁぁあああああああああああああああああああっ⁉」

 空をつんざく金切り声が、小夏の口から放たれた。手を真っ赤に染めて、返り血で制服すらも真っ赤にして。
 ある意味で、小夏が常日頃から言っていた『彼氏色で全身を染めた』姿になっていて。
 それを理解して、私は胃の奥から湧き上がる不快感に耐えきれなくて、嘔吐した。
人の死。
 それを受け止めるには、あまりにもこれまでの人生を軽薄に生き過ぎている。

「くくっw なんだ? 今更になって、人を殺すのが怖くなったのか? 日頃から散々やってたくせに? 笑えるなw」
「な、何を言って……?」
「だって、そうだろ? お前たちは、俺の他にも色んな奴らを虐めてた。虐めってのはな? 今この瞬間だけが不快になるものじゃない。特に、中学から高校生にかけての人格形成期においての虐めは、今後一生のトラウマになるもんなんだ。つまりお前たちは、日常的に殺人を犯してたってわけだ。それが、たかが一人殺した程度で気分を悪くするとか? 本当に自分勝手すぎて笑えて来るってもんだろ?」
「……ッ!」

 ぐうの音も出ない正論が私を襲った。
 虐めが殺人、だなんて。一度たりとも考えたことが無かった。だって、虐められることがどれだけ辛いかなんて、小さな頃から可愛いと周囲に甘やかされて育った私には理解できなかったから。
 だけれども、今なら少しは理解できる。
 さっきの小夏みたいに、私達と言う力に抑圧されて、これまで虐めてきた子達は色々なものを犠牲にしてきたに違いないから。

「そ、それ、で? 私には、どんな罰が待っているの?」

 こんな混沌とした状況において、私だけ無事なんてありえない。むしろ、主犯格であった私には、どんな罰が待ち受けているのか。もう、考えるのだって怖かった。
 だけれども、逃げられない。小夏が殺人を犯す光景を笑ってみていたコイツからは、もうどうやったとしても。

「んぅ? そうだなぁ? お前には……、あっ! とりあえず、俺の肉便器になってもらおうか? これまでそのルックスで色々と得をしてきたんだろうが、今度はそのルックスが災いを呼ぶってことも、理解してもらわないとな?」
「は、はは……ッ」

 もう、逆に笑いが込み上げてきた。
 ルックスが災いを呼ぶ? 
 この可愛さは天が授けてくれた贈り物で、これがあれば殆どの男が言いなりになってくれるって思っていて、事実これまではその通りに使って来たのに。
 今度はそれが逆転して、肉便器に堕ちる。

――本当、どこまで行っても罰でしかない。

 周囲に広がるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。
その中で一人笑みを浮かべ、私達を見下ろすコイツは。コイツの感情は。
これまで私達が虐めてきた全ての人間の憎悪が籠っている様に、その時の私は感じたのだった――
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